第二十二話:偽物の魔王vs勇者
勇者の背後で次々と氷の弾丸が形成されていく。
「飛ぶぞ。捕まれ」
躊躇はしていられない。背後の壁を斬り裂き、三階から三人を抱えて雨が降りだした通りへ飛び降りる。
「さ、三階ですよ、ここ! どっちにしろ死にますよぉ」
ミーナはバタつき、アリスは目をつぶって縮こまっている。
「ユーリ!」
「はい! 風よ、渦巻け――スウェルアップドラフト!」
「いやぁぁぁぁぁ」
体が地面にぶつかる直前、何かに引っ張られるように勢いが緩和され受け身を取る余裕が出来た。
「うげっ」
「いてててて」
「ユーリ、助かった」
「僕は魔法剣士なんで当然です、師匠」
「師匠? まあいい。構えろ、来るぞ」
勇者は颯爽と通りの中央へ舞い降りた。そして瞬く間に街は冷気で包まれた。
「さ、寒いのは苦手です。ネコなので」
「お前の問題だろ」
「この服装じゃさすがにきついですよ」
ミーナとアリスが寄り添ってガタガタと震えている。この世界は比較的温暖でそれに合わせて皆薄着だった。
「温もりよ、草木を枯らす冷気から我らを包み守れ――ウォームベール。二人もちゃんと役に立ってください。僕の魔法はあと一回で終わりです」
「さすが地味魔法博士のユーリ君だよぉ。ミーナもやるよ。死ぬとか死なないとかどうでもいいよ。腹立つ、あいつ」
「私も……ですけど、私たちで何とかなるんです?」
ミーナはサバイバルナイフを、ユーリはサーベルを、アリスはエクスカリバーを構える。
「雑魚もまとめて殺すよ。いいよねぇ。てか、住民もう逃げ始めてるじゃん。手際いいのむかつく。アイスメテオ」
勇者の掲げた腕からローブの袖口がずり落ち、白く細い腕が覗いた。そしてその腕の向けられた雨雲を突っ切って大仏ほどの氷塊がいくつも落下してくる。
「あれじゃ街が……」
「アリス、ぼおっとするな。私の側から離れるなよ」
街はうまく避難してくれていることを願うしかない。今は私たちの命だ。
遠い空から降る大きい氷塊は遅く見える。が、重力によって加速する氷塊の落下直前の速度は遅く見積もっても新幹線を超える。タイミングを合わせなければ。空振りしても振り遅れても命はない。
頭上の氷塊から私たちに狙いを定めるかのように大きな影が落とされた。
まだだ。
もはや星が降っているといっても遜色ない塊が、宿屋の3階部分を押しつぶす。
まだまだ。
影が濃くなり、巨大な冷気が私を包む。極限の集中ですべてがスローに見えた。
ここだ。
切っ先で表面をなぞり、切り返しで斜め十字に深く抉り斬る。
刹那、氷塊は破裂し辺りにキラキラと輝く破片を散乱させた。
「鉄さん……助かりました」
「今度は私の番だ。お前ら、死ぬなよ」
次々と墜落する氷塊が引き起こす地響きと轟音の中を勇者目掛けひた走った。
勇者の背後と私の頭上に生成された氷柱が私に狙いを定め次々と放たれる。まるで槍の雨だ。一気に放たれる十数本をまとめて斬る。足元から突出する氷槍を素早くステップを踏んで躱す。
「ラピッドイジェクション。NPCばっか殺しても味気ないよなぁ」
数多の氷槍が私を中心とした半球に浮かぶ。
「こうやって戦うの久しぶりだよ。いや、戦ってないな。お前なんもしてないし。あ、雪だ。こんな日にはお前の腹で咲かせるバラの花がお似合いだな。分かるよねぇ、このハイセンス」
理解できない勇者の言葉とは対照的にいまから起こることは容易に想像できた。
四方八方から氷の槍が飛来する。まず正面、そして真後ろ。真上から左右に剣筋を描く。射出される瞬間に目を凝らし、次の次のその次の次、どこから来るか想定し尽す。そして最低限度の動きでその想定を剣筋でなぞる。
だが、何本か間に合わない。
急所を外しダメージを最低限に抑える。左腕で脇腹をかばう。痛みはあまり感じないが、腕を伝う鮮血が温かい。低温は痛みを麻痺させる。私の体はすでに傷だらけだろう。しかし、まだ倒れる訳にはいかない。
最後の一本を正面で斬り裂く。足元に積もった雪は血に染まり、体には氷の残骸がまとわりついていた。
「へー、なかなかやるじゃん。剣での戦い、しちゃってもいいよ」
「問答無用」
右手にモノ斬りを握りしめ勇者へ斬りかかる。
渾身の力を込め袈裟に断つ。刃が勇者の肩口に、あ、た、らない……。
「馬鹿かよ。脳筋てやつ? 俺一番嫌いなタイプだわ。俺、氷操れるだよね。これが三つ目のユニークスキル。その氷ってお前の体についてるのも含まれるんだよ。どういうことか分かるよねぇ。ねぇ。いまどんな気持ち? 九死を脱した俺カッコいいとか思ってた? 残念、お前死にまーす」




