第十六話:油断
青白い雷光の槍が轟音と共にアリスを襲う。
なりふり構わず刀を抜き光の筋へ飛び込む。
間に合え――
切っ先がほんの一瞬、雷槍の尾に触れる。その瞬間あたりは閃光に包まれた。
「アリス! 返事をしろ! アリス!」
巻き起こった爆発でアリスは吹き飛ばされ、1人の生存者の隣に横たわっていた。腰あたりに焦げた跡がある。
「おい!」
クソ。間に合わなかった。今はただ気を失っているだけであることを祈るしかない。
杖ゴブリンとアリスの間に入り刀を中段に構える。早く倒してアリスの容体を確かめたい。その思いとは裏腹に奴は呪文を唱える。
「させるか」
放たれた雷撃を横一文字に切り裂く。すさまじい閃光と衝撃と共にそれは消滅した。魔法を斬ったのだ。千代竹、お前には感謝してもしきれないな。
部屋に響いた衝撃の収まるのを待たず、私は地面を蹴った。正面、魔法が飛んでくる。肩を透かして右に避け、それを真っ二つに断つ。一筋たりとも後ろへ通すわけにはいかない。
勢いそのまま奴へ肉薄する。呪文を唱え続けるその顔に恐怖はなかった。いや、感情の欠片すら見出すことはできなかった。
「覚悟」
至近距離で放たれる電撃を、奴の杖もろとも袈裟に断ち切った。杖を失ったゴブは生じた衝撃で背後の壁に叩きつけられる。
ずるずると壁を伝い落ちるゴブリンにもう息はなかった。
「アリス!」
「うう、痛いです。鉄さん。ごめんなさい」
「気が付いたか、馬鹿野郎。服脱がすぞ」
「ま、またですか」
「私を変態呼ばわりするな。腰をやけどしているだろう、見せろ。胸は苦しくないか。体に痺れを感じないか」
「ちょ、勝手にめくらないでください。恥ずかしいです」
「あんなことがあってまだ恥ずかしいのか」
「もうその話するのやめてください」
アリスのやけどは軽度だった。電撃が当たりはしたが、重症になる前に電流を断ち斬れたのが幸いしたようだ。
「あ、生存者。鉄さんが様子を確認してください」
「分かった」
「あぁ、嘘」
松明で照らされた生存者の女性はアリスには見るに堪えなかったようだ。全身に痣があり血が滲んでいる。それが一目で分かる悲惨さだった。
「私の声が分かるか」
「ぁ……ぁ」
「私にはお前の体を助けることしかできない。心がそれを望まぬなら介錯を申し受ける」
「私が! 私が助けます! だから……私に任せてください」
「その言葉、重いぞ」
「はい。分かっています。私は神官です。お願いします」
「だそうだ。話せるようになったら私も、いや、私にできることはないか。アリス、1人で歩けるか」
「私は子供じゃありません」
「そうか」
「そうです」
私は体液で体を冷たくしたその女性に上着を着せ、ゴブリンの巣の出口まで負ぶった。私とアリスはその間言葉を交わすことはなかった。ただ、松明を持って先行するアリスの背が少し大きくなったように見えた。
外は夕暮れだった。斜陽は森に遮られ、見上げる赤い空は遠かった。
「私は……」
「どうした、不安か」
「いえ、まぁ、はい。そうです」
「アリスも同じような目から立ち直っただろう」
「私は、私はこの方よりずっと良い方でした。でも、私もこうなる可能性があったと考えると背筋が凍りつく思いです。だから私はしっかりしないとダメなんですよね」
「こういう事に良い方も悪い方もない。自分の方が状況がマシだからと言って、傷ついてはいけない道理など無い」
「今日はなんだか優しいんですね」
「腕を刺されたのを忘れたか。それに、アリスを襲ったゴブリンと、この女をこうした奴らはおそらく別物だ」
「それはどういう?」
「この女をちゃんと助けてからミーナと三人で話そう。急ぐぞ」
私たちは日が暮れきる前に街へ戻り、女性を医療機関へ引き渡した。アリスはついて行くと言ったが、今はできることはないだろうと引き留めた。
「あ、お疲れ様です。鉄さん、アリスさん」
「ゴブリン退治、無事終わった。生存者が一人いたが、医者に引き渡した」
アリスから、斬ったゴブリンの杖を預かり受付テーブルに無造作に乗せた。
「メイジゴブリンの討伐、確認いたしました。生存者の救助分も確認の取れ次第報酬をお渡しします」
受付嬢は紙幣を5枚、32,000ゴールドを私に手渡した。
「どうも」
「生存者が確認されれば、お二人はブロンズ等級に昇格となります。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
アリスは受付嬢の笑顔に複雑な表情を返していた。まぁ、それもそうだな。
「あ、あと、ちょっと怪しい人からお手紙を預かっています。ミーナの連れの男へ渡せとのことでした。中身には注意してくださいね」
意味深な笑顔で渡された一枚のメモにはこうあった。
『偽物の魔王よ。人間を魔王と呼ぶ愚かな混血の巫女を預かった』




