第十話:ゴブリンの女王
神官の悲鳴を後ろに、人とゴブリンの屍を越え横穴を進んだ。予想通りゴブリンの巣はすでに静まり返っていた。
「逃げられる。追うぞ」
ミーナはまだ気分がすぐれないのか無言だった。ただ走って後ろを付いてくる。そうしてかすかに残る足跡を追って奥へ奥へと進んでいった。
「あ、あれ、人です!」
横穴はやがて広い空間に変わった。そして、その最奥にひときわ大きなゴブリンに囲まれ、抜け穴から逃げ出す全裸の女性がいた。そしてその中の一匹が私の前に立ちはだかった。
「戦うつもりはない。ミーナ、剣を収めろ」
「え、でも」
最後の一匹は我々を振り返りながら、のしのしとその場を去った。
「あの女の人って」
「守られていたな」
「なんで裸なんでしょう」
「君が言うか」
「あ、あれはあっちの世界に服を持って行けなかっただけですから」
また裸の女か。いやそうではなく、なぜ女を襲う魔物と言われているゴブリンが人間の女を守っているのだろうか。もしかすれば我々魔王軍の仲間とすることが出来るのではないか。
「そうか。今日は帰ろう。報告がいるだろう」
「私、あの子が心配です」
「あの子と言うほど年も離れてなかろう」
私とミーナは来た道を、今度はミーナの先導で急ぎ足に戻った。ミーナはよほど鼻がいいのか、魔力感知なのか迷うことはなかった。
だんだんとまた死の匂いが近づいてくる。そこに赤く染まった神官服をズタボロに引き裂かれ下半身を露出したアリスがうつ伏せに倒れていた。
「ああ、うそ、ごめんなさい。うぅ」
「何泣いている」
「何って、こんな可哀そうなことあってたまりますか。わ、私は人間を見殺しにして欲しいなんて、た、頼んでいません。私、やっぱり、無理です」
ミーナは両膝をついて大粒の涙を流した。
「修羅の道と言ったろう。おい、ナイフを持っていただろう、よこせ」
「え、な、なにするんです。こ、これ以上傷つけて――」
私はアリスの体を仰向けに返し、血を吸って固まりかけた神官服をミーナのサバイバルナイフで切り裂いた。
「や、やめてください。あ、あんまりです。うわぁぁぁぁん」
「馬鹿みたいに泣くな」
ミーナは私の背中に抱きついて後頭部をぽかぽか殴った。結構痛い。
「お前、なんでそんな力が強いんだ」
「う、うるさい。女のてきー。魔力強化ですよー」
「魔法が使えないのに?」
ミーナに殴られながら、気絶しているアリスに致命的な外傷がないことを確かめる。白い肌は血で汚れ体は痣だらけだったが、ミーナの心配していた凌辱の後はないし、太ももの刺し傷も浅かった。
「魔法は使えませんけど魔力はあります。魔力を外に出すのができないんです」
「そうか。もういい加減離れろ。血で体が冷えると危ない。道着を着せておぶるから先導しろ。もう日が暮れる頃だ」
「どうせ助けるなら最初からすればいいのに」
「冒険者ならこういうのは慣れておいた方がいい、だったか」
ミーナはブラックジョークがお気に召さないようで、さいてーと言って山を下り始めた。
道着の下には何も着ていなかったので、アリスの肌が直に触れ、冷たい体に熱が移ってゆく感覚が心地いい。さっきまで死の真ん中で泣き叫んでいたとは思えない安からな寝息だった。
「アリスちゃん、冒険者続けると思います?」
「さあな。お前は魔王の側近続けるか?」
「迷いちゅうです」
「あ、あの、私」
「目が覚めたか」
「私なんで生きているんでしょう」
「生きるために逃げたからだろう」
「私、死にたかった」
「そうか」
「私、滅茶苦茶にされればよかったんです」
「それで」
「そしたら私たちが殺したゴブリンも、救えなかった仲間も許してくれると思うんです」
「そうか」
「だから――」
私はアリスを、ふもとが近づきずいぶん平たくなった山肌に放り投げた。
「いだっ」
「て、鉄斎さん、な、なにやってるんです!?」
「だったら私がやってやる。どうだ、魔王に犯されるんだ。神は慈悲を垂れ流しお前は救われる。そうだろう」
ミーナはとっさにサーベルを抜いて私に斬りかかる。エクスカリバーでサーベルを受けると、その刃は木の刀身に食い込んだ。そのまま木剣を払うとサーベルがミーナの手から離れた。巧くはないが重い一撃だった。
「この剣はお前には大きすぎる。それにこの刀身のレリーフは何だ。何のタクティカルアドバンテージもない。私は魔王だ。従えぬなら斬ってみせよ」
まだ諦めぬと突進するミーナを正面で受け、腹に拳をねじ込む。ミーナは嗚咽し、そしてへたり込み地面にうずくまった。




