情報収集
今、セラスはベッドの上で眠りについている。
規則正しい寝息。
ゆっくりと上下する胸。
眠り顔は穏やかだ。
先ほどセラスに【スリープ】をかけた。
彼女は精霊の対価で眠れない。
が、今夜のセラスには疲れがうかがえた。
なので提案して【スリープ】で眠らせた。
疲労の度合いを見てスキルで眠らせる。
これができるのは大きい。
しかし、
「…………」
俺に眠らされるのを、微塵も警戒していない。
スキルによる睡眠は俺が解除しない限り目覚めない。
何をされても、起きることができない。
セラスもそれを承知している。
俺をお人好しとイヴは言った。
「ん、ぅ」
セラスが寝返りを打つ。
「本当のお人好しってのは、こういうやつのことを言うんだよ」
お人好し。
最初に思い浮かんだのは叔父夫婦。
次に浮かんだのは、クラスメイト。
鹿島小鳩。
十河綾香。
あの二人は今、どうしているのだろうか。
▽
翌朝。
「着替え終わりました、トーカ殿」
セラスが背後で着替えを終える。
「じゃ、行くか」
ピギ丸を撫でる。
「今日も留守番、頼んだぞ」
「ピッ!」
今日の目的はまず血闘場へ足を運ぶことだ。
イヴ・スピードの情報を集めるために。
宿の一階で朝食を終えて外へ出る。
ん?
「どうした?」
セラスが肩を縮めている。
「食べるのが遅くて、申し訳ありません……」
「気にするな。睡眠の方は大丈夫そうか?」
セラスの顔の変化能力は精霊の力を借りている。
対価として差し出すのが睡眠欲。
昨夜はセラスに【スリープ】をかけた
レベルアップで持続時間は増えている。
今は最大で3時間まで効果が持続する。
「あれから3時間後に起床しました」
「起きたあとはずっと朝まで?」
「はい、起きていました。対価は払わねばなりませんから……ですが、払い切るまでまったく熟睡できなかった日々より調子は何倍もよいです」
今まではまとまった睡眠を適度に挟めなかった。
対価を払い終えるまでずっとまともに眠れなかった。
が、今は【スリープ】で挟める。
この違いは大きいだろう。
少し、ズルをしている気分でもあるが。
「ミルズ遺跡の時はヘロヘロだったもんな」
「……そ、その節はご心配をおかけしました」
「逆に言うと、あの状態であれだけ動けてたわけだろ? むしろ、意思の強さを誇っていいんじゃないか?」
苦笑するセラス。
「我が主は、何かと褒めてくださるのですね」
「基本、褒めて伸ばすタイプだからな」
▽
血闘場に到着する。
場所は大通りから外れた地区だった。
血闘場を目にして最初に連想したのはやはりというか、コロッセウム。
古代ローマ系の話とかでよく目にするアレだ。
俺は内部の地図が場外に掲示してあるのを見つけた。
観客席が中心のフィールドをぐるりと取り囲む形。
この形はどこであろうと不変なのだろう。
血闘場の外の広場では人々が行き交っている。
と、場内から空へと歓声が上がった。
今も血闘中らしい。
「さて、どうしたもんかな。そういえば今日ってイヴ・スピードの血闘は――」
「イヴ・スピードの血闘は、ないようですね」
貼り出しを見てセラスが言った。
「そうか」
ま、今のところは血闘を見ても何かが進展するわけではなさそうだし……。
「とりあえずその辺の人間にイヴ・スピードの評判やこぼれ話でも聞いてみるとするか」
異世界にインターネットはない。
情報をサッと検索して調べられない。
「ネットのない世界に来てみると、改めてこういう部分では不便さを痛感するな……」
だからこそ物知りなセラスの存在はありがたい。
「ネット……? ネットとはなんですか?」
「ん? ああ、俺のいた世界には世界中の情報を閲覧できる便利な手段があったんだよ。ま、秘匿性の高い情報は閲覧できないらしいけどな」
とはいえ基礎情報をおさえることはできた。
「誰もが入れる書庫、のようなものですか?」
「少し、違うかな」
「ここだとそのネットは使えないのですね?」
「ああ、そうらしい」
スマホは電源すら入らなかったようだし。
人の往来を眺める。
「ひとまず基礎情報を固めるぞ」
豹人に興味津々な王都初心者の田舎者。
装うのはこんなところか。
「二手に分かれますか?」
「そうだな。時間も惜しい」
昨晩小分けにした硬貨袋をセラスに渡す。
「これは?」
「必要なら、この金はおまえの判断で使っていい」
血闘場前には屋台も出ている。
「何か奢れば口が軽くなるやつもいるだろ」
「よいのですか?」
「いわゆる”経費”ってやつだな。ま、実のところ俺も経費のことはよくわからないんだが」
以前、叔父さんが経費の話をしていた。
仕事で使うお金のことをそう呼ぶのだとか。
俺の理解ではそんな程度だ。
これが”仕事”かは微妙なところだが。
俺たちはイヴの情報を集め始めた。
三時間ほどが経って、再び血闘場の前で落ち合う。
「しばらく姿が見えなかったな」
途中からセラスの姿をまったく見なかった。
「実は、別地区まで足をのばしていました」
「そうか」
判断はセラスに任せてある。
彼女のことだ。
サボってたわけでもあるまい。
「で、どうだった?」
「さすがは人気の血闘士と言いますか……イヴ・スピードの話となると、口の弾む者が多い印象でした」
俺の方も同じだった。
皆、イヴ・スピードの強さについては嬉々として語った。
好きなものの話だと人は快く話してくれる。
おかげで情報は集めやすかった。
俺たちは気になった情報を互いに上げていった。
どうやらイヴは元々奴隷だったらしい。
奴隷商人から血闘場へ売られたそうだ。
さて、当時の客たちには血闘に飽きがきていた。
運営側はそこで珍しい種族の豹人を投入した。
すると初戦から大いに盛り上がったのだとか。
血闘はこうして、息を吹き返した。
「三年間、敗けなしってのはすごいよな」
「イヴのいる側が必ず勝つので、半年前から団体戦への参加は認められていないそうですね」
「イヴの支持者が多い印象だったな。負けを期待してるやつが、ほとんどいない」
同じ者が勝ち続けると飽きが出てくる。
が、イヴの場合はそうなっていないという。
「彼女は魅せる戦い方を心がけているのでしょう。おそらく観客の望む勝ち方を心得ているのです。皆、彼女が勝つのを見に来ている印象を受けました」
だからこその人気、か。
「ちなみに、明日がイヴ・スピード最後の血闘だって話はもう聞いたか?」




