第五話:ミーナの過去
「人間に人生を狂わされたのは私の母だけじゃありません。魔族の数を減らすため町々から女性が捕虜とされ、男性は危険な魔物狩りへと駆り出されていきました」
「それでミーナのような魔族と人間のハーフが生まれてきたのか」
「私たちみたいなのを人間は雑種と呼ぶそうです。半分は人間自身の血のはずなんですけどね。私たちは生まれた瞬間から人間の奴隷でした。あるものは魔物退治のおとりにされ、あるものは奴隷商人を通じて娼館なんかに売られていきました。まぁ、私たちカワイイですから、それなりに高かったみたいですよ。てか、ミーナって言いましたよね! あんまりさらっと言うから反応遅れちゃいました。不覚です……」
ミーナのその冗談には、これまで不当に値踏みされてきた自らの命の価値に対する皮肉が含まれているような気がした。いや、本気で思っていても驚きはしないが。
「で、お前は売られたのか?」
「照れないでくださいよ」
「娼館に売られて心を壊したか」
「壊れてません。でも、私は、私はホントに恵まれていました。私、助けられたんです。居合わせた奴隷の中でも一番かわいかった私は、物心ついてすぐに都の大商人がオーナーの娼館へ売り飛ばされてしまったんです。それで、都への奴隷馬車の中でどうやってNo.1になってやろうか思い悩んでいたときに、現れたんです。魔族の同志たち、レジスタンスが」
茶化すんだったら、「思い悩んでいた」なんて言わないで欲しかった。物心ついた時から奴隷で、何をされるか分からない日々を送っていたとしたら、それだけで先の人生を狂わせてしまうほどの出来事だ。
「そうか」
「そうです。人間共によるめちゃくちゃな仕打ちに対する反乱は、占領下に置かれたころからちょくちょく起こっていたみたいです。それを、鉄さんがこっちに来たときにいたあの、過去の魔族軍の将軍たちがレジスタンスとしてまとめ上げていったんです」
「で、ミーナもレジスタンスに?」
「あ! ありがとうございます。ミーナです。で、そうです。レジスタンスの人たちは、私たちみたいなハーフや孤児たちのために孤児院や学習院を開き、人間に対抗するための知識や戦い方を教えてくれました」
「しかしながら、人間に対しての大規模な攻勢を仕掛けるための決め手に欠いたレジスタンスは人間が使っていた勇者召喚の真似をして、私が今ここにいる訳だ」
「その通りです。なんか、巻き込んだみたいですよね」
「そうだな。いい迷惑だ。ところで、私は人間だがそれは問題ないのか?」
「ないですよ」
即答だった。
「だって、私の母を苦しめた人間と、鉄さんは全く無関係でしょう?」
「思ったよりも大人なんだな、君は」
「なんていうか、私がどうというより、魔族っていろんな人がいるんで見た目とか、種族とかじゃ、全然どんな人か分かんなくて、それで、何というか、私好きなんです。魔族の人たち。魔法の使えないハーフも、ついでに助けてきちゃった人間の子供の奴隷も、みんな一緒に孤児院で過ごして、一緒にご飯を食べるんです。なんか、大雑把な感じですけど、そういう所、大好きなんです」
「ははは。そんなんだから戦争に負けたんだろうな」
「そうかもしれませんね」
この魔族だったら、ミーナとだったら違う世界が見れるかもしれないと、ふとそう思った。
「そういや、魔法が使えないって言ったか?」
「え、そうですよ。でも剣の腕は将軍の人たちにそれなりに褒められるレベルですから安心してください。ネコ魔族のハーフなんで魔力探知も得意です。存分に活用してくださいね、魔王さま」
「魔族の血を継いでいるのに魔法が使えないのか」
「あ、異種混生の呪いっていうやつだそうです。違う種族同士の間に生まれた子は、何かしらできないことがあったり、逆に全く違う個性があったりするらしいです。種族間で持ってる魔力の質だったりが違くてそうなるらしいですよ。ま、細かいことは気にしないでください。魔法なんて無くても大丈夫ですから」
「まぁ、そうだな。私も魔力はないのだろう」
「はい。魔力的な何かは全然感じられません。でも、なんか魔力とは違うやばい何かを感じる時が時たまあるっていうか……。てか、その曲がった剣、やばい魔力をビンビンに感じますよ」
「きっぱりとないと言われると少し寂しい気もするな。ああ、この刀は妖刀だ。友に託されたものだ」
「へぇ、魔力の無い世界でも魔法の武器が作れるんですね。あ、そろそろ着きそうです、人間の街。なーにたーっべよっかなぁ」
ミーナが、私には見えないほど遠くの何かを指してそういった。それから、傍らに置かれた肩掛け袋から人間の耳のようなものと、一枚布のハンチング帽を取り出した。
「それは……人の耳か?」
「はい、そうです。あ、もちろん作り物ですよ。私もそこまでやばい人じゃないです。人間の街じゃ私みたいなハーフは奴隷ですからね。安心して食べ歩きできません。それに人間の耳がある場所に何もついてなかったら、なんか気持ち悪いらしいです」
私は平気なんですけどねと、小さくつぶやくミーナの瞳は、しっかりと前を見据え、もっと言えばこれから起こるいろんな出来事を心待ちにしているようだった。