血闘士
黒竜殺し。
連中はそう名乗っているらしい。
ウルザの 竜殺し と微妙に被ってる気もするが……。
奥の広い卓の客が席を譲る。
アシントがそこへ腰をおろしていく。
「早くお酒を持ってきなさい! 我々は、ウルザの救世主でもあるのですよ!」
噂は噂。
自称は自称。
さりとてウソとも言い切れない。
本当に五竜士を殺したのかもしれない。
違うと断定できる者はいない。
そう――現場にいた者以外は。
「…………」
にしても堂々としている。
コソコソした感じはない。
最強の騎士団の崩壊。
国とかが動きそうなものだが。
あるいは、もうウルザあたりが上手く抱き込んでるのか……?
酒場の客は関わりたくない空気を出している。
俺はアシントの連中を観察してみた。
今のところシビトほどの威圧感はない。
確実に。
見る限り今は酒場で楽しむだけのようだ。
ひとまず放っておいてよさそうか。
俺のデコイとして当面、がんばってほしいところだ。
酒場の客たちも次第に自分のペースへ戻っていく。
水を飲み干し、セラスに言う。
「残ってる料理を平らげたら宿に戻るか」
一応、来店したアシントの連中の顔も覚えた。
「わかりました。少々、お待ちを」
セラスが食べ終わるのを待つ。
彼女は少食ではない。
が、ひと口がとても小さい。
なので食べる速度が遅い。
セラスが慌てて料理を口へ運ぼうとする。
「……ゆっくりでいいぞ」
「も、申し訳ございません。あむ……もぐ、もぐ……」
待つ間、隣の席の会話が聞こえてきた。
「あいつらが例の黒竜殺しか?」
「やっぱ連中が呪い殺したんかねぇ?」
「ま、たとえ他のやつが殺してようが”自分たちの呪いが効いたおかげだ”って言っちまえば、それまでだしなぁ」
なるほど。
そういう捉え方もあるな。
「仮に他のやつが殺してたとしても、あの五竜士だぜ? たとえば誰だよ? 強いって噂の有名どころは、当時ウルザにいなかったんだろ? あ、死んじまったセラス・アシュレインと都合よく相討ちになったってのはひとまずナシで」
「むぐぐぐ」
セラスが苦しげに胸をトントンする。
自分の名が唐突に出るのに慣れないようだ。
こういう点は微妙に脇が甘い。
男たちの話は続く。
「今まで出てないので五竜士に勝てそうなやつっていうと、血闘場の豹人とか?」
「あ〜、ありゃあ確かにバケモンだなぁ」
血闘場にも有名人がいるようだ。
「あ、禁忌の魔女ってもう出てたっけ?」
「大遺跡帯にいるって言われてる例の魔女か? ダークエルフなんだよな、確か」
「聞けばすげぇ大魔術を使うっていうじゃねぇか。その禁忌の魔女なら五竜士も殺せるんじゃねぇのか?」
「けどもう十年以上誰も姿を見てねぇんだろ? あの恐ろしい大遺跡帯に住んでるって話だし、もう生きてるかどうかすら――」
「実はよ? その禁忌の魔女に会ったことのあるやつが、この王都にいるらしいんだよ」
ん?
「しかも居所まで知ってるって話だ」
「大遺跡帯のどこかにいるって話か? そんなのおれだって知ってるさ」
「違うんだよ。大遺跡帯の”どこ”にいるかを、知ってるんだと」
「そいつは魔女の知り合いか何かなのか?」
「そこまではわからねぇが……聞いて驚くなよ? 禁忌の魔女の居所を知ってるってやつの名は、何を隠そう――」
「ふへへ、そんな話にゃ興味はねぇよ。生きてるのかどうかすらわかんねぇダークエルフの話なんかな」
もう一人の男が話の腰を折った。
「それよりアブロムの娼館に、アライオンの女神に顔や服装を似せた娼婦が入ったらしくてな?」
「へぇ? で?」
「ところが実際には似ても似つかぬ顔だったそうで、憤慨したズアン公爵様は娼婦をその場で斬り殺しちまったんだと!」
「わははは! で、表沙汰になったわけか!」
「そしてそして、公爵様が次に要求したのがヨナトの聖女に似せた娼婦だったそうで――」
話が逸れてきている。
禁忌の魔女と面識がある人物。
誰なのか聞いてみたい。
俺は数枚の銀貨を掴み、腰を浮かせた。
「もぐもぐ……我が主?」
「少し、行ってくる」
男たちの卓の空席に手をかける。
「すみません。この席、ご一緒してよろしいでしょうか?」
「あ? なんだ兄ちゃん?」
「突然すみません。禁忌の魔女に会ったという人の話、是非とも続きをお聞きしたいなぁと」
「あ〜?」
娼婦の話を切り出した男が不快そうになる。
「なんだてめぇ? いきなり入ってきて――」
「あ、その前に好きなお酒を一杯ずつ……いえ、二杯ずつ奢らせていただきます。料理も一品ずつ頼んでください。もちろん、こっちも僕が持ちますよ?」
不満げだった男の表情が一変する。
「――わ、わははは! そうだった、そうだった! 禁忌の魔女の話だったな! すまんすまん! つい話の腰を折っちまったぜ! 実を言うと、おれもそっちの話に興味あったんだ!」
もう一人も乗り気になる。
「いいぞ、少年! 知的好奇心を満たすのは若者の醍醐味だものなぁ! よし、おじさんたちが教えてやろう! おいねぇちゃん、同じ酒でおかわりを頼むぜ!」
今度は相手から勧められて椅子に座る。
予想よりチョロかった。
「禁忌の魔女に会ったことがあるらしいってのは、このモンロイで最強と謳われる血闘士さ。名を、イヴ・スピード」
血闘士か。
「そのイヴさんが持っている情報はよく耳にする”金棲魔群帯にいると知っている”とは違うんですか?」
「じゃなくて、魔群帯のどの辺にいるかを知ってるんだとさ。血闘士仲間に一度だけそう漏らしたことがあるとか」
「眉唾の可能性もあるわけですね……?」
「かもな! だとしても、酒は奢ってもらうぞ〜!?」
「ええ、もちろんです」
「よし、気に入った!」
がははと笑い合う男たち。
「…………」
禁忌の魔女の居場所。
金棲魔群帯にいると言われている。
ダークエルフらしい。
今までに得られた情報はこれくらいか。
そうだな……。
一度、その血闘士に会ってみるのも手かもしれない。
「そのイヴさんにはどうすれば会えますか?」
「血闘場に行けばいるんじゃねぇか? あのバケモン、確か寝起きしてるのもあん中だろ? ま、今じゃその辺を普通にうろついてることもあるけどよ。血闘場を取り仕切ってるズアン公爵に話を通せるなら、余裕で会えるだろうさ」
「なるほど、ありがとうございます。では僕はこの辺りで――」
宿の大扉の方がドッと湧いた。
隣の男が、俺の肩に手を置く。
「お、よかったじゃねぇか。少年は運がいいな」
革製の軽鎧。
帯剣している。
スラリとした細身。
細いながらも筋肉はありそうだ。
ただ最初に目を引いたのは、別の部分。
豹頭。
人間の姿に多少の獣要素、という感じではない。
豹の頭はネットで見たことがある。
あの頭部ほぼそのままな感じ。
二足歩行の人型。
黄、黒、茶の体毛。
豹人間とでも言えばいいのか。
身体つきからすると、女のようだが。
「がはは、豹人を見たのは初めてか? ま、珍しい種族らしいからな。驚くのも無理はないっ」
ポンッ
隣の男が俺の肩を叩いた。
「あれがモンロイ最強の血闘士、イヴ・スピードだ」




