第四話:魔族の過去
「どうです、私たちの国は?」
私とミーナは御者台に並んで座っていた。開けた耕作地帯の間を真っすぐに貫く、砂利道だったり砂地だったり、たまった雨水が乾ききっていない泥道だったりを、土と緑と陽光を飽和させた心地よい風を浴びながらゆっくりと進んでいった。
「いい天気だ」
「そうですね。こんな日にはゆっくりと昼寝でもして――ふわぁぁぁ。眠くなって来ました。鉄さん、手綱変わってください」
「できるネコミミじゃなかったのか」
「そう言いながらちゃんと持ってくれてるじゃないですか」
「ところで、この国は男が少ないな。やはり戦争か?」
空いっぱいに広がる耕作地で作業しているのは、ほとんどが女性で、男性がいたとしても老人ばかりだった。
「ところでって、あの、照れてるんですか」
「死にたいならそう言え」
「あー、分かりました分かりました。死にたくないです。えーっと、違います。徴兵されたんです。男性はみんな」
「それが戦争ではないのか?」
「うーん、戦ってるのには違いないんですけど、戦争のためじゃなくて、魔物退治です。それと、この国は私が生まれる前に、えーっとだから大体17年前にですね、人間との戦争に負けたんです。だから今は私たち、人間の奴隷みたいなものです。あ、ずっと気になってたと思うんですけど、私今16歳です。どやっ」
「あの虎男のブランが言っていた何とか指揮だか指令と言うのは?」
「私の扱い方に慣れてきましたね。負けませんからね。えっと、ブランさんのは昔の話です。ほんとは部下と一緒に最後を迎えたかったんでしょうけど、その、何というか……」
「生き残って、捕虜にされて、拷問か戦犯で投獄か」
「まぁそんな感じです。それでちょっとおかしい感じになっちゃったみたいです。私が言うのもなんですが」
「お前も何かあってそんな感じなのか」
「ち、違いますよ。生まれてないですし。何かあったのは、えっと、あの、ちょっと真面目な話してもいいですか」
「できるのか?」
「ほんと怒りますよ、もう。それにさっきお前って言いましたよね。しかと聞きましたよ。ミーナって呼んでって言ったのに」
「で?」
「はぁ。じゃあ、えーっと、この世界の人種から説明していきますね。あ、私ちゃんと学習院行ってるんで安心して下さい」
「ああ。頼む」
「あ、ちょ、素直にそういわれると逆に困るっていうか、なんていうか」
「早く」
「はい! もう、変なところで殺気出さないでください。敏感なんですから。じゃあ、まず人間と魔族の違いって何でしょう?」
「見た目か?」
「まあ、ちょっと正解です。で、その見た目の違いは進化の過程に由来するらしいです。人間は動物から進化してきましたけど、我々魔族は魔物から進化してきたそうです。あ、あとの違いは、魔法の考え方とか。人間は〈魔力は知性、魔法は知識〉って感じらしいんですけど、我々は〈魔力は感情、魔法は願い〉っていう考え方です。信じてる神様も違いますしね」
「で、どうして戦争に負けたんだ?」
「うーんと、いろんな説がありますよ。人間は、魔力自体は弱いですけど、魔法が体系的に整理されていて、でも我々は魔法に関しては個人主義っていうか、統制っていうんですか、それが取れてなかったって言ってました。あと、みんな頭に耳があるので、兜とか作るの難しいんですよ。そう言ったことも遠因だったとか」
ミーナは自分のネコミミをちょんちょんと、いかにも猫らしいしぐさでなでながら、遠い目でそう言った。
「でも、一番大きいのは先代魔王の崩御です。人間に召喚された勇者たちと互角に戦えるほどの力があったそうなんですが、あ、この人は鉄さんとは違って魔族の人です。獅子族のテオドール・なんとかっていう人で、火属性の魔法のスペシャリストでした」
「ちょっと待て、召喚された勇者ということは私の世界から来たものが他にもいるということか?」
「勇者共の前の世界が鉄さんと同じかどうかは分かりませんが、この世界の住人ではないことは確かです。先代魔王が一人捕まえて拷問、じゃなくてご質問させていただきましたから」
「ああ、そうか」
「で、魔王を失った魔族軍は数に押され士気を欠き、勇者によって前線もズタボロになり、私が生まれる約10か月前、人間軍に降伏しました。そこで私の母は人間共に連れ去られ、人間と魔族のハーフである私を身ごもったんです」