彼はその時を待たず
セラスが首を傾げつつ疑問符を浮かべる。
「しかし、なぜ晴れの舞台とも言える最後の血闘でそのような工作をするのでしょうか?」
最後の血闘を人気の血闘士が勝利で終える。
間違いなくハッピーエンドだ。
血闘士にとっては。
が、残された血闘好きな客たちにとってはどうか?
「人気の血闘士が去ったあと、血闘場には次の人気者が必要となる。さて……一夜にして次の人気者を作るなら、どうするのが効果的だと思う?」
「あっ」
セラスも思い至ったようだ。
「そうだ。人気の血闘士を殺した者は一気に”次の人気者”へと、駆け上がる」
最高の形での世代交代。
運営側は次の 客寄せ を用意したいのだ。
人気者の最後の血闘を利用して。
「客寄せとしてそこまで優秀じゃなかったやつは、そのまま勝たせて自由の身を与えてたんだろうな」
自由の身を得た者もいる。
ゼロではない。
ここが重要だ。
少数ながらも成功例を示す。
ここに生まれるのが”希望”というまやかし。
「ただしイヴ・スピードは無敗の王者。人気も絶大。その人気を越える人気者を作り出すなら――」
「ほぼ確実に、運営側は最後の血闘で彼女を殺しにくる……次の人気者を、作り出すために」
「そういうことだ」
イヴ・スピードを殺した者。
そいつが得るのは無敗殺しの称号。
翌日にはイヴのいた座に腰を据えているだろう。
納得し切っていない顔のセラス。
「ですが彼女は血闘好きの市民に人気なのですよね? 皆、彼女が勝つ姿を見たくて足を運んでいる――となれば、彼らが望むのは最後に勝利を掴んで自由を得たイヴ・スピードの姿なのでは?」
セラスの人間観では、そうなるか。
「残念ながら、そいつは違うだろうな」
「どういうことですか……?」
「血闘場に集まる客たちが好きなのは”自分たちを楽しませてくれるイヴ・スピード”だ。客たちは別にイヴ・スピード本人を好きなわけじゃないと思うぞ」
その二つは似ているようで違う。
血闘士でないイヴ・スピード。
彼らにとって、それは無価値な存在に等しい。
「な、なるほど……血闘を好む客と考えると、我が主の言う通りな気がします……」
作者の産み出す作品は好きだが、作者本人が好きなわけではない。
作品を産み出さない作者に価値はない。
興味もない。
そういう価値観に近いだろうか。
接着レベルで身を寄せていたセラスから少し身を離し、俺は話を切り替えた。
「まあ、重要なのはそこじゃない」
重要なのはただ一つ。
「運営側にいる公爵とやらは、まず間違いなく、明日のイヴの血闘で何か工作を仕掛けてくる」
「つまり明日、私たちがそれを喰い止めるのですね?」
セラスは乗り気のようだ。
心情がイヴ側に寄っているのだろう。
「いや、そのつもりはない」
「え?」
血闘場を見る。
「ご丁寧にわざわざ明日を待つ必要も、ないだろう」
▽
日も暮れかけた頃。
血闘場を出る豹人の姿を確認する。
「…………」
懐中時計に視線を落とす。
情報通り出てきた。
午前中の情報収集。
俺は俺でセラスとはまた別の情報を得ていた。
イヴ・スピードはこの時間に外出することが多い。
血闘場の衛兵から俺はその情報を得た。
ただ、問題はあった。
大事な血闘の前日に出歩けるのか。
イヴ自身に出歩く気があるのか。
それが気にかかっていた。
が、最強の血闘士の特権か。
積み重ねてきた信頼のおかげなのか。
余裕で出歩けるようだ。
イヴは大通りの方へ向かわなかった。
治安の悪そうな地区へ向かっている。
イヴが暗い路地に入る。
途中、彼女は足を止めた。
腰の剣に手をかけている。
背中越しにイヴが聞いた。
「我に、何か用か?」
案の定、尾行はバレていたようだ。
暗がりの路地。
周囲に人の気配はない。
まあ、ここでいいか。
イヴがゆっくりと振り向く。
「……そなたか」
「イヴさんにお話があってきました。少し、お時間をいただいても?」
「禁忌の魔女の件は噂の独り歩きだと判明したはずだが」
「あれは、ウソですよね?」
「……失礼な男だな」
「禁忌の魔女に恩義が?」
「ない」
背後のセラスが一歩前へ出た。
「今のはウソです」
「なるほど」
演技を、停止。
「あんたは禁忌の魔女に、恩義があるわけか」
イヴの目つきが鋭くなる。
警戒心が膨れ上がったのがわかった。
「何者だ、貴様」
「お互い――」
表情も、元に戻す。
「化かし合いはここまでにしようか、イヴ・スピード」