第二十七話:ありがとう
ミーナを囲っていた氷山は融解し、自分の血に塗れたミーナが濁流と共に私の足元まで流れてきた。妖刀の呪いで腹を裂いた私はアリスとミーナの間に横たわった。
「命を懸けて女を守るというのも、案外気持ちのいいものだな」
「鉄斎さんも、ミーナも馬鹿ですか」
話しながら血を吐く私を見てアリスが笑う。そんなアリスも至るところから血が流れ出していた。
「アリスちゃん、カッコ、よかったよ」
「ミーナよりは役に立ったな」
「わ、私だって……いてて」
「冗談だ。助かった。ありがとう」
ミーナは腹にナイフを突き刺したまま、痛いのを我慢した表情で私の手を握った。
「おーい。こっちです、早く来てください!」
遠くで聞き覚えのある声がする。アリスとミーナの体温に包まれながら意識は遠のいていった。
「鉄さん。目が覚めましたか」
「ああ、ミーナか。無事だったか」
「ええ。ユーリ君が戦闘範囲のギリギリで神官の皆さんを待機させてたおかげで」
「やはり魔法は便利だな」
斬り裂かれたはずの腹は元通りだった。感触も違和感はない。
「だからと言って無茶しすぎですよ」
「お前もな。だが、ミーナが死んでないのになぜ私は戦えたのだ?」
「もうちょっと聞き方っていうものを考えてください。傷つきました」
「すまん」
ミーナは私のベッドに腰かけて一つため息をつき、天井を見上げて語った。
「巫女が勇者とこの世界を繋ぐパスの役割をしてるって聞きましたよね」
「ああ」
「なら、私と鉄さんの間にも何かしらの繋がりがあるんじゃないかって、それで私の想いが高まってその繋がりを通じて鉄さんに魔力を分け与えたんだろう、ってブラン師匠が言ってました。練習次第ではいつでも私の魔力を鉄さんと共有できるかもしれないとも言ってました」
言い終わるとミーナは私の顔が見えるように座りなおした。
「あの」
「なんだ」
「一緒に寝てもいいですか」
「いや、今、目が覚めたところだ。風呂に行きたい」
「冷たいですね。じゃあ、ちょっと触ってもいいですか」
「なんだ、発情期か」
ミーナは顔を赤くしてぷぅと膨れて、布団越しに私を叩いた。
「それ差別発言です。袋叩きにされますよ。それにこれはネコ、関係ないです。私の問題です」
ミーナは透き通った肌を紅潮させて私のベッドにもぐりこんで来た。
「おなか、大丈夫でしたか」
掛け布団に顔をうずめながら、私の腹筋を指でなぞった。少しこそばゆい。
「耳、触ってほしい……です」
「こうか」
「はうっ、え、エロい触り方しないでください」
「君が言うかね」
布団からちょこんと出た、柔らかそうな銀髪のネコミミは思ったよりごわごわで、そして暖かかった。
「もう行きます? お風呂」
ミーナがまだ赤い顔を布団から出して、まっすぐ私を見た。
「ああ」
「じゃあ、あの袋持って行ってください。アリスとユーリの三人で道着っていうのに似ている服、探しましたから」
「ありがとう」
私はミーナの頭を少し雑になでてベッドから降りた。ミーナに言われた袋を持って部屋の扉のかんぬきを開ける。
「鉄さん」
ミーナが後ろから抱きついてきた。
「どうした」
「好きです」
「そうか」
「そうです」
汗と獣の匂いの混じった、甘い香りがした。
ミーナが言っていた道着みたいな服とは浅葱色の羽織袴だった。これでは時代劇の新撰組だな。風呂を上がるとミーナが一杯の水を持って待っていた。
「ありがとう。そういや、アリスとユーリは?」
「アリスは一昨日、私が目覚める前にユーリと一緒に辺境の街へ帰ったそうです。やらなきゃいけないことがあるとか何とか」
ゴブリンの巣から助けたあの女性のことか。腹の減り具合からして私は三日ほど寝ていたようだ。
「そうか。我々も飯を食って帰るか」
「そうですね。あ、ギルドに着くまで買い物してもいいですか」
「ああ。別に構わん」
「ありがとうございます。デートですね」
ミーナが青い瞳をまん丸にして私を覗き込む。
「手でも繋ぐか」
「え、ちょ、や、やらしいですよ」
「エロ漫画好きなくせにか」
「そ、それとこれとは全く全く別問題です」
私は袴の裾をちょこんと持つミーナと共に街へ出た。先日あんな大破壊があったというのに、さすがは商人の街、活気で溢れていた。そして、先日あんなことがあったからか、大量の建築資材を乗せた馬車が人を押しのけ駆けて行った。
あっ、と言ってミーナが雑貨を並べた屋台の方へ駆けて行った。
「このリボン、きれいなオレンジでかわいいです。戦ってると髪の毛邪魔なんで欲しいです」
「仕方ない。大将、いくらだ」
「220ゴールドです、旦那。――はいよ、ありがとさん」
お気に入りのハンチングを前に浅く被り、鏡の前でリボンと格闘するミーナに見かねて後ろ髪を結んでやった。白く透き通った首筋に通う血管が赤く映った。
「あの、気使ってます?」
「いや、そんなつもりは――」
「私、なんでこんな面倒な女の子になっちゃったんでしょうか」
「知るか」
「私、何もないんです」
ミーナの笑顔の上に一筋の涙がこぼれた。
「私には何にもないから、誰かのためにとか、魔族の平和のためにとか、そんなのばっかりなんです」
「そうか」
「ほんとにそうかって思ってます?」
「いや、あの時ミーナが覚悟を決めなければ誰も助からなかった。だから――」
「でも、でも、それって私が元から死んでたら、こんなことにはならなかったですよね」
「面倒な女だな」
「もう。私悔しいんです。アリスみたいな度胸もないし、鉄さんみたいに強くもない。私は一人じゃ何にもできないんです」
「それは私も同じだ」
「それとこれとは話が違うっていうか。私、魔力を分ける以外に必要ですか?」
「さあな」
「ひどいです」
ミーナはずるずると豪快に鼻水をすすって上目に私を見る。
「黙って私について来い。惚れたのだろう」
「そうです、けど」
「何もない人間なんてものはいない。生きていれば何かはある。だからついて来い。とりあえず腹ごしらえだ。肉、食うか」
「食べます。鳥がいいです」
目を腫らしたくせに前を行くミーナと私は鳥を食いにギルドの食堂へ向かった。
第二章、ここで完結となります。
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