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 復讐対象の名を聞いたセラスの反応。

 想像はしていた、という反応だった。

 ま、俺も”クソ女神”とか言ってたしな。


「…………」


 明かして困ることも、ないか。

 俺は女神によって廃棄遺跡へ送り込まれた話をした。

 そして遺跡から生還した話も。


「――で、生還した俺はこの森であんたと出遭った」


 話を聞き終え、神妙な面持ちになるセラス。


「まさか闇色の森の”封じられし地下墓地”が、女神が廃棄者を送り込むための地下遺跡だったとは……」


 廃棄遺跡という名はメジャーではないらしい。

 外向きには開かずの地下墓地として知られているようだ。

 ある意味、墓地とも言える場所だが。


「青竜石は廃棄遺跡で見つけた死体の荷物から手に入れたものだ。あそこには、大賢者アングリンとかいう勇者も送り込まれてたらしいな」


 セラスが強い反応を示す。


「あの大賢者も、ですかっ?」

「女神にとっては目障りな存在だったんだろうさ」

「トーカ殿が送り込まれた理由はなんだったのですか? ウマが合わなかったためだと、私が勝手に推察してしまっていましたが……」


 これはまだ話してなかった。


「勇者の等級判定で、俺だけ最下級の判定だったんだ」

「それほどの力を持ちながら、ですか?」

「過去の前例から判断した結果、最下級の廃棄を決めたらしい」


 目的は、他の勇者を鼓舞するための生贄。


「アライオンでは前例主義が強いとも聞きます。であれば、頷ける話でもありますが……」


 昔はこうだったから。

 昔はこれで上手くいったから。

 アライオンの”歴史”という過去のデータ。

 それは女神が思い通りに積み上げてきた”前例”なのだろう。

 女神にとって都合のよい歴史――前例。

 クソ女神が使わない理由はない。


「しかし送り込まれたトーカ殿は、これまで生存者がなかった廃棄遺跡から生還した……黒竜騎士団を倒したその”状態異常スキル”の力によって」

「ああ」


 皮肉っぽく視線を伏せるセラス。


「女神の前例主義が起こした失敗、ですね」

「結果としちゃあ女神の本質が早めにわかってよかったがな。俺のスキルが有用と判定されてたとしても、どのみちクソ女神に都合よく利用されてただろう」


 セラスが納得の言を口にした。


「復讐の理由は、わかりました」

「な? 人に誇るような理由じゃないだろ?」


 俺は嗤う。


「俺を廃棄したクソ女神が気に入らねぇから、死ぬほど痛い目に合わせてやりたい。理由はそれだけだ」


 胸の前で手を掲げる。


「だから復讐の障害としてふざけたやつが立ち塞がった時は――容赦なく俺の判断で、蹂躙する」


「…………」


「だが、そんな独りよがりな復讐への加担は信念や義を重んじるあんたには似合わない。だろ?」

「いえ」


 俺の正面へ回ってセラスが姿勢を正した。


「トーカ殿に助けていただかなければ、私は今日この日に五竜士に殺されていました。私自身も今は、アライオンの女神に対し思うところがないわけではありません。もし、私の力が復讐のお役に立つのであれば――」


 胸に手をあてるセラス。


「どうかこの力、復讐のためにお役立てください」


 彼女は膝をつくと、頭を垂れた。

 跪く騎士のように。


「もはやかつての王にとってセラス・アシュレインは不要の存在のようです。聖王に捧げた我が剣も、今は行き場を失ったも同然……」

「自分で言うのもなんだが、復讐なんて褒められたもんじゃない」


 誰からも称賛などされない。

 人から褒められる物語の主人公には、なれない。

 ま、なるつもりもないが……。


「これは、正しき復讐ではないと?」

「この復讐は俺にとって”正しい”だけだからな。紛れもなく私怨でしかないのさ。どこからどう見ても、俺のためだけの復讐だ。そこに、セラス・アシュレインの求める正しさはないと思うぜ」

「だからこそ、役立ちたいと思うのです」

「…………」

「先にも言いましたが、アライオンの女神に対する個人的な感情もあります。ただ、何より――あなたは危険を顧みず自らの命を賭して私を救ってくださいました。その”あなた”の恩に、私は報いたいのです。あなたにとって正しければ、私はかまいません」


 セラスが顔を上げる。


「一度死んだこの身、どうか好きにお使いになってください」


「…………」


「あなたであれば、どう扱われても本望です」


 本当に、律儀な性格をしている……。


 信頼する相手から頼まれたらコロッと連帯保証人とかになってしまいそうだ。


 基本として警戒心は強いものの、逆に一度深く信頼してしまうと一気に警戒心が解けるタイプらしい。


 息をつく。


「そこまで言うなら、好きにするといいさ」

「――はい、ありがとうございます」


 忠義。

 恩義。


 場合によっては、金を通した契約関係を上回る。


 金で雇った相手は信頼に足る。

 雇われた側は提示された報酬が欲しい。

 だから目的達成のために必死になって働く。

 が、金で繋いだ関係には一つ問題がある。


 金で雇った者は、より大きな金額を出した側につくことがある。


 なので逆にあっさり裏切るとも言える。

 一方で忠義や恩義による関係性は異なる。

 金に左右されない。

 大きな金額をチラつかせられても、ぶれにくい。

 その分、深い”絆”が必要となるが……。


 絆とは、鎖。


 俺のイメージは、それだった。


「セラス・アシュレインの力、頼ってもいいのか?」

「必ずや、ご期待に応えてみせましょう」



 なかったわけでは、なかった。



 こうなるかもしれないという予測。

 闇色の森へ逃げ込んだセラスを助けに向かった理由。

 叔母さんに似ていたから助けた。

 あれはウソではない。

 本当のことだ。

 が――



「見込み通りだった、らしい」



 恩を売ればこうなるかもしれない、とも思っていた。


 絆とは、鎖。


 俺という人間はどうあっても、復讐遂行が第一なのか。


 やっぱり、クズ野郎だ。


 邪悪。


「……悪いな、セラス」


 通り過ぎざま、彼女の肩に手を置く。


「トーカ、殿……?」


 だからせめて、


「セラス・アシュレインから受けた恩義には、俺もいずれ報いるつもりでいる」



 そう、



 借りは、返す。



 恩義に対しても、




 恨みに、対しても。




     ▽



 俺たちは先を急いだ。


 ミルズは避けてやや遠回りで北の魔群帯を目指すことにした。

 途中、小さな村があるそうだ。

 まずはそこが目的地となる。

 道中、俺たちは適度に別行動をとることにした。

 出回った情報によっては”二人組”は怪しまれる。

 といってもバレる確率は低いと思う。

 セラスはミルズにいた時と服が違っている。


 何より今は、顔を変えている。


 光の精霊の混乱はもう治まったそうだ。

 なのでもう変化の力が使える。

 ただ、元の顔から大きくは変えられないという。

 だから”他人のそっくりさん”にはなれない。

 今、セラスは”ミスト”と違う顔に変化していた。

 が、


 俺の目に映っているのは、尖った耳と、見覚えある人並み外れた美貌。


 セラス曰く他の者には別の顔で見えているという。

 つまり俺にだけ元の姿の顔で見えているわけだ。

 こんな便利機能もあるらしい。


 ただこの状態だと、新しい偽名の”ミスラ”と本名の”セラス”を呼び違えないよう特に気をつけないといけない……。


 そんなことを俺が考えていると、


「あの、今後はトーカ殿を”我があるじ”とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 セラスがそんな提案をしてきた。

 彼女は立ち止まると、恥じ入るように続けた。


「以前、本当の名前を呼ばれて私がうっかり返事をしてしまった時のことを覚えていますか?」


 俺は頷いて答える。

 そういえばあったな。

 俺の仕掛けた意地の悪い引っかけではあったが。


「今後も”ハティ殿”と呼ぶべきところを、うっかり”トーカ殿”と呼んでしまうかもしれませんので……」


 気にしていたのか。

 気まずそうに視線を逃がすセラス。


「そこで、普段から”我が主”で統一しておけば呼び間違いも防げるかと……」


 セラスなりの予防策というわけか。


「わかった。それでいい」

「感謝いたします」


 頭を下げるセラス。


「ま――”我が主”だと、少し堅苦しい気もするけどな」

「では、二人きりの時は”トーカ殿”とお呼びいたしましょう。それでいかがでしょうか?」

「ああ、そうしてくれ」

「ふふ、承知いたしました」


 少し歩いたあと、俺は言った。


「当面、俺の背中はセラスとピギ丸に任せる」


 顔だけ向けて、背後のセラスに言う。


「今後とも、よろしく頼む」



 セラス・アシュレインは、澄んだ微笑みをもって、柔らかに主の呼びかけに応えた。



「はい、我が主」



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― 新着の感想 ―
[一言] 気持ち的には「復讐」ですけど、俯瞰だと「討伐」になるでしょうね。トーカの事情を知らない者で女神の悪辣部分を知る者には討伐以外の何物でもなく、、。
[良い点] セラスは王に裏切られた思いにより、 闇落ちして従者になるかと思ってた、ダークコンビ。 本文の話でも良いと思う。
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