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メッセンジャー

 君は知ってるか?

魂がどこか遠くへいって、置去りにされてしまった体が感じる世界を。

耳障りな雑踏も素晴らしい音楽も等しく価値を失い僕の心はなんの反応も示さない。

ここには君の声すら聞えてはこない。

瞳に映る何もかも、ただ通り過ぎ片っ端から消えて行く、君の存在はそこにいるという現実に過ぎず僕は何も思わない。

 君は知っているか?

この静かで空虚な平静を。

何も頭には考えが浮かばない、僅かな焦躁を感じる。

この感覚はもしかしたら死への道なのかもしれないという妄想からかもしれない。

僕は何も感じない、何も出来ない。


静寂、死に似た静寂。


君は知っているか?



マキトは朝、目が覚めると夢に現れた声をメモに走り書きした。

普段なら無視するような「ノイズ」に耳を傾けたのはそれを聞くのが今日で三回目だからだ。

それに「ノイズ」と呼ぶには少し鮮明すぎる、自分に「メッセンジャー」への「シンパシー」がなければここまで鮮明に「声」を聞く事は出来ない。

マキトは考える「いったい誰だ?声の主は。それなりに強い『チカラ』を持ってる、知り合いじゃないな、何故僕に声を送ってきた?いや無差別なものかもしれない、無差別に手探りで声を送ってるのかも、相当に神経を磨り減らすやり方だ。」

マキトはウロウロと考えた挙げ句「メッセンジャー」を探す事にした。

このままじゃ寝不足になってしまうからだ。


マキトが考えた捜索法は単純で物理的なものだった。

この地域周辺に住む強い「チカラ」をもった「アメンチア」を一人一人聞き込みして廻るというものだ。

となると問題は強い「能力者」をどうやって絞り込むかだがそれについては心当たりがあった。

探偵のミシマに頼めばいい。ミシマは捜査にたひたび「アメンチア」の「能力者」を起用する、マキトも何度か失踪者の捜索を手伝い謝礼を受け取った。

だがなるべくなら付き合いたくない人間だ、人使いが荒いし"何を考えているか解らない"からだ、ミシマはまったくの「無能力者」で驚いた事に「チカラ」を信用してない節がある、能力者を"使う"のに、だ。

彼に頼りたくなければ自分で声の主がしたように"探す"事も出来たが、止めた。そんな事をすれば髪が一本残らず真っ白になって頭が狂ってしまう。


 マキトは黒い古い元スクラップの改造チョッパーを駆って街の大通りを突き抜ける、時間は午前四時、初夏の空は東の方からうっすら青く明け始める。

大型の貨物トラックを擦り抜けエンジンが火を噴く直前のスピードで飛ばす。


ミシマの事務所までは一時間。郊外の海辺にある白いコンクリートの角張った、妙なデザインの建物。

昔どこかの資産家が建てた別荘を引き取ったものらしい。

こんな辺鄙な場所に興信所を構えてよくやっていけるな、とマキトは思うが、ミシマの元に集まるのは他の興信所を盥回された結果流れ着く少しやっかいな客なのだだそうだ。

 ミシマの仕事のやり方は他の探偵とは違う、まず通常の捜索法である尾行、盗撮、盗聴、聞き込み、その他の情報収集活動をすっ飛ばす。

「能力者」を使って強引に抽象的な情報を引っ張り、総轄して事件、依頼を解決する。

簡単なようで難しい、並の「無能力者」ならこうはいかない、「能力者」の「チカラ」に精神が共振して頭がイカれるか「覚醒」してしまう、長い時間「能力者」と時間を共にして共振しないのは彼が余程無神経なのだろう。


 マキトはバイクを降りると鉄柵の門を潜り石畳を進む、庭は雑草が伸び放題だ。呼び鈴を鳴らす、常識的な訪問時間ではないが探偵であるミシマにとって深夜も早朝も昼も夜も関係はない、仕事があれば仕事をしているし仕事が無ければいつまでも寝ている男だ。

マキトは携帯電話を持っていないしミシマの事務所の電話番号も知らない、常に開かれた連絡手段を身近に置くのがマキトには我慢できない、常に誰かと繋がっているという感覚が我慢できないからだ。

もし不運な事に彼が留守なら数時間は待つ覚悟だった。もし何時間待っても彼が帰ってこなければそれはそれでしょうがない、と思った。

もう一度呼び鈴を押そうとすると「なんの用だ?」と低く不機嫌な声がスピーカーから響いた。

「頼みたい事があって着たんだ、悪いけど今話できるかな?」短い沈黙の後「入れ」ミシマが言って玄関扉の電気錠が開いた。

 

 外観と同じように無機質な白いコンクリートの天井と壁と床、玄関には黒いマット、マキトは靴のまま上がる。

廊下の先にあるゲストルームに進むとミシマは黒い革のソファに深く腰掛け何か古そうな映画を見ていた、テーブルの上にはウイスキーと吸殻が山盛りの灰皿、新聞、食べ終わったカップラーメンの容器。

「何見てるの?」マキトが聞いた。

「パピヨンって映画だ、長い映画だがスリルがある、男が過酷な強制労働施設に送還されて何度も脱走を試みるが何度も失敗する、何度も見てるが何度見ても面白い」

「ラストはどうなるの?」

「自分で観ろよ、結果なんて重要じゃない、大事なのは過程だ。物語の結末を、『こうなりました』なんて言葉で言われても一つも面白い事なんてないだろう?」

ミシマはリモコンでDVDを停止させるとTVを消した、ウイスキーのグラスを一気に空ける。

「どうしたんだ?お前が尋ねてくるなんて、珍しいじゃないか」

「ちょっと聞きたい事があってね、この界隈にいる比較的'チカラ'の強い能力者のリストが欲しいんだ。」

ミシマはタバコに火をつけると溜息をつく様に煙を吐き出して言う

「そいつは俺の飯の種だってわかってるか?おいそれと見せるわけにはいかない」

今度は短く煙を吸い口の片端から煙を噴出す

「何があったか言えよ」

マキトはメッセージのメモを読み上げ、それが3回続いてる事と、その声のせいで寝不足だという事を付け加えた。

ミシマはタバコの火に視線を落とす。

「こんなケースが昔あった、お前と同じように声が聞こえると訴える依頼人から…同じように声の主を探してくれって依頼だったよ、その男もお前と同じように読心能力があってギャンブルで荒稼ぎしていた。

その男の読心の手法は欲望の気配を嗅ぎ取る類のものでお前の様に'共感'を必要としない。大別するなら受動と能動、お前が受動でその彼が能動だ。彼は微かな気配、鼓動、思考に耳を欹てる内に神経過敏に陥っていたんだ

車のエンジン音、工場で機械が軋る音、風が起こす物音、そういった物に一々ビクついてる内にタナトスが発症した。彼の思考は暴走して脳の理解が追いつかない、自分の思考を脳が認識するのに時間差が生じる

結局、彼を悩ませる声の正体は彼自身の猜疑の声だった。わかるか?彼には一応専門の医者を紹介したがその後どうなったかは知らない。」

「僕が…イカれてるって言いたいのか?」

マキトは平静を装ったが声は思いがけず上擦った。

「お前は力を酷使しすぎる傾向がある、心配してるんだぜ、これでも。」

ミシマは無表情のままマキトの背後を透視するような目をした。

「同情がなんの役に立つってんだ、心配してるならリストを見せてくれ、始末は自分でつける」

マキトが言い終わるとミシマは鼻で息をつき立ち上がった

「仕方ない手を貸してやる、だがこいつは貸しだぜ。いつかきっちり返してもらう」



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