勝負しようよ!→
ロア編。
前世の記憶を持ってるヴェネッタがようやく本領発揮です。
「…ヴェネッタ様」
にこにことしている王妃を前に、ロアはひきつった顔で小さく聞き返した。
「…それはチェスとか…乗馬とか、そういう勝負の話でしょうか?」
「違うよ。戦うんだって!ロアは確か抜刀術が得意だよね」
「あ、そうですね、一番得意なのは…って何で知ってるんですか!?」
「旋風丸どこ?」
「ちょっ」
ちょっと待ってください、とロアが右手を私に制するように突き出した。そうしておきながら反対の手で頭を抑える。流石に急展開過ぎたかな?でも時間が惜しいしこっちも一気に言っちゃう方が楽なのよね。
暫くの沈黙のあと、ロアがようやく右手を下ろした。
「…なんで俺の愛刀の名前知ってるんですか。」
「えー…ミスラが言ってたから?」
「なるほど…じゃあ抜刀術が得意ってのは?」
「…ミスラから…」
「嘘ですね」
バレた。顔を抑える指の間から、ロアがぎろっと此方を見る。
「抜刀術は俺の最終手段。予備動作が長い分、刀を抜く前に察されたら終わりなんです。敵に万一にも知られないように誰にも教えちゃない。ミスラ様にも」
「ああ…そうだったんだ…」
確かに前世のゲームでロア戦をやった時、抜刀術は一番最後に、ほとんど勝ったと確信した時にきた。
そのせいで一回負けて、随分悔しい思いをした覚えがある。
しかし一度分かってしまえば、放たれる前に攻めてしまえば呆気ないものだった。一度目の挑戦の時は刀を鞘に納めた時点で何か来るなと感じはしたものの、急に下手に近付いてHPを減らしたくないと躊躇したのが悪かったのだ。
攻撃を放つまで動きを極端に制限されるのがこの技の悪いところである。
「…刀といえば抜刀術でしょ?でたらめに言ったら当たったのよ。」
「いや…でも」
「敵に鎌をかけられた時に乗っちゃうかもしれないでしょ?そういうのダメだっていう事よ。」
「な……なるほど……、………?…??」
無理矢理納得させた。首を傾げながら銀髪をぐしゃぐしゃとかいているロアに、で、と話を戻す。
「一試合しようよ。」
「…いや。駄目ですよ、ヴェネッタ様がお怪我をされたら…」
「大丈夫、しないから」
「どっからその自信が涌き出てきてんですかね。」
今までろくに剣も握ったことないでしょう、と言われ、私は思わず苦笑いして固まった。
確かに今まで私は剣を握るどころか、まともに武術を習った事すらない。ミスラは毎日マルファスというヴァンパイアに鍛練してもらっているけど、残念ながら王妃にはその日課はない。
そもそも必要ないからだ。そりゃそうだよね、王妃だし…。
しかしそんなことは今気にしてられない。
「いーからお願い、一回だけ。手加減してくれて良いから」
「良いからって…ミスラ様に殺されます」
「お願い。もしくは王妃として命令する、私と一回で良いから勝負して!」
「ええぇ…」
迷うように目をさ迷わせるロアに、勢いよく頭を下げる。うっとロアが呻いた。
「わかっ…くそっ、分かりました、頼むから顔上げてください。」
はーっとロアは大きく息をついた。
よし、とバレないようにガッツポーズ。流石私。
「…じゃあ裏庭に行きましょう。そこなら人目もないし…」
「そうだね。先行ってて、私ちょっと寄るところあるから」
「分かりました。じゃあ後で。」
あっさり頷いて、ロアは走って廊下の向こうに消えていった。
さてと。
寄るところ、というのは武器庫である。
ヴァンパイアの戦士が人間と戦うときの為の武器を保管している場所で、多分大方の種類の武器は全てあそこにあるのだ。ミスラや特別な地位のヴァンパイアが使っているものは普段からそれぞれの自室に置いてあるけど、あとは全部あそこだ。
ロアは王の側仕えだから自室に刀がある。
私の場合、そもそも自分のものを作られてもいないので、武器庫からこっそり拝借するというわけだ。
「…えーっと…あった!」
広大な武器庫を探すこと10分、ようやく目当ての物を見つけた。
双剣である。
両手を剣で塞ぐ為守りを捨てる代わりに、使いようによっては絶大な攻撃力を発揮する武器だ。
すっぱりと短期戦でカタをつける私の性格にぴったり。
ちなみに私が主人公の時選んだ武器がこれ。もちろん使い方なんかも覚えている。
ロアに負ける気がしない第一の理由がこれだ。
くるくると試しに剣を回しながら裏庭に向かうと、ロアはもうついて刀を手入れしていた。私に気がつくや否や、「双剣?」とぼやく。
まあ双剣ってマイナーだしなあ。
「ヴェネッタ様、それは…」
「武器庫から借りてきたの。これで私はいつでもオーケーだよ!」
「……はあ…。」
ぐっと親指を立てる私に、ロアが若干疲れたように頷いた。
「じゃあ勿体ぶっても仕方ないんで始めますか。3、2、1で。」
「分かった。じゃあ数えるよ。3、2、…」
1、で、ロアが居たところに砂埃が散った。
───二時間後。
ぜいぜいと息をはくロアを見ながら、私も思わず深く息を吐いた。
10分くらいで終わらせるはずだったのに随分長引いてしまった。だが、何とか勝つことは出来た。腕が鈍ってたらどうしようと思ってたけど、いざやってみるとぽんぽんと頭が、手が思い出してくれた。
「…おかしいだろ…」
ロアが絞り出すようにして声をあげる。赤い瞳が、汗で張りついた銀髪の下から覗いていた。
「ヴェネッタ様は一度も…一度も武術などやった事がない…!何故そんなに強いんです」
そう、確かに私は今まで一度も武器を握ったことがないし、ましてやそれで戦ったことも一度もない。
しかしヴァンパイアは本来、生まれながらに驚異的な力を持っている。
王族になればその力はさらに上がり、例え戦闘などしたことがなくても思ったように体を動かすことくらい造作もない。
つまり、その分経験と技術の差が重要になってくる。
一時期あれほどまでこのゲームにのめり込み、誰より早く全ステージクリアし裏ステージまでコンプリートした私にとって、双剣の扱いなど息をするのと同じくらい容易いことだ。
そして私は前世で既に(画面越しに)ロアと対戦している。彼の癖も技の予備動作も完璧に覚えている。この世界じゃ私はチートだ。
まあ前世から色んな意味で神童と言われてきた私だからこそ出来ることかもね。
「ミスラとマルファスがよく戦ってるの、側で見てたからかな。」
「お二方とも双剣は使って無かった気が…」
「まあ…才能ってやつよ」
面倒になって言った瞬間、ロアがすっと真顔になった。
「…それ、本当に言ってます?」
「え?うん、…本当。」
転生した元人間なんですとか、信じてもらえるわけがない。ましてこれがゲームの世界と全く同じとか。
「…だとしたらそれ、凄いことですよ」
私の手にある双剣を見つめて、ロアはぼそりと言った。
「…え?」
「いやほら、見てたとはいえあの二人が使ってたのは双剣じゃないし…実戦は一度もしてなかったのに俺にいきなり勝ってるしさ。才能どころか…」
…確かに。そういえばロアは私より100か200は歳上だった。見た目が全く変わらないからなんとも思ってなかったけど、その差は結構ある。
…才能の一言で片付けるのはまずかったかも。
「…まあ、あとみんなに内緒でちょっとやってたから」
「あ、そうなんですか。いやでもそれを差し引いても…」
「王族だし」
「…そういうもんですか」
再び無理矢理納得させる。かなり無理があったなー。今後はもっと上手い口実を考えておかなきゃ。
「あっそれでね!本題に入りたいんだけど」
「え?今から本題?!」
「そう」
私が一番したかったのは、ロアと“勝負する”事じゃない。
ゲームでやった時と癖が変わってないか、そして変わってないならその弱点を指摘することである。
「ロアは一つ一つの技に入る前の動作が分かりやすすぎるの。」
「…動作?ですか」
「うん。特に大技の前は動きが大振りでつけ入りやすくなるし…まあ初期ステージだったからそうプログラムされてたんだろうけど」
「ぷろぐら…??なんの話ですか」
大体のバトルゲームは、最初の方のステージは相手の動きが見えやすいようにしてある。この世界は本当に忠実にあのゲームとリンクしてる。
「とにかくね、もっと力抜いて。あと刀の重さをちょっと重くした方が良いかも。それ人間用のでしょ?ヴァンパイアには軽すぎるよ。遠心力とか刀の技には割と大事だから」
「…分かりました。」
始めは首を傾げていたロアも、話終える頃には真剣にこちらの話に頷いてくれていた。よし。
私の計画その1、皆の弱点を無くす。
この世界が本当にあのゲームと同じなら、主人公は本来無かったはずのこの変化に対応できないはずだ。
前にミスラが、東の仲間がやられたと言っていた。ゲーム通りに行けば次はロアと主人公の対戦だ。東に留まって町の人の頼みをこまごま聞いている主人公に、ロアが挑みにいく。そして…。
私は憮然としてロアを見た。
させない。ロアには勝ってもらう。主人公は負けても間一髪のところで毎回謎の戦士が助けてくれるため、死んでしまう心配はない。
「ヴェネッタ様」
「…?なあに?」
考えこんでいると、同じく何か考えていたらしいロアが顔をあげていた。
「俺、貴女に頼みたいことが出来たんですが…」
「良いよ!なんでもどうぞ」
無理言ってしまったし、と頷く私に、ロアは立ち上がって勢いよく頭を下げた。
「っ俺の師匠になってください!!」
「……………………………………………………………………………………………え?」
一つ、私のシナリオが狂った。