第二十五話:覚悟はあるか
「うぉぉぉぉぉ!」
エクスカリバーで斬りかかる。それを勇者は手に持った氷の剣で弾き飛ばす。
「やっぱ雑魚じゃん」
「そうですとも」
それでも、勇者は振り返らない。氷の張ったエクスカリバーを雪に突き刺して立ち上がる。
「なんか子供いじめてるみたいで感じ悪いねぇ」
「子供じゃありませんっ」
氷の分ずっしりとしたエクスカリバーを両手で握りしめる。大きく振りかぶって大円弧を描き遠心力をぶつける。それを勇者は片手間に受け突き放す。
「子供じゃないならいっか。アイスブレード」
「アリスちゃん!」
突然空を切って現れた氷の曲剣が振り下ろされる。とっさに木剣を横にして受けてしまう。木の棒では鋭い斬撃は防ぎきれない。全身にしびれるような衝撃が飛び回り、直後雪上に吹き飛ばされた。
「あ、死んだかな」
「うそ……私のせいでアリス」
「おもしろ。もっといじめた方がよかったかな」
「ミーナ! 馬鹿ですか。私はやられません」
エクスカリバーは健在だった。
「ああ? なんで生きてんだよ。それ魔法の武器か何かか? どうせ兄貴の貰いもんだろ」
やけに手に馴染む木剣から氷が溶けて雫がしたたる。体が熱く火照る。吹雪く世界で吐く息は視界を白く染めた。
「ええ。この木剣は街の土産屋で買わされた、12,000ゴールドの聖剣です。2,000ゴールド返してもらうまで、その人に死なれるわけにはいきません」
左足を踏み込む。これまでにない速さで景色が流れる。瞬く間に勇者へ詰め寄り、すれ違いざまに横に薙ぐ。
慌てて勇者は氷の盾を召喚するがそれもろとも聖剣は吹き飛ばした。
「は? なんなんだよ。結局才能かよ。絶対殺す、お前」
「あなたに何が分かるんですか。憧れになりたくて、その人を失って、それでも努力し続けて、それでも届かない私の気持ちが。そんな弱い人間が、どんな苦境にも諦めずに立ち向かうヒーローに憧れてしまったとしたら」
兄には才能があった。生まれた頃から比類なき才能があった。そう兄は語った。でもそれは異世界から来た勇者を皮肉った謙遜だった。
これは兄が亡くなったあと、都の剣術師範から聞いた話だ。もともと兄は魔法が苦手で、魔法が戦法の一つと考えられている軍の学校では成績はいつも中の下だったそうだ。
でも一つ得意なことがあった。それが魔力強化と魔力武装だった。まあ、得意といっても魔法戦士なら出来て当然のことで、兄にとってそこが少しマシだったというぐらいだが。
その学校を卒業するかしないかの頃に戦争が始まった。もともと軍志望だった兄は一兵卒として前線に出た。魔法に劣るものは前線で後方の魔法士の肉壁となるのが定石だった。
そこで何人もの戦友を失った。魔法の苦手な捨て石の兵の待遇は最悪だった。それでも兄は腐らず前線に立ち続けた。兄はびっくりするほどの英雄思考だったらしい。自分こそが戦争を終わらせ英雄となる、そんな無防備で無邪気な憧れが彼を戦場に立たせ続けた。
ある時、兄は魔王テオドールと邂逅する。兄のいた隊は地獄の業火でほぼ全滅。ただの一兵卒でしかなかった兄はなにも手を出せず意識を失ったそうだ。だが、その業火が運よく生き残った兄の才能に火をつけた。
それから兄はどんな戦場においても全ての魔力を出し尽くすことにした。鎧のように張り巡らせられた魔力はやがてその身を離れ、具現化した魔力は剣となり、そして魔王軍の幹部と渡り合えるほどとなった。
それに加えて、異世界から来た勇者の存在が彼を奮い立たせた。神授の奇跡には、どんなに努力しようと叶わない。そう言われれば言われるほど、兄は努力した。勇者は決して振り向かない、それが彼の口癖になった。
そして前に進み続けた兄は、1人の勇者として再び魔王と相まみえた。
「よく来たな、勇者よ」
「覚悟はできているか、魔王」
地面以外に何もない荒野が灼熱の紅に染まる。勇者は真っ直ぐ、単価12,000ゴールドの新兵の剣を構える。
「初めから全力で行く」
「俺もそのつもりだ」
濃密すぎる魔力に空間が耐えきれず、至る所で重力が反転し地面が割れ、実体化した魔力が怒号となって空に響き渡った。
「無間の炎に焼かれて消えろ――地獄の恒星」
「聖剣よ、我が手に再現せよ――エクスカリバー」
魔王を取り囲むように召喚された三つの太陽が地面をマグマの海に変え、放出された余りある熱エネルギーは雲をプラズマのスープへ昇華させる。勇者の新兵の剣は極限の魔力武装によって聖剣と化し、聖なる極光は時空を断絶する障壁となった。
勇者と魔王の決戦は三日三晩続き、勇者クリス・ゴールドが勝利した。
「あなたに勇者を名乗る覚悟はありますか。全力で行かせていただきます」
「や、やめろよ。ざ、雑魚のくせに、な、何ができるって言うんだよ。が、ガキだよねぇ、お、お前」
兄さん。私、できるだけやってみます。勇者は決して振り返らない、です!
「聖剣よ、私の手に再現せよ――エクスカリバーー!!」




