迫る夕暮れを前にして
「禁忌の魔女に、ですか……?」
「いまだに誰もその魔女の居場所を確認できてないんだろ? 逆に言えば、隠れるにはうってつけの場所なんじゃないか?」
「た、確かにそうですが」
背負い袋を一瞥。
セラスを匿ってもらう代わりに、青竜石でも差し出してみるか。
正直言ってセラスの風精霊の能力は有用だ。
相手の嘘を感知する能力。
禁忌の魔女と交渉が必要になった場合……。
真偽を判断する能力は大いに役立つはずだ。
エルフは滅多に人里へ現れないと聞いた。
しかもセラスの精霊は特殊な種類らしい。
となると彼女の能力は替えがきかない可能性が高い。
それに……。
セラスの顔を見る。
「?」
俺にとって”やりやすい相手”なのは事実。
「身を隠すためにあんたは禁忌の魔女のいる場所を目指す。そもそも金棲魔群帯自体、危険地帯とされてて人が寄りつかないんだろ?」
魔群帯には危険な魔物が集まっている。
が、金眼の魔物なら俺のスキルでやれる確率は高い。
セラスがいればさらに安全性は上がるはず。
俺は彼女にそう話した。
「例の古代文字の情報を得るために俺は魔群帯へ入る必要がある。で、上手くすればあんたも魔群帯が身を隠せる恰好の場所になるかもしれない」
「それは、そうかもしれませんが……」
「なら、契約は続行でいいな?」
「トーカ殿……なぜ、私にそこまで?」
やや思案してから俺は答えた。
「あんたはどことなく似てるんだ、俺の叔母に」
「私があなたの叔母さまに……ですか?」
「ああ。叔父夫婦は実の親に捨てられた俺を引き取って育ててくれてな……俺を邪魔者扱いしてた実の親と違って、その叔父夫婦は本当に優しい人たちだった。二人への感謝を忘れたことはないし、今も尊敬してる」
不意に叔父夫婦との思い出が甦ってきた。
口もとから自然と力が抜ける。
「外見や話し方は違うし、性格もそこまで似てないんだけどな……あえて言えば、雰囲気なのかな……」
頭はいいのにたまに危なっかしいところなんかも、か。
セラスは護衛として有用と言える。
特殊な精霊術も使える。
ピギ丸も懐いている。
ただ、俺がここへ来た理由はやはり――
「ここであんたを切り捨てるのは……叔母さんを見捨てて逃げるように思えて、気が進まなかった」
「トーカ殿……」
セラスが微笑む。
光が溢れるような微笑、とでも言えばいいのか。
「やはりお優しい方なのですね、あなたは」
「ま……叔父夫婦と共通のものを感じた相手に甘くなるのは認めざるをえないな。自覚は一応、あるつもりだ」
その時、
「グェェッ」
黒竜が息絶えた。
レベルは、上がらなかった。
「さて」
竜騎士の方はまだ生かしてある。
「役に立つ黒竜騎士団の情報を、何か引き出せるといいんだが」
頭部の【パラライズ】を部位解除。
ついでに【スリープ】も解除する。
麻痺ゲージは、まだ十分に残っている。
「――ぐが、ぁ……? ぐぅ……苦、しい……っ! い、痛い……ッ」
毒で死ねない竜騎士を見おろす。
セラスにしようとしていたこと。
麻痺を付与される直前の言動。
この二つから考えただけでもロクな人間じゃない。
殺してもいい人間だろう。
この男には俺の顔も割れている。
始末しない理由はない。
俺は淡々と言った。
「俺たちの質問に偽りなく答えれば、救ってやる」
救ってやる。
嘘は言っていない。
非致死設定を解除して”苦しみ”から救ってやるのだから。
聞き出すのはまず黒竜騎士団の現在の状況。
次いで戦力、位置、動き、今後の方針。
「あんたも何か聞いておきたいことがあれば、聞いておくといい」
黙考後、セラスは口を開いた。
「私の命を狙っている者とは、誰ですか」
「ほ、他の連中は……どうし、た!?」
竜騎士はセラスの質問をスルーした。
俺は息をつく。
「ここへ来る途中で、俺が墜としてきた」
「ば、馬鹿を言えッ……ぐ……おまえのようなクソガキが、だと!? くっ!? この奇妙な術式でやったのか!? 何者だ!?」
「もう知ってるだろ? ただのクソガキだよ」
「こ、黒竜騎士団に逆らってタダで済むと思うなよ……っ!? ぐっ……そこの聖騎士崩れもだ! ぐ、ぅっ!? く、くく……捕まったあかつきには黒竜騎士団の愛玩物として長らく愛されるだろうなぁ!? ふ、ふはは! おまえが守ってきたネーア聖国の女どもも、なかなか美味であっ――」
セラスが膝をついた。
冷たい貌で竜騎士を見おろす。
「誰の命令かと、聞いているのですが」
やや気圧された反応を示す竜騎士。
「い、いいだろう……っ! このギズンも少々、き、興味がある……聖国に騎士として剣を捧げた元ハイエルフの姫君が、真実を知ってどんな顔をするか――」
ゾクッと、
背筋が、
粟、
立った。
「セラス!」
――――ザシュッ!――――
白い槍、だった。
空より飛来した一本の白槍。
槍はその先にいた者を貫いた。
ギズンという男の頭部が、串刺しになっている。
地面に縫いつけられた竜騎士の絶命は、明らかだった。
視線を上へ移動させる。
「…………」
俺もセラスも、反応するのが精いっぱいだった。
セラスが振り向いて上空へと視線を飛ばす。
「何が……、――――ッ!?」
夕暮れが、迫っていた。
三匹の黒竜。
今までの竜と比べるとサイズが大きい。
さらにもう一匹、何かまじっている。
「…………」
現状、射程圏外。
いや。
何よりも、あいつは――
「セラス・アシュレイン」
温かみのない硬質な声が耳朶を撫でた。
白い男。
服は白く
髪も白く、
瞳だけが、鮮烈に赤い。
その男は異質と言えた。
黒き竜騎士と黒竜の中にあって、唯一の白装束。
ただ一人、鎧すら纏わず。
騎乗するは、白き竜。
チラと隣を見やる。
セラスが目を見開いていた。
「そん、な――ッ」
白い男が、口を開く。
「わたしの名は、シビト」
シビトと名乗った男は双眸を細めると、セラスではなく、なぜか俺を見据えた。
「ただ、世の多くの者はもう一つの名でわたしを呼ぶようだ。彼らはわたしを、こう呼んでいるらしい」
もう一つの名を、その男は淡々と口にした。
「”人類最強”、と」




