第十七話:嘘
「あの馬鹿。マスター、肉が食いたい。アリス、お前も食っておけ。私のおごりだ」
「え、あ、ありがとうございま……いや先に2000ゴールド返してください」
「ああ」
「絶対帰ってこないやつですね。というかそのよれよれの紙、なんて書いてるんです? ミーナさんモテそうですもんね。鉄斎さん、いつか刺されるんじゃないですか」
「読むか。ほれ」
『偽物の魔王よ。人間を魔王と呼ぶ愚かな混血の巫女を預かった』
「ええええええええ! 肉食ってる場合ですか!」
「うるさい。続きを読め」
『なんて――驚きました? ミーナです。アリスちゃん、ごめんね』
「あのバカ、何書いてんです。先輩ですけど。私やっぱり肉食べます。あとライスとピラフ追加でお願いします」
「そうか。あんまり食いすぎるなよ。マスター、半ライスとピラフ追加だ」
「はいよぉー」
ごめんね、アリス。びっくりすると小さいくせに大きな声出るんだよね。鉄さんはどうかな。いたら絶対殴られるよね。「この馬鹿」とか言ってさ。会いたかったなぁ、なんて。
「ミーナ、よく決断してくれた」
私の横を、縞虎族のブランさんが歩いている。元なんとか司令で私の命の恩人。この作戦が終わったらまた何とか司令になるのかな。
「私だってレジスタンスの端くれです。それに、私の命は私を助けてくれたブラン師匠のものですよ」
「ははは、師匠か。だが、あの男や女神官に未練はないのか。無理にとは言わない。俺は鬼じゃないからな。虎だけど。ははははは」
「師匠、何言ってるんですか。それ何が面白いか全然分かんないです。未練ですか、ある訳ないですよ」
今日は星、出てないな。鉄さんは星が出るとちょっと下向きに歩くんだ。星が怖かったのかな。
「やっぱり人間は嫌いか」
「嫌いです。私、半分人間なんですけどね。昔はそんな自分が嫌いでした。でも、ブランさんはみんなと分け隔てなく接してくれて、だから今は残り半分の自分も好きです。感謝してます」
「なんだかこそばゆいな」
「そうですか」
「ああ」
私が「そうですか」なんて、ちょっとむずむずする。一人で考え事してると「そうか」って頭の中で聞こえくるんだ。それにちょっとぷっと怒った感じで「そうです」って返してさ。なんか最近のことなのに懐かしいよ。
「この作戦の内容は理解しているな」
「もちろんです。師匠が人間から頑張って情報を集めてやっと出来た作戦ですから。最初あの男を召喚するとき、わがまましてごめんなさい。びっくりしました?」
「びっくりは、したな。でも謝ることじゃない。人は誰だって死ぬのは怖いんだ。大事な役目を押し付けてすまないな。でも、ミーナしかいないんだ」
ミーナ。あの人が最初にそう言ってくれたのはいつだったっけ。もう忘れちゃったよ。
「この世界とほかの世界を繋ぐパイプである巫女が死ぬと、召喚された勇者は完全にこちらの世界の人間となる」
「それが異常な力の源でしたよね」
「ああ。そして巫女の死は逆に勇者が元の世界に帰れなくなることを示す」
アリスちゃんは、ちゃん付けするとちょっとやな顔してたんだよね。すぐ気づかなくてごめんね。でも、かわいいから仕方ないよ。
「勇者がものと世界に帰るには、他の勇者を他の世界へのパイプにするしかない」
「つまり勇者が元の世界に帰るにはほかの勇者を殺し力を奪うしかない、でしたっけ」
「よく覚えているな」
「何度も聞きましたから。では、なぜ勇者同士で殺し合いが起きないのだろうか?」
私何考えてるんだろ。もう会えない人のことなんて。でも、私、師匠も大好きなんだ。一緒にレジスタンスになった友達のユーリも、孤児院のあんまりおいしくない料理ばっかり作る森熊族のおばさんも、おいしい牛乳届けてくれる角鹿族のおじいちゃんも。
「それは俺の真似か? 全然似てないぞ。その問いに答えよう。人間は弱いからだ。元の世界で平和ボケした弱い人間に味方の、自分と同じ世界から来た勇者を殺すことはできない」
「だから私たちが、魔族が召喚した勇者という敵の勇者を作るんですね」
「そうだ。そして勇者同士の争いが起きる。それを足がかりとして我々レジスタンスが各地で都市を占領する」
そんなにうまくいくのかな。でも、私が生贄にならないことには何も始まらないよね。人間の国にはまだ、むちゃくちゃな扱いを受ける魔族の子供たちがいるんだ。だからやらなきゃ。覚悟を決めないと。
「それとこの作戦にはもう一つの目的がある」
「魔王の子供、でしたっけ」
「いいや、先代亡き後はご子息が魔王だ。偽の魔王の活躍はこの世界のどこかにお隠れになった真の魔王様へのメッセージとなる」
「それ後で怒られても知りませんよ」
「無間の炎に焼かれて消えろ――地獄の恒星。先代の魔力、懐かしいな」
「私あんまり暑いの苦手です。ネコですから」
なんだかんだ言って楽しい人生だったなぁ。覚悟かぁ。たまたま助かった命だし、魔族はいい人ばっかりだし。私しかできないことだしな。幸せな最後だよ、そうだよね。――そうです。
「儀式はいつ行う? 気持ちが落ち着くまで待ってもよいが」
「いいえ、今日……はもう遅いですね。明日の夜に、お願いします。我が同志のために。魔族の未来のために」




