第十二話:帰還
その後また寝てしまったアリスを背負ったミーナは一足先に、アリスを神殿へと送り届けに行った。
すっかり日が暮れて夜の虫の鳴く声が響く街道は、砂漠の独裁国家で見たものと同じような瞬く星と遠慮がちに雲に隠れた月に照らされていた。
私は星が苦手だ。
人は死ぬと星になるとある人は言う。なら、私が眺めるこの星の中に私が殺した星はどのくらいあるのだろうか。いつか星が降ってきて私を死者の国へ迎えに来るのではないか、そう思うことがある。
だが、今日人を助けた。私の勝手で苦しめた人を私の勝手で助けた。こんなものは助けた内に入らないのかもしれない。そうだとしても、私が助けたつもりでいるために、まだ星になってもらう訳にはいかない。
辺境の街はまだ喧噪で溢れていた。今日の仕事を終えた人々が互いの苦労をねぎらい、明日の仕事の憂鬱を吹き飛ばそうと酒を飲む。こんな自然な人の営みを異世界で知ることになるとはな。
冒険者ギルドも人でいっぱいだった。生と死の狭間カフェなんて皮肉の効いたカフェで冒険者は死んでいった仲間に思いを馳せるのだろうか。
「あ! 鉄斎さん! 大丈夫だったんですか。そんなに時間のかかるクエストではないので心配していたんです」
私を見つけた受付嬢がテーブルから身を乗り出す。
「すまない。死人が出た」
「その……詳細をお願いできますか」
「剣士、魔法使い、武闘家が死んだ。ミーナ、アリスは無事だ。今は神殿にいるはずだ。これがその3人の認識証だ」
血を被り汚れているくせに真新しく光を反射させているプレートを受付嬢に返した。
「ありがとうございます。原因はお聞かせ願えますか」
「ああ、ゴブリンだ。亡くなった3人とアリスがゴブリンの巣を見つけたのを私は止めなかった」
「冒険者の行動については自己責任がギルドの定款です。生き残った方が責めを負う必要はありません」
「そうか」
「その……クエストの薬草の方は……」
「ああ、少ないが取ってある」
私は始め渡されていた薬袋を受付嬢に渡した。それを秤にかけ重さを量る。そしてテーブル下の引き出しから紙切れを2枚取り出した。
「クエスト報酬の2,000ゴールドです。代表で鉄斎さんが受け取ってください」
「ああ……確かに受け取った」
2,000ゴールドか。アリスに返さないとな。あとミーナの分も。あの時私が彼女を無視していればどうなっていただろうか。アリスのことだ、やることは大して変わらないだろうな。
「ここでお食事していきますか?」
「いいや、行くところがある」
受付嬢が神殿への行き道を説明してくれたおかげで迷わずに着いた。街の入り口のすぐ近くにある大きな石造りの建物がそうだった。
「あ、鉄さん。アリスちゃんぐっすり寝ちゃったんで待ってました」
「すごい、建物だな」
「そうですね。まさに神様って感じで苦手です」
「私もだ。アリスはどこに?」
ミーナは神殿の裏にある木造の下宿へ私を案内した。
「修道女さんが、使えるのはここだけだって、それも一日だけ。ケチですよね。ベッド2つあるんで私アリスちゃんと一緒に寝ますね」
「私は……」
「アリスちゃんは私が守りますよ」
「そうしてやれ。いつになく疲れた。今日は、その、すまなかった」
「いいんです。私、覚悟できてますから」
「そうか」
「そうです」
ふわわわわわぁとあくびをしたミーナはアリスを起こさないようにゆっくりとベッドに入った。道着を羽織ったアリスはだらしなくよだれを垂らして、安らかな寝息を立てていた。
夢を見ることもなく静かに夜は更け、昨日のことなんて知ったことじゃないと燦燦と陽光が窓から差し込んでくる今朝だ。
「わ、わわわわわわ。ミ、ミーナさん。み、耳が変な方向に向いてます」
「あ、おはようアリスー。耳取るの忘れてた」
「え、みみみみっみ耳、取れ、え、もしかして夢ですか。そうか、夢ですねこれは」
「私魔族のハーフなんだよ。ほらネコミミー。かわいいでしょ」
「そ、それでずっと帽子被っていたんですね。まだ、差別は残っていますから」
「アリスちゃんは魔族きらい?」
「そんなことないです。実際に私自身が被害受けたわけじゃないので。でも、やっぱりちょっと怖いです」
「そうだよねぇ。私も人間嫌いだったし、でも、会ってしゃべったことないし、よく分かんなかったの」
「私もそうです。歴史に習う魔族は悪い人ばかりでしたから。ごめんなさい、ミーナさん」
「いいんだよ。私もみんなにつられて人間のクソ共とか言ってた頃あるし」
「それはひどいですね」
「でも、アリスちゃんと一緒に過ごして寝て全然そんなことないなって」
「はい。ミーナさんは私の尊敬する冒険者です」
「照れるなぁ。あと、ミーナでいいよ。それでね、昨日寝る前に考えたんだ」
「何をです? ミ、ミーナ」
「素直でいいねぇ。あの男とは大違いだよ。そう、鉄さんのこと。最低だよね」
「はい、その通りです。2000ゴールド取られました」
「私なんて1万ゴールドだよ。最低で何考えてるか分かんないし、滅茶苦茶だし、怖いし、でかいし、殴るし、泣かされるし、馬鹿にされるし」
「そうです、ひどいです」
「でも、あの人のおかげでアリスちゃんに会えたんだって、そう思ったらまあいっかって思えるんだ」
「不幸になりますよ」
「もう不幸だし」
「そうですね」
ミーナはんんーっと伸びてまたベッドの上に突っ伏した。
「お風呂行きますか。私、なんか体から変な匂いします」
「昨日ドロドロになったのに入んなかったもんね。くんくん、これは発酵臭だな」
「は、発酵……。私腐るんですか、嫌です、お風呂今すぐ行きましょう」
「行きましょー。おっふろ、おっふろー」
「ちょっと待ってください、ミーナ」
「アリス」
「あ、起きてたんですか」
「ああ。昨日は……すまなかった」
「許しません」
「そうか」
「そうです」
アリスは道着の襟を直し部屋を出ていった。
第一章、ここでおしまいです。ここまで読んでくださった皆様には感謝してもしきれません。
まだまだこれからの物語です。どうぞ末永く三人の冒険にお付き合いください。
 




