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糸口


「はい、私も同じ情報を得ています」

「最後の血闘ってことは、自由の身を買えるだけの金をもうほぼ稼いだってことだよな?」

「おそらくは」

「となると、金を提示しての交渉は微妙かもな」


 目を$マークにするタイプにも見えなかったし。


「ただ、気になる情報が」


 セラスが身を寄せてきた。

 声を潜めて、彼女は続けた。


「自分の身を買い戻せるだけの金額を、彼女はもう二年前に得ているそうなのです」

「ん? じゃあ残りの二年間は、自由の身になったあとで使う金を稼いでたってことか?」


 ま、それもアリか。

 で、貯蓄もたっぷりできたと。


「ところが、どうも違うようでして」

「どういうことだ?」

「彼女は自分以外の者の身を買い戻そうとしているらしいのです」

「それで二年間、余分に金を稼いでたのか」


 ふむ。


「どこの誰の身を買い戻そうとしてるかまでは――さすがに、わかってないか」

「いえ」


 セラスがスッと紙片を差し出してきた。


「これを」


 受け取って中身を確認する。

 軽い情報と名前が記されていた。


「子ども?」

「このモンロイで奴隷商人がイヴと同時期に売り払った子どもとのことです」

「イヴの娘か?」

「いえ、豹人ではないそうです」

「ふーん」


 意外と複雑な事情がありそうだな。


「ただいずれにせよ、金でどうこうできる余地は少なそうかもな」


 イヴと禁忌の魔女の話をした時のことを思い出す。

 あの感じ。

 サラッとしつつ、頑なな印象があった。

 禁忌の魔女に恩義でもあるのかもしれない。

 話させるには、それ以上の恩義が必要かもな。

 俺は思案する。


「さて、何を交渉材料にすべきか」


 何かとっかかりが欲しい。

 先ほど話に出てきた娘を買い戻す金はもう稼いである。

 …………。

 これはもうイヴをスルーして魔群帯入りすべきか?

 あるいは――


 自由になった直後のイヴを、護衛として雇うか。


「それからもう一つ、お耳に入れておきたい話が」

「…………」


 なんだセラスのこの情報量は。

 俺が集めた量と比較にならないぞ。


「その前に一ついいか? 今の情報、どうやって得た……?」


 躊躇いがちにセラスが答えた。


「情報屋を、使いました」

「情報屋?」

「ミルズにはなかったようですが、モンロイのような大規模都市であれば表に出ない情報を扱う情報屋がいるものです」


 それで別地区へ行ってたのか。

 青竜石の換金先の心当たりといい……。

 こういうところはあなどれない。

 そういえば騎士団の団長とかやってたんだよな。

 日頃から情報屋を使って裏情報を得たりもしてたのだろうか?


「”薄暗い場所”のことは姫さまから学びました。宮廷内も策謀渦巻く時代があったと聞きます。姫さまはそういった裏世界の者も巧みに使いつつ、己の身を守っていたそうです」


 汚れ仕事を取り扱う裏の世界。

 この世界では”薄暗い場所”と呼ぶようだ。

 なるほど。

 セラスが精通している理由。

 仕えていた姫さまの影響だったか。


「黙って一人で情報屋のところへ足を運んだことについては申し訳ございませんでした。自分たちの存在を知らない者が同行するのを、彼らは極端に嫌いますので……」

「判断はあんたに任せてある。気に病む必要はない。ただ、その知ってるか知ってないかってのはどこで判断するんだ?」


 純粋に興味で聞いてみた。


「私は彼らの”作法”を知っています。その”作法”は情報屋の”客”でなければ身につかないものです。そして”作法”は”客”の証明になります。付け焼刃の”作法”は、彼らも簡単に見抜きますから」


 わかるやつにだけわかる暗号みたいなものか。

 秘匿性を徹底している集団のようだ。

 セラスが一人で行った理由もわかった。

 俺は”作法”とやらを知らない。

 同行していたら情報屋を無闇に警戒させてたかもしれない。


「ただ、情報屋を使うことくらいは伝えるべきでした……申し訳ございません。あの、それと――」


 セラスが恐る恐る何か差し出してきた。

 空の小袋。


「いただいたお金はすべて情報を得る代金に使ってしまいました。その……彼らに対して値切り交渉は、悪手でして」

「それは問題ない。おかげで貴重な情報が得られたわけだしな。むしろ、俺が礼を言っておくべきだろ」

「我が主はやはりお優しいですね」


 ホッとした顔をするセラス。


「…………」


 いや、ここで叱りつける道理もないだろ。

 普通に考えて。


「で、もう一つの耳に入れておきたい話ってのは?」

「はい、それなのですが――」


 セラスは、神妙な面持ちになって言った。


「過去に最強と謳われた血闘士の大半が最後の試合で死亡しているという話は、もうご存じですか?」


「ああ、その話は俺も聞いた」


 最後の試合で大半が敗北を喫している。

 だからこそ最後の試合は盛り上がるようだ。

 生き残るか、否か。

 超低確率の生存率。

 まるで、廃棄遺跡だ。


「けど、それは最後の試合だからこそ単に一筋縄じゃいかない相手をぶつけてるだけなんじゃないのか?」


 決して表に出せない情報ではない気もするが。

 ところが、


「どうもそれだけでは、ないようでして」


 セラスが周囲をうかがう。

 次いで彼女はさらに身を寄せてきた。

 少し伸びあがると、俺の耳もとに口を近づけてくる。


「血闘場を運営している公爵家の一つが、血闘士にとって何か不利になる行為を試合の日に行っているようなのです」


 それは決して褒められた行為ではない。

 否、卑劣とさえ言える。

 血闘士の希望を不当に踏みにじる行為だ。

 が、それを俺は――


「ふーん」


 好機かもしれないと、捉えてしまった。


 自分がクズだとつくづく自覚する。



「糸口は、そこにあるかもな……」



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