第二十一話:巡り合わせ
「鉄斎さん、本当に強い人だったんですね」
アリスが床に胡坐をかくブランにへこへこ会釈をしながら階段から上がってきた。
「いいや、彼も本調子ではなかったようだしな。左手は自由に動かぬようで、体力も落ちていたようだ」
「それでもあの攻撃力はゴールド等級の冒険者の、それも最上位レベルですよ」
「冒険者も大したことはないな」
「本当に強い人は前の戦争でほとんど犠牲になってしまいましたから……。ミーナはどこにいるんでしょう」
廊下を進むと「かってに開けないで」と張り紙させた部屋の戸があった。それを一気に押し開いた。
「あぅ。んっ……うみゃ!」
「あ、すまない」
ミーナが春画を片手に布団の中でうずくまっているところだった。なるべく何も見ないようにそっと戸を閉じた。
「え、なにがあったんです。ミーナは無事なんですか」
「あー、そうだな。ミーナ、入っていいか」
「ダメって言っても一緒ですよね」
消え入りそうな涙声が聞こえてきた。
「まあ、そうだな」
「いいですよ。片付けましたから」
もう一度今度はゆっくり戸を開けると涙目のミーナが布団の上に座っていた。
「ミーナ! びっくりさせないでください! 私、心配したんですから」
アリスがミーナの涙につられて半泣きで飛びついた。
「ご、ごめんね。アリス」
「いやです。素直に死にたくないって言えばいいじゃないですか」
「私も自分で自分の気持ちが分からなくなったっていうか、私が魔族のためにできることなんて何にもないし」
「そんなの関係ない!」
頬を斬られ、服は裂かれ、肩で息をするユーリが部屋の前で叫んだ。無事だったようだ。ユーリは一瞬私の方を見て「コレ、助かりました」と、いたる所がへこんだ鉄ヘルメットの短いつばをつまんで礼をした。
「ユーリくん。だ、大丈夫?」
「ぼ、僕はミーナが死ぬとか嫌だ。ミーナのおかげで今の僕がいる。だから今度は僕がミーナのためなら何でもする」
「あ、ありがとう。気持ちだけ貰っとくね」
「ぷっ、振られましたね」
ミーナにくっつくアリスにユーリが詰め寄って「そ、そんなつもりじゃない」と反論した。
「鉄さんは……って何見てるんです! なんかいい感じな時に」
「ああ、お前が見てた春画だ」
アリスが覗き込んできて赤面した。
「しゅんがって――エ、エロ漫画じゃないですか。ミーナ、私たちが徹夜でここまで来たのに何やってたんですか」
「現実逃避ですよ、悪いですか。てか、返してください」
ミーナが文字通り猫っ跳びで突っかかってきた。ミーナより二回り胸の大きなネコミミ女が屈強な男と致している場面に挟まれていたしおりが床に落ちた。
ユーリは開いた口が塞がらない様子だ。かわいそうに。
「この馬鹿。帰るぞ。私はお前がいるからここへ来たのだ。勝手に死なれては困る」
「ほんと勝手な人ですね。私の、魔族の願い、ちゃんと叶えられるんですよね。じゃないと私、死にますよ」
「ややこしい女みたいなこと言うな」
「私ネコですから。ややこしいですよ。――むむ、なんか来ます!」
ミーナが私とアリスを抱えて廊下の方へすっ飛んだ。直後、天井が落ちた。
いや、天井から人が落ちてきた。
「みぃつけた。俺勇者です、どうも。ユニークスキル――アイデンティファイ。へぇ、称号は勇者、所属は魔族。そうなるんだ。じゃあ、敵の勇者さん、死んでもらっていいですか。てか殺す」
落ちてきた勇者の右手に、何もない空間から白い冷気を纏った氷の剣が現れた。
「極冷剣C-273。お前も勇者なら神様になんか貰ったよね」
勇者は無表情のまま氷の剣を振り下ろした。それに呼応するように床から氷の槍が沸き上がってくる。まず目の前のを斬る。そして足元からその切っ先を覗かせる氷柱を上から突いて叩き割る。
「へぇ、妖刀モノ斬り、ねぇ。でもそれ、人斬れないよねぇ」
「やってみなければ分からんぞ」
「いや、分かるから。残念。チートってやつ。全部情報見えるんだよ。まっ、めんどいし死ねよ」
勇者はまた無表情で呪文を唱える。
「冷気よ、生きとし生けるものすべてを凍てつかせよ――アブソリュートゼ――」
「させるか!」
ユーリが勇者の背に決死のタックルを仕掛ける。だが、突如現れた氷の盾に防がれ、ヘルメットのへこみを増やすだけだった。
「きっしょ。弱すぎて感知できなかった。モブはおとなしく死んどけ。分かるよねぇ、邪魔だって。この街皆殺しにしちゃうからね。いや、するわ。暇すぎてイライラしてたんだよね。分かるよねぇ、人殺しのために呼ばれて戦争が終わったら邪魔者扱いされるダルさ。いやーこの世界キモイわ」
ユーリを氷の柱で私の方へ弾き飛ばした。
「苦しんで死ね。氷よ、数多の弾となりて敵の腹を肉塊に変えよ――アイスガトリング」
一瞬でぐしゃぐしゃになったミーナの部屋は冷気で満たされ、吐く息は瞬く間に輝く細氷と化した。




