第十四話:極論
「うあぁぁぁぁぁぁ」
「うるさい」
前からゴブリン1。短剣の突きを寸で交わし首元に手刀を叩き込む。
「こ、こっち来ます」
アリスに釘付けになった後頭部をエクスカリバーで殴打、意識を飛ばす。
「後ろにで、でかいのが」
気絶したゴブリンのロングソードを逆手に握って後ろ手に突く。ゆっくと振り返って、力が抜けつつあるデカゴブリンの右腕から松明を拝借した。
「わざわざどうも」
「ま、魔王軍は戦争には介入しないんじゃ、な、なかったんですか」
倒れたデカゴブリンからロングソードを引き抜く。
「奴らの目を見たか」
「またお説教ですか。もう十分身をもって――」
「死んでいた」
彼らの目。よく覚えている。あれは中東だったか。宗教と暴力とドラッグとガンパウダーで汚染された少年兵たち、いや、狂戦士たちの目だった。私には救えなかった。ただ楽にしてやることしかできなかった目だ。
「ど、どういうことです」
「いやなことを思い出した。そういや、前に襲われた奴らと何か違わないか」
「い、いや、命の危険には変わりないです。そのでも、前より怖いというか迫力があるというか」
「そうか」
帰ったらミーナに聞いてみるか。予想が正しければ皮肉だな。
まだ息があるゴブリンに剣を突き刺し息の根を止める。
「アリス。こいつの短剣使えるか」
「え、私神官ですよ。神殿の教義で禁止されてるので無理です」
「とりあえず握ってみろ。体がはじけ飛ぶわけでもなし」
ええぇ、と困惑した声を漏らしながらアリスが短剣を両手で拾う。が、特に何も起きない。
「うはぁ。鉄斎さんが余計なこと言うから無駄に緊張しました」
「じゃあ次は前にやった光る奴やってみろ」
「いや、神官服も杖もないし、武器持ってちゃ絶対無理ですよ」
「それも教義か」
「ええ、神の教えですから」
「じゃあやってみろ」
「は? あの、言葉分かります?」
「どうした。神がダメと言ったごときで、なぜできない理由になる」
「神官になんてこと――」
「はよ」
「わ、分かりましたよ。これがミーナさんの言ってた殺気ってやつですか。はぁ。天にまします我らの神よ。願わくはか弱き我らに慈悲の光をお与えください――ホーリーブライト」
「左手で松明、右手に短剣。いつでも刺せるように腹の前で構えろ」
「いや、何も起こらないからって無視しないでください」
「じゃあ、何か起きるまでやれ」
「やっぱり神には逆らえませんって」
「ならば神に逆らうか死か」
「極端ですよ、いきなり」
「そうだ。戦いは極端だ。一方は死に、もう一方は生き残る。戦いとは常に生と死を選択し続けることだ。常に極論で考えろ」
「それはそうですけど――」
「神や才能や運命が努力を惜しむ理由にはならない。こと、戦場においてはな」
「わ、分かりました。そこまで言うなら」
アリスは半分ふてくされながらも呪文を唱え続けたが、その短剣に光が宿ることはなかった。
「な、なんか来る気がします」
「知っている」
「私が呼んでるみたいになってません?」
「なっている」
「む、無責任すぎま――うえぇぇぇぇ、デカデカゴブリンです」
「責任は今から取る。静かにしてくれ。頭に響く」
私より二回り大きい、2mは優に超す巨体のデカデカゴブリンは岩石のような棍棒を引きずって、ドスドスと駆けてくる。
「そのデカデカゴブリンという呼び名は何とかならんのか」
「な、な、な、な、なんか聞いたことある気がするんですけど、ってかやばいですってぇ」
デカデカゴブリンは棍棒を大きく振りかざし、私の頭蓋を狙い袈裟に振り下ろす。それを軽くしゃがんで躱し、右小手の腱を断つ。西洋の剣のくせによく斬れる。まぁ、私の腕あってこそのものか。
「ああああ、思い出しました。デブです。デブゴブリン」
「デカもデブも大して変わらんな」
デブゴブリンが動かぬ右手に困惑する間に右内腿を刺さらぬ程度に突き斬る。そして剣の引きざまに左内腿の動脈を断つ。
「あ、デブじゃなくてホブです。たぶん」
「デカもデブもホブも――」
ホブゴブリンはたまらず膝を突く。止めにその喉笛を掻き斬った。
「大したことはない。が、さすがにもう刃が持たんか」
諸刃の洋剣は両の刃を欠いていた。こうなったらエクスカリバーと何ら変わらん。いや、名前の分、木剣エクスカリバーの方がよいか。
「次からはアリスが止めを刺せ」
「な、何でですか。その腰のサーベルみたいな剣は使わないんですか」
「これは妖刀だ。私にはまだ扱えん。覚悟もまだない」
「妖刀だからって、覚悟がいるからって使えない理由になるんですか」
アリスの目は真っすぐ私を捉えていた。そうだ。世界を平和にする覚悟はまだ無くとも、アリス一人守るぐらいは腹を決めて見せろ、鉄斎。
「これは一本取られたな。ならば試すか」
久しぶりに外の、戦場の空気を吸った妖刀モノ斬りは、以前に増して禍々しい妖を帯びていた。




