予想通りになったよ
ダルそうに髪の毛先をイジる女神。
「しかもE級だからだと思いますが、あなたはステータスも低すぎですので……レベルが上がっても数値の伸びは絶望的に期待できないでしょう。下手をすれば一般人以下の成長率かと」
勇者。
勇者って、なんだ?
勝手に召喚されて、
勝手に勇者にされて、
勝手に、廃棄?
「で、でもですよ!? いくらなんでも、廃棄だなんて――」
「ちっ!」
俺の言葉を遮ったのは、ひと際大きな舌打ち。
「見苦しいやつだよな、おまえって」
舌打ちの主は、桐原。
「おまえごときがオレの貴重な人生の時間を浪費させるなよ。ったく……せっかく普段は気を遣って空気扱いしてやってんのに」
苛立ちまじりの桐原のため息。
「ていうか、もういいよ……さっさと終わらせてくれ。みんな終わるの待ってんだよ。特に女子とか疲れてるだろうしさ。かわいそうじゃん」
女子の一人が色めき立つ。
「き、桐原君っ――」
次々と女子が続く。
「ヤバい! マジ優しい!」
「さすがだよね!」
「空気読めすぎっていうか、桐原って気遣い溢れすぎ!」
「逆に三森ウザすぎ! 何様なわけ!? 空気読めっての!」
「あいつ自身が空気なんだから、空気とか読めるわけないじゃんっ」
「プークスクス! 言われてみればそうだわっ! ウケる〜!」
「ダダ捏ねんなよ!」
「さっさとしろよ!」
「こちとら疲れてんだよ!」
「うぜーよ! 往生際悪すぎ!」
途中から男子までまじり始めた。
小山田はニヤニヤしている。
その時、一人の男子が歩み寄ってきた。
安智弘。
安の顔に浮かんでいるのは、憐れみ。
俺の前まで来ると、安は俺の両肩に手を置いた。
「大丈夫か、三森?」
「や、安――」
「ハァ?」
途端、癇に障ったような反応をする安。
「おいおい三森、本気で大丈夫か? おまえは何を言っているんだ? 頼むから、しっかりしてくれよ」
「え? 何、って――」
「安さんだろ? だっておまえは最底辺のE級なんだから。敬わないとだめだろ、A級の僕を」
安の顔から憐れみはもう消えていた。
代わりに立ち現れた表情。
それは、
圧倒的、優越感。
△
あれはいつだったか。
俺はその日、小山田にボコボコにされた安をたまたま目撃した。
小山田が安に唾を吐きかけ、ちょうど立ち去るところだった。
土まみれになった安。
いい加減、やりすぎだと思った。
思い切って俺は安に話しかけた。
「もう柘榴木以外の教師とか、それよりも偉い誰かに相談した方がいいよ」
「…………」
「俺もつき合うからさ。さすがに小山田はもうやり過ぎだって。小山田は怖いけど、俺もあいつの無茶苦茶にはいい加減イライラしてるからさ」
元を辿れば自分の非を認めず小山田に噛みついた安も悪いのかもしれない。
だけど小山田の行為はさすがに限度を越えている。
俺は安に手を差し伸べた。
立ち上がるのを、支えようと思って。
「二人で覚悟を決めよう、安」
だが安は、
「なんでおまえだ!?」
急に憤慨し、俺の手を払いのけた。
「おまえごときがこの僕を下に見てるんじゃないぞ、三森!」
安は、激昂していた。
「……え?」
俺は戸惑った。
「まさか自分の方が僕より上だと思ってんのか!? ナメるな! 少なくともおまえより、僕は上なのだがな!」
この時、安に言われて気づいた。
俺は空気。
モブ。
上とか。
下とか。
ないと、思っていた。
いないのだから。
いてもいなくても、変わらないのだから。
軽んじられて。
背景化される。
だけど、安は違った。
上とか下とか、すごく考えているやつだったのだ。
「ないから! おまえが上とか、ないから! だから勝手に僕に慈悲とか感じてんなよな! ウザいんだよ、三森! 死ね! 消えろ!」
この時から俺は、少しだけ意識するようになったのかもしれない。
序列というものを。
▽
安が顔を近づけてきた。
「予想通りになったよ」
声を潜める安。
「僕、わかってたんだよなぁ〜? いつか逆転すると思ってたんだよ。このクラスのアホどもなんて、どーせ僕が一流大学出て、一流企業に就職して人生が成功路線に入ってる頃には、最低でも半分以上が僕より下の序列になってるはずだってなぁ~? だってあいつら、今その瞬間しか生きられないアホばっかだろ?」
別人みたいだった。
いや。
これが本来の安智弘なのか?
『ウザいんだよ、三森! 死ね! 消えろ!』
過去に一度だけ見せたあの形相。
やはりあれが本当の”安智弘”だったのだろうか?
「小山田は当然だけど桐原もアレだめだろ。調子のりすぎ。過信しすぎ。ああいうなんちゃって善人系イキりこそ、将来はできるだけ不幸になってほしいわ〜。まあアレだね、このクラスで価値あるのは綾香と聖と樹くらいだな。あとはゴミ。序列、下すぎ」
十河や高雄姉妹の呼び方まで変わっている。
以前は、
”十河さん”
”高雄のお姉さん”
”高雄の妹さん”
ビクビクしつつ、そう呼んでいたのに。
「あ〜すっきりした〜」
安が俺に背を向け、手をヒラヒラさせる。
「ではせいぜい余命いくばくもない短い時を懸命に生きたまえ、廃棄勇者クン」
俺は、言葉を失っていた。
そうか。
溢れ出る喜びを今すぐ安は誰かに伝えたかった。
だけど他のクラスメイトには言えない。
しかし三森灯河ならどうせすぐ死ぬ。
もうすぐこの場から消え去る存在。
廃棄されるE級勇者になら何を告白しても問題ない。
俺がここで吠えてもおそらくは無為。
何を言っても無駄。
負け犬の遠吠えとして一笑に付されるだけだろう。
使われたのだ。
安の自尊心の、はけ口として。
「何しにいってやがったんだよ、安ぅ〜?」
見下した目で俺をニヤニヤ眺めながら小山田が聞く。
「だめだった……せめてもの慈悲で最期の言葉を聞きにいったのだが、三森灯河は想像以上に救えないアホだった……聞く耳すら、持たなかった……」
平然と嘘を並べ立てる安。
「――――」
くそ。
なん、だよ。
なんなんだよ?
俺が一体、何をしたっていうんだ……。
理不尽。
不条理。
「………………………………」
ドロドロした感情が、溜まっていく。
女神が魔法陣へ腕を伸ばす。
「では、儀式を始めましょうか」