第二十六話:決着
体中の魔力が掲げた木剣エクスカリバーに集中していく。握っていられないほどに熱を帯びた木剣は小刻みに震えだす。
「う、嘘だろ。が、ガキのくせに……」
偽物の勇者は融けてシャーベット状になった雪上を這いずり下がった。だが、どれだけ私の魔力を吸おうとも木剣は木剣のままだった。急激な魔力消費に視界が揺れる。でも、ここで倒れる訳にはいかない。
熱く熱されていく聖剣が感覚をたぎらせる。
「いっけぇ! エクスカリバー!」
ふらつき足をもつれさせながら勇者へ迫る。氷の壁がドミノのように何枚も立ちはだかる。それを意地と気合いで薙ぎ壊していく。
「まだまだぁ!」
「な、何なんだよ。こ、こいつは」
最後の一枚を縦に振りかぶって両断する。腰を抜かした勇者がへたり込んで私を見上げた。
「十五年間のあこがれを舐めないでください!」
聖剣を右横に構え渾身の力を溜める。
「いいいい出でよ――フロストメイデン」
私を囲むように鋭利な針を蓄えた氷の障壁が迫りくる。これで最後です。すべての魔力を注ぎ込み針の筵に聖剣を突き立てる。激しい光が魔法の接点から発せられ、氷にメリメリとひびが入っていく。
「ガキに負けてたまるかぁ」
背後を冷たい針に貫かれる。でも痛みはなかった。麻痺していた。
「うわぁぁぁりゃぁぁああああ」
ついに聖剣は氷を突き破った。私の全身はすでに穴だらけだった。これで……この……戦いは……。
「はははははは、はぁ。なんだよ、ビビらせやがって。そりゃそうだよなぁ。気合いで何とかなる世の中なら、こんな異世界まで来て憂さ晴らししねぇっつうの。真の勇者様を怒らせた罪だ。おとなしく死ね。な」
急性魔力欠乏ショック。地面に顔を打ち付けた衝撃で一瞬気を失っていたことに気付いた。泥混じりの雪が口に入ってじゃりじゃりする。でも、仰向きに転がるほどの体力もなかった。ごめんなさい、ミーナ、鉄斎さん。お兄さん、私勇者になれたかな。
引きつった笑顔をたたえた勇者は泥土を踏みしめ私の方に近づいてくる。
「私として下さい、って言ってみろ。許してやる」
私を無理やり仰向けに蹴飛ばして、氷の杭を片手にそういった。
顔を近づけてくるロリコンに向けて、残された力を振り絞って、口の中のものを全部ひっかっけてやった。
勇者は右手を振りかぶる。
誰も守れないのに勇者になれるわけないよね。ミーナの悲痛な叫びだけが耳の中で反響する。
腹部に激痛が走った。視界が二重に映る。これは……氷の柵? 遠くにアリスが伏せっているのが見えた。腹に手を当てるが失血はない。
鉄さん、お願い。アリスを――
再びミーナの視界と私の視界が重なる。腹にサバイバルナイフが突き刺さり噴き出した血が柵の間から流れ落ちてゆく。
クソ。俺は何をやっているんだ。
アリスが最後まで戦い、ミーナは自分を犠牲にしてまで私とアリスを救おうとしていたのに。
ミーナ、その覚悟、しかと受け取った。消え入りそうな細い糸が私とミーナを繋いでいる、そんな感覚だった。そして、その糸を伝ってミーナの想いが流れ込んでくる。
立ち上がれ、鉄斎。まだ間にあう。二人を救ってみせろ。
「勇者。ご苦労だった」
「は、はぁ? お、お前なんで生きて――」
偽物の勇者が驚きと恐怖のあまり、しわくちゃにした顔をこちらに向ける。
「あ、あとは任せました、魔王さん」
「ああ」
情けない雄姿を晒す真の勇者は微笑んで見せた。
「巫女が死ねば、私は強くなれる。そう言ったのは貴様だ」
「う、嘘だ。そんな、人のために死ぬ奴なんて」
「いたさ。勇者ってのは、そんなお人よしの馬鹿の代表だろう。勇者を名乗る君なら良く分かっているはずだが」
「わ、わっかんねぇよ。氷よ」
「くどい」
炎を帯びたモノ斬りは空に舞う氷の槍をことごとく霧散させた。これが魔法か、便利なものだ。だが、魔力を消費するたびにいまにも消えそうなミーナの吐息が耳元でこだました。我々に残された時間はない。
「全力で行く」
「くそがぁぁぁっ」
「魔法剣――閻」
「氷よ――零の光線」
勇者の極冷剣から放たれる絶対零度の光線を真っ向から突きっ斬る。散り散りになった光線はあたりを無差別に凍り付かせ、そしてそれらを紅く燃えるモノ斬りの熱が溶かしていった。
ついに勇者の剣と交わる。焦熱と極冷の狭間で行き場を失った大気が金切り声と白煙を上げて爆散する。
「我が極冷剣、共鳴せよ! アブソリュート・ゼロ」
キラキラと雨雲の間から刺す陽光に反射する白煙の中から青く輝く魔法剣を持った勇者が飛び出す。だが、体が動かない。いや、全てが止まっていた。ほくそ笑んだ勇者が目前に迫る刹那、心臓を焼くような熱が私を突き動かした。そして炎と冷気が交差する。
数秒の後、勇者は膝を突いた。
雨上がりに小鳥のさえずる声が聞こえた。空は晴れていた。




