暗中の探り合い
「……我はそなたに対し、偽りなど口にしていない」
「今のも、ウソです」
イヴの視線がセラスを射抜く。
「なんの根拠があって、そなたはそのような決めつけをする?」
「根拠はあります。いずれにせよ、私の指摘は当たっているはずです。それは、あなた自身がよくわかっているのではありませんか?」
「…………」
獣じみた低い唸りを漏らすイヴ。
彼女が剣の柄を握り込む。
「目的を、言え」
「あんたを助けたい」
イヴに理解不能の空気が漂う。
「我を、助ける……だと?」
「明日が最後の血闘なんだろ?」
「……そうだ」
「運営側の公爵が何か工作を企んでる。イヴ・スピードが敗北するための工作をな」
「なんだと?」
俺はセラスの得た情報を伝えた。
「真偽はともかく、なぜそなたが我を助ける?」
「理由は簡単だ。禁忌の魔女の情報を持ってるあんたに死なれると困る。ま……明日の血闘前に情報を渡してくれるなら、別だがな」
原理まではわかっていない。
が、自分のウソがバレるのをイヴは察している。
ウソの情報を渡してこの場を去るのは不可能だと、理解している。
「公爵が工作を行うという証拠はあるのか?」
「確たる証拠はない」
「ふむ」
考え込むイヴ。
「どうした?」
「我はズアン公爵の所有物だ。まあ、あの男なら十分にありうると思ってな」
所有者との信頼関係は薄いようだ。
これはプラス材料か。
俺は、少し考えてから聞いた。
「最後の血闘はほっぽり出して……モンロイへ一緒に来たっていう少女を攫って、一緒に逃げるのはナシなのか?」
イヴの喉奥から低い唸り声が漏れた。
「貴様……もし、あの子に手を出したら――」
「安心しろ、手を出す気はない」
「…………」
「あんたの事情も知っていると伝えたかっただけだ。自分の身を買い戻す金が貯まったにもかかわらず――さらに二年間、その少女の身を買い戻すための金を稼いでたってこともな」
イヴの怒気が鎮まっていく。
「工作の件を伝えてくれたことには礼を言おう。しかし――」
質実に、イヴは言った。
「明日の血闘から逃げるわけにはいかぬ」
その瞳にはブレがない。
「不利な工作をされようと、我は明日の血闘で勝利し、この手で自由の身を手に入れなくてはならない」
「なぜ攫って逃げる案は取れない? もし魔女の居所を教えてくれるなら、俺たちが逃亡に協力してもいい」
「どこへ逃げろと?」
イヴには諦念がうかがえた。
「制度を使って正式に自由の身にならなければ、我とあの子はズアン公爵に追われ続けるだろう。さらに血闘場の運営者でもある傭兵ギルドが関わってくれば、大陸中の傭兵が賞金目当てで我らを狙い始める。どこへ逃げても、追われ続ける日々になる」
イヴの瞳に哀切が滲む。
「我だけならばかまわぬ。だが、あの子にそんな過酷な逃亡生活をさせたくはない。逃亡するだけの日々など、もうごめんだ」
が、このまま血闘へ挑んでも死ぬ確率は高い。
「いい隠れ場所が、あると言ったら?」
返事までやや間があった。
イヴが問い返す。
「……どこだ?」
「あんたの方が詳しいかもしれないな」
「?」
「禁忌の魔女の棲み家だよ」
「…………」
「あんた、魔女の居所を知ってるんだろ? そこで匿ってもらえばいい」
「だから魔女のところへ連れて行け、というわけか」
「ま、そういうことだ」
「ふん」
苦笑っぽく鼻を鳴らすイヴ。
「仮に我が魔女の居所を知っていたとしても、辿り着くのは不可能だな」
「なぜ?」
「魔群帯の奥地には誰も辿りつけぬ。言ったはずだ。あそこは、人の踏み入る場所ではない」
「…………」
今、イヴは”奥地”と言った。
居所を知る者でなければまず出ない言葉……。
「俺たちが同行すれば辿り着けるかもしれない。その少女も全力で守ると約束しよう。どうだ? そこに、賭けてみないか?」
イヴが目を細めてセラスを一瞥する。
「そちらの剣士は武芸の心得があるようだが、そなたの身構えには技を持つ者の気配がうかがえない。我が万が一その案にのっても……そなたとあの子の二人を、我とそこの剣士で守って魔群帯を進むというのか? 無茶だ。非戦闘要員を二人も抱えて魔群帯入りするなど、自殺行為に等しい」
セラスが何か言おうとした。
が、俺は手で押しとどめる。
「これでも俺には魔術の心得があってな? 一応、スケルトンキングを余裕で倒せるくらいの力はある」
強くて有名らしい魔物名を挙げてみる。
「スケルトンキング、か……確かに凶悪な魔物ではあるが、魔群帯を進んだ先にいる魔物とは比較にならん」
「なら――」
アレ以上の魔物は、確定か。
「黒竜騎士団の五竜士を殺したのが――この俺だと言ったら、どうする?」
多少のリスクを覚悟で、俺はそのカードを切った。