現実はシナリオ通りにいかない
ミスラようやくキャラが固まってきました!!
「……………………………………………………………………………………………え?」
師匠…って。
私は思わず額に手をやった。ちょっと待って。私の予定ではあくまで自分はただの王妃として、みんなの変化を促すつもりだった。
ヴァンパイアで師弟関係を結ぶというのは、実はわりと決心のいることだ。
ヴァンパイアは元々そういう性質でもあるのか、仲間意識の異常な高さや自分の意思を数百年以上保ち続けてたりだとか、要するに堅くて馬鹿真面目な者が多い。
見ず知らずのヴァンパイアでも、同族だというだけで簡単に信頼してしまうというのだから驚きだ。
特に忠誠心が強く、一度誓ったものは死ぬまで守り抜かなければならないという暗黙の掟がある。
もちろんそれだけに、忠誠を誓う相手はしっかりと選ばなければならない。
師を選ぶのも同じことで、例えばミスラはマルファスに戦い方を教えてもらってはいるが、マルファスを師とあおいでいる訳ではない。
本当に、自分が心から数百年、数千年教わりたい、もしくは教えたいと思うほど有望な者に出会って、初めて師弟関係が結ばれるのだ。
人間でも覚悟がいるには違いないけど、そんな比じゃない。一度結んだ関係は死ぬまで切れないのだ。
それを一度軽く、せいぜい二時間裏庭で刀交えただけで…。
それにロアは私が本当に才能でこんなに強いのだと信じこんでいるけど、実際は転生者だったからロアの癖やら武器の扱いやらに慣れてただけだ。つまりロアの考えている「生まれつきの強さ」は私にはない。
ロアの求めるものを私では与えられないだろう。
「…申し出は嬉しいんだけど」
私の声に、ロアが僅かに目を開けてこっちを見た。ロアにはもっと良い師匠がいるはず。私なんかじゃ役不足だ。
「……ご」
ごめんなさい!と頭を下げるのと、ガチャン、と後ろで音がするのが同時だった。
「あ」とロアが声をあげる。真剣に頭を下げていた私も、その妙な声に顔をあげた。
ガチャン、ってなんだ?
振り返ると、裏庭に面した屋敷の壁の窓の一つが開いていた。
「…ヴェネッタ?」
眉を寄せて、ミスラは私の名を呼んだ。
(わっ…)
ざーっと血の気が引いていく。
忘れてたーーーー!!
そうだ、裏庭って確かに人目にはつかないけど、…けど。
屋敷の裏庭に面してる壁の向こう側の部屋の一つは、ミスラの部屋だった。人のこと言えないけどなんで忘れてたのロア…。
「何故こんなところにいる?…ロアまで」
王に目を向けられて、同じく唖然としていたロアがハッと私に下げていた頭をあげた。
「や、その…ヴェネッタ様がピアスを落としてしまったそうで。ティムナが不在でしたので俺が代わりにと」
「そうそう!昨日散歩してた時に落としちゃったみたいで」
「…中庭をか。ごめんなさいというのは…?」
「(探すの手伝わせちゃって)ごめんなさい、です」
「ピアスは見つかったのか?」
「見つかった!今は部屋にあるけど」
「…部屋に置いて何故また戻ってきて此処で礼を言ったのだ…?」
ミスラの頭の上に大量の疑問符が飛び交っているのが目に見えるようだ。我ながらこじつけすぎる…。
が、ここは押し通るしかない。ロアとさっきまで戦ってましたなんて知れたら私もロアもただではすまない。
ミスラは怒るとめちゃくちゃ怖いのだ。
ちょっとの事くらいでは怒られないが、現にあの決断式の後は死ぬほど怒られた。成人の儀を終えてからは私よりだいぶ背が高くなってしまった為、威圧もあって更に怖さを増している。
何よりあの、口を開くまでの重苦しい時間が耐えられない。
じっとミスラがこちらを探るように見つめてくる。私とロアは固まったまま、その時が過ぎるのを待つしかない。
永遠にも思える沈黙のあと、パッっとミスラが不意に目をそらした。
「…見つかったなら良い。」
そっけなく言ってバタンと窓を閉める。
「っ…はぁあああ…」
ロアが溜めていた息を吐き出しながら地に膝から崩れ落ちた。私も思わず大きく息をつきながらその場に座りこむ。
使ってた双剣と刀は地面に置きっぱなしだったが、裏庭ということもあって草が伸び放題だったため、良い感じに隠されていたのが幸いした。
「良かったぁああ…」
「いや…ぜんぜん良くはないでしょ」
「え?」
ロアが呆れたようにこちらを見る。割と簡単に誤魔化せたなとは思ったけど。
「…裏庭に二人な時点で疑われるのにあのシチュエーションは詰んでるでしょ…」
「あのシチュエーション?」
「俺フラれたみたいになってましたよね」
「フラれたみたいに?」
ポカンと言う私にロアが力無く頷いた。衝撃でちょっとさっきの事を思い出すのに時間がかかった。
えーと、さっきはたしかロアが頭を下げて、私も頭を下げて…
『───…ごめんなさい!!』
「…ああ。」
「ああ、じゃないですよ。」
ロアがじっとりとこちらを見ながら顔をあげた。確かに私でも疑うかもしれない。そしてその後の誤魔化し方も杜撰だった。
「でもそっちの方がバレたらそれこそ怒られそうじゃない?私達。多分本当に気付いてないんだよ」
「いや、どうしたら良いか分からなかったんでしょ。ショックだろうし」
「…そっか」
確かにそうでもないと、ミスラならもっと怪しんで追及してきそうだ。
…なんだろう、このラブコメディみたいな展開は。
「まあでも私が振ったって事でも良いんじゃない?喜んで、って言ったならともかく」
「良くないですよ!俺どんな顔してミスラ様に会えば良いんですか」
「何にも無かった顔しといて」
「出来るかっ!!」
ロアが絶叫したタイミングで、遠くで「ロアー?」とティムナが呼んでいる声が聞こえた。
「…呼ばれてるよ?」
「…………………。」
ぐっ、と納得いかないように声のする方に目をやってから、ロアはため息をついて刀を拾い上げた。
「後で適当なこと言って弁解しておくから。」
「…分かりました。」
まああれくらいの誤解ならすぐ解けるだろう。正直ミスラも私を形式上の妻くらいにしか思ってないだろうし、ショックを受けてるわけじゃ無いと思うんだよね。多分「王族の身で不倫なんてけしからん」くらいに考えてるだけだ。
本当に頼みますよ、と不安げに去っていくロアに手を振りながら、呑気に私は考えていた。
「ヴェネッタ。」
弁解しておくからとは言ったものの、結局その後すぐにミスラは会議に出席するからと部屋を出ていってしまい、会うことは出来なかった。ティムナがロアを呼んでいたのもその為らしい。
なんの会議だったんだろう。多分勇者についての事なんだろうけど…あ、そういえばこの会議でロアが行くことになるのか。
なんて思っていると明け方頃、唐突にミスラが扉の向こうから私を呼んだのだった。
「はーい」
すっかり昼間…もとい、真夜中の事を忘れて扉を開ける。廊下は真っ暗だから、そこに立っているミスラの顔も妙に暗く見えた。
「会議お疲れ様、どうしたの?」
「……………」
ミスラは眉を寄せて黙ったままこちらを見つめている。どこか不機嫌そうな表情だ。
あれ、なんか私やったっけ?
と、考えること0.3秒、割と一瞬でロアとの事を思い出した。すっかり忘れていた。
「あっ、あの、ロアとの事なんだけどね…」
慌てて喋りだそうとした瞬間に、がっと右腕を掴まれた。
「わっ…」
そのままぐっと上に持ち上げられる。
「奴に何かされたのか?」
「………え?」
腕を掴んでいる手に目をやっていたのをミスラに移すと、思いの外真剣な表情でこちらを見返してきていた。
「さっきは思わずすぐ窓を閉めてしまったが、後で不安になったのだ。何かお前にあったらと…」
言いながら、ミスラが様子を窺うように私を見る。
「…ロアに限ってと分かってはいるのだが、…現にああして…」
そこまで言ってから、何か言いよどむように言葉に詰まる。
…あれ?おかしいな。
言葉を探すように目をさ迷わせるミスラの顔が赤い。
ミスラってそんなキャラじゃないじゃん。私の事なんとも思ってないんじゃないの?つられてこっちまでどうしたら良いか分からなくなる。
駄目だ、なんかこの空気、私には免疫がないから居心地が悪い。
「…ミスラ」
ぱっと此方を見る赤い瞳。ルビーでも埋めこんだように部屋から漏れる光を反射している。
「ロアの、勘違いだよ」
「…?」
ポカンとしてミスラが私の手を離した。上に持ち上げられ過ぎて爪先立ちになっていたのがかかとまでついてから、あのね、と考えておいた“弁解”を始める。
「ロアね、刀の練習がしたいから東に遠征したいって言ってきたの。ほら、あの勇者の討伐もかねて。私の一任で決められることでも無いからって、断ったけどね」
ささーっと早口でまくしたてた。
会議で恐らくロアは勇者の討伐を名乗り出たはず。この話にも繋がる。
ロアがそんなことを私に頼むと言うのは考えづらいだろうけど、そこは本人に確認してもらえばロアも察して話を合わせてくれるはず。
「あの時は焦っちゃって適当な事言っちゃったけど、…ごめん!そっちの方が誤解招くって気付かなかった。」
「…そう、なのか」
呟くように言ってから、カッとミスラの顔が赤くなった。
「…すまない」
「いや全然大丈夫だよ。」
「いや…ロアにも冷たい態度を取ってしまった」
言いづらそうにミスラが呟く。…それは多分ロアも堪えたに違いない。
弁解が間に合わなかった事を申し訳無く感じながら、その状況を想像して思わず吹いてしまった。
「それさっきの会議での事?それは謝っとかないとね」
「ああ。…だが安心した。」
小さくミスラがそう付け足した。え、と思う間もなく、「それともう一つ」とミスラが私に向き直る。
「ティムナの事だが。」
「あー、ティムナ?なに?」
そういえば最近あんまり話してない。忙しそうだからなかなか話す機会が無かったのだ。ロア戦が終わったら次の次くらいにティムナが勇者と戦う事になるから、早めにまた勝負を持ちかけたいんだけどな。
ミスラから今度こそ完璧にバレないように…まあティムナは見つかったところで流石に今回みたいな勘違いはされないだろうけど。
ぼんやり考えながら顔をあげた私に、ミスラがいつものあの静かな調子に戻って口を開いた。
「…先程ティムナが東へ向かった。」
「…え?」
思わずぼやく。
ティムナ?ちょっと待って。
「…東って、なんの為に…?」
ほとんど確信していながら、そう聞かずにはいられなかった。
「勇者が東に留まっていることは知っているだろう。奴を一刻も早く仕留めなければ、我々が危なくなるからと…役をかって出てくれたのだ。伝える暇が無いからと言って私にお前に伝えるように頼んできた。」
「…なんで?」
なんでロアじゃないの?
だって、だってずっとシナリオ通りにやってきたじゃん。私がいるって事以外、全部ゲームと同じだったじゃん。
なんでここに来てシナリオが変わっ…
いや待てよ。
なんでと言われても、と言いたげに首を傾げるミスラに、あのさ…、と小さく問いかけた。素早く「なんだ」と対応したミスラを見上げる。
「さっきロアに冷たくしちゃったって言ってたっけ」
「?…ああ…」
先程の流れを反芻するように目線を上にあげた後で、ミスラが頷く。
…私とティムナもそうだが、物心ついた時からミスラはロアと一緒にいた。
ティムナとロア自身、一つの大きな貴族の長であり、4つの主力な部族から王の側仕えとして選ばれたのがロアだったのだ。
最初の方で主人公に倒されてしまうというと弱いイメージだが、ロアは若いだけであともう少し(百年くらい)主人公との戦いが遅ければ、ティムナと同じくらい強いキャラとしてゲームに登場するはずだった。
小さい頃から私も二人を見てきたが、ミスラもロアもお互いに相手を心底信頼しているのが伝わってきていた。
ミスラは言葉少なだがロアには頼ることもある。
ロアははた目から見てもミスラに強い忠誠を誓っているのが分かる。
…で、今回の件。ミスラが気にすると思ってなかったためにあまり深刻に捉えてなかったが、もしかして私ロアにすごく悪いことをしてしまったんじゃなかろうか。
「その…何度か話しかけられたのだが、冷たくしてしまった。後で謝りに行こうと………どうした?」
「それいつの話?」
「会議の丁度直前だな。」
「…………………………………。」
謎が解けた。
そもそも私以外にゲームのシナリオを変えてしまうような要素は存在しないのだ。
私のせいである。
多分、ミスラの態度はロアに相当堪えたに違いない。会議中だって気もそぞろ、といった感じだったろう。
そしてそれを一番気にかけるのがティムナだ。二人はそれぞれ王、王妃の側仕えとして関わる機会も多いし、恐らくロアの代わりにと自分が志願したのだ。
「…私のせいだ」
「いや、ヴェネッタのせいでは…」
「私も行く!!」
「は?」
「私もティムナのとこに行く!!」
駄目だ、ロアと違ってティムナにはまだ何も言えてない。主人公がどれくらいの実力者か分からないが、ティムナは弱点を見抜かれたら即終了する。
そんな危険にティムナを晒すわけにいかない。
一瞬頭の理解が追い付かないように固まったミスラが、「何を言い出す」と我に返って強く言った。
「行っても足手まといになるだけだ。万一お前に何かあれば、最早ヴァンパイアは黙っていない。人間との全面的な戦争が始まる。」
父上が亡くなったときも暴動を抑えるのは大変だったのに、と言ったミスラの顔は少し歪んでいた。
その言葉に、ハッとした。
トゥトが勇者と戦って討死したという話は、すぐにヴァンパイアの間に広まった。怒り狂ったヴァンパイアが各地で人間と紛争を巻き起こし、ミスラもまた怒りにうち震えていた。
それでもこれはトゥトの本望ではない。
人間と戦って何も良いことはない、できるだけ人間との和解を目指すのだとトゥトは日頃から言っていた。
ミスラはそのために、自分の父の死に怒る同志を治めたのだ。
分かってる。私だって死にたくはない。…けど仲間が死ぬのもたまらなく嫌だ。
100%自分が死ぬことがないとは言い切れない。なんて事ない日常が、ある日突然終わることだってあるんだから。そんなことは前世でも身を持って知っている。
じゃあ行かないべきか?でもそしたらティムナは?
堂々巡りだ。
沈黙して固まる私をミスラが不安そうに窺っている。どうしよう、どうしたら良い。
「不安がっても事は運ばない。ティムナを信じるのだ」
「…信じるって、それでダメだったらどうするの」
ダメだダメだダメだダメだ、ティムナな死なれちゃ嫌だ。誰も死なずにすむようにって、この前決めたばっかりなのに。
前世でも今までも、私はやろうとした事で出来なかったことなんて無かったのに。
「…ミスラ」
不意にすぐ近くから声がした。いつのまにか私の肩をさすってくれていたミスラの手が止まる。顔をあげると、目の前に私より少し背が高いくらいのヴァンパイアが立っていた。
「…マルファスか」
ミスラが横目でマルファスを見る。少し不機嫌そうな声に、マルファスがニッと笑った。
いつもミスラの鍛練の相手をしているヴァンパイアだ。
この屋敷の中では一番長生きをしているらしいけど、見た目は若々しい。しかし目の下の隈のせいで、その肌の白さとか黒髪の艶やかさとかには何だか違和感がある。ゆったりした黒い装束とかその年齢不詳な感じとかは個人的に一番ヴァンパイアっぽいと思っていた。
「取り込み中か?ククッ、珍しいものを見たな」
いつもはお互いに素っ気ないのにな、と笑うマルファスをミスラが見た。…あ、目が据わっている。キレかけている合図だ。元々ミスラはあんまりマルファスの事が好きじゃない。っていうか嫌いだ。
マルファスの性格を見ていればミスラと合わないことは一目瞭然だし、仕方無いか。
「用件を言え」
低い声でミスラがマルファスに言った。ずん、と空気が重くなる。
マルファスは口の端をあげて見上げるようにミスラを見返した。
「…ふん。たった今通達があったのだ。“勇者”は西へ向かったと。」
「なに?」
「嘘!」
思わずミスラと同時に声をあげる。
西?なんで?
いやでも、じゃあ…
「ティムナは!?東に行ったんだよね?」
身を乗り出した拍子に私の肩にまだ手を置いていたミスラが我に返ったようにこっちを見た。ああ、とマルファスが頷く。
「もう通達役を走らせている。一度戻って出直しだな」
やっぱり!
良かったぁ、と胸を撫で下ろす私の横で、ミスラが首を傾げた。
「…しかし何故だ?まだ当分東に留まるという話だったろう」
言われてハッとなる。確かに。
というか、本当にそうなるはずだった。
…なんで?
眉をよせ、黙って下を向いた私をミスラが訝しげに見た。
「私もそこまでは知らぬがな」
マルファスが肩をすくめる。
「確かに伝えたぞ。私はもう寝る。」
言うなり、さっと私とミスラを一瞥してから、鼻歌混じりに歩きだした。ミスラが不服げに後ろ姿を見つめながらため息をつく。
「まあティムナが帰ってくるならお前には好都合だろう。…良かったな。」
「……うん。」
鼻歌が聞こえなくなってからもお互いぼんやりと廊下を見つめながら、なんとなく肩の力を抜いた。まあ結果オーライか。ちょっと気になることはあるけど。
「…朝が来る。ヴェネッタももう部屋に戻れ。」
気を取り直したように言って、ミスラが私の背を押す。あ、それで眠たいのかな。されるがままに部屋の中に押し入れられてから振り返ると、ミスラは扉に手をかけて「良い夢を」とちょっと笑った。
「うん。…おやすみ。」
ミスラが頷いて扉を閉める。
急にしんとなった部屋で、私は一人腕を組みながらベッドに倒れこんだ。
さて、問題は何故勇者が西へ向かったか、だ。
ずっと、これまで私がいること以外はすべてシナリオ通りに来たはずだ。今回ロアの代わりにティムナが東へ向かったのも、私が関わっていたからだ。
…が、勇者には関わるどころかまだ会ったことすらない。
なんでだ?
ベッドに仰向けに寝転んで、自分の両手を眺める。
もしかして私以外にも、シナリオを変えるような存在がいるのだろうか?
てことはそれも本来このゲームにいないはずの人?
私と同じ転生者?
考えたいことは沢山あるが、なんだか本当に眠くなってきてしまった。
うーん、とりあえずティムナは無事だし、あとは明日考えれば良いかな、もう。
今日はさっさと寝る事にする。