第二話:全裸の少女
全裸のケモミミ少女は夏空に映える白い肌を隠そうともせず、梅雨空に浮かぶ雨雲のようなグレーの瞳で私の目を覗き込んでいた。
「すまないが私は英雄でも剣士でもない。まして人を救うなど」
こういう時、どうやってここに来たか、なぜ全裸なのか、そもそも何を言っているのか、そういうことを聞くべきだったのかもしれないが、その時私はなぜか妙な現実さを感じていた。
「お願いします。わ、私が無茶言ってるのも承知です。でも、私死ぬんです」
「どういうことだ?」
「す、すいません。訳、分かりませんよね。私、あなたを私の世界に召喚するために生贄にされたんです。だから、私あなたを連れて帰らないと無駄死にっていうか。だから、その、お願いです。ちょっと覗くだけでも構いませんから」
「それは災難だったな」
「ええ、それはもう」
「だがそれもよくあることだ」
この国ではなんてこともない疾病のために、生贄に生きたまま焼かれた少女を見た。それをやめさせようと派遣された役人を食い殺した村だ。私が斬った。この世界でも生贄なんてよくあることだ。
少女は俯き、そしてすぐ真っすぐ顔を上げて言った。
「私、いやなんです! どこかで誰かが殺されてる毎日が。見た目や種族が違うだけで、モンスターになったり冒険者になったり。魔族と言うだけで、この耳があるだけで、勇者に怯える日々が、もうたくさんなんです」
少女の目から今にも涙が溢れそうだった。ぐじゅじゅじゅと鼻をすすり大きくため息をついた。だが、いまさら私に選択肢はない。
覚悟を背負ってしまったのだ。
背負いきれない覚悟から逃げ出すことは許されない。だが、背負いきる覚悟もない私に、どんな世界だろうと救う資格はない。
「ここもさして変わらん。よくあることだ」
「あなたはいいんですか。こんな世界で。こっちの世界に来れば大きな力も授かれますよ」
「私に世界は重すぎる」
「何があったかは知りませんが、諦めるんですか。あなた強いんじゃないんですか」
「だったら……。だったらどうする! 殺すのか! 勇者を、差別主義者を、殺戮者を! 殺して殺して殺して――結局残るのは平和ではなかった。残るのは死体の山だ。殺された者の死体の上に殺した者の死体を積み重ねることに何の意味がある」
「じゃあ私は死にません。ほんとは転移者に命を捧げて神に力を請う手筈なんですけど、私、あなたみたいな人に命捧げたりなんかしません」
「都合がいい生贄だな。じゃあの意味もめちゃくちゃだ」
「ええ、ご都合主義なんです。その代わり、あなたの最後を見届けます。あなたが誰かを殺すなら私も殺します。あなたが怪物に落ちたのなら共に勇者に殺されてあげます。親切でしょう?」
親切か。
その親切はいつか君を殺すことになる。
「修羅の道だ。覚悟はあるのか」
「もちろん。月夜神に誓って」
覚悟はあるのか。
私にはまだない。
よくこんな言葉が付いて出たものだ。私は逃げたかったのかもしれない。友の重すぎる覚悟から。自らの過去から。
私はいつも一人だった。傍らに誰かがいるとすれば、それは殺すべき誰かだ。そしていつも最後には一人だった。
私は道連れが欲しかったのだろう。私の過去はこんなにも酷かったのだぞと。結局平和なんてものは幻想にすぎないのだと、ともに理解してくれる道連れが。
私は縛られたかったのだろう。惨たらしい現実を突きつけてくれる覚悟の鎖に。死と殺戮を突きつける覚悟に、ともに修羅に落ちる覚悟。私は心底負けず嫌いだったのかもしれない。甘えることを許されたくはなかったのだ。
矛盾だ。この矛盾は私を殺すだろうか。
ケモミミ少女はいつの間にか私の手を取って微笑んでいた。
「私、弱いですから、守ってくださいね」
「それより服はどうした」
少女は「もう」と息を漏らし、それから何かを唱え始めた。
「おもいかけ ひずみの中に 見つけたり 今こそ帰れ 月夜のまにまに」
刹那、視界が暗転した。右手の刀も、左手を握る全裸の少女の姿も見えない。
そこにどす黒い声が響いた。いや、頭の中で声がする。
「我が下僕、転移者よ。我、月夜の神なり。貴様の願い、三つ叶えてやろう。まず一つ」
「刀を、妖刀モノ斬りを持っていきたい」
「二つ」
「ああ、そうだ。あの男、千代竹是吉にこの刀の駄賃の在処を教えてやってくれ」
「最後だ」
「そうだな――