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青竜石


 俺は護衛の報酬として青い宝石を一つ提示してみた。

 廃棄遺跡のあのペア骸骨から貰った宝石だ。

 もしセラスが知っていれば価値がわかるかもしれない。


「あっ」


 観察していたセラスが宝石を取り落としそうになった。

 が、床に落ちる前にキャッチ。


「も、申し訳ありません」

「大丈夫か?」

「いささか、驚いてしまって」

「何がだ?」

「トーカ殿」


 手もとの宝石を差し出してくるセラス。

 どこか、問い詰めるみたいに。


青竜石せいりゅうせきとしか思えないのですが」

「青竜石? その宝石は人からもらったものなんだ。価値がある宝石のはずだとしか俺は聞いていない」


 持ち主は幻(?)の中でこう言っていた。


『そこそこの高値で売れるはずだとは思うんだが……今の時代の経済状況がわからないから、意外と今は安いかもしれないな。その……安値だったら、すまない……』


 ランプの光にかざしてセラスが仔細に検め始める。


「本物、ですよね?」

「俺にはわからん」

「トーカ殿、宝石に魔素を流し込んでみてもらえますか?」

「ん? セラスはできないのか?」

「私たちは人間と比べて魔素を練り込むのが苦手なのです。練り込める量も少ないですし。真贋を確かめるには、それなりの魔素が必要なはずです」


 人間より魔素を練り込む能力が低い。

 だからエルフは主に精霊術の方を使用するわけか。


「わかった」


 宝石を受け取り、魔素を流し込む。

 瞬間、プリズムめいた煌めきが躍った。

 美しい光の乱舞。

 光は、すぐにおさまった。


「私の読んだ文献に記されていた現象とも一致します。おそらくそれは本物ですよ、トーカ殿」

「やけに畏まった顔をしているが、そんなに価値のあるものなのか?」

「”価値がある”のひと言で済ませて、よいものなのかどうか……」


 セラスが説明を始める。


「青竜石は、伝説の生物に等しい青眼竜せいがんりゅうと呼ばれるドラゴンがごくまれに生み出す石と伝えられています。青眼竜は死を迎えるとその身体が溶解するのですが、まれに死体が溶け切ったあと、そこに美しい石が残るとされています」


 宝石をジッと見つめるセラス。


「青眼竜は魔物の中でも群を抜く強さを持っていて、しかもたびたび人里へやって来ては人間を喰らったそうです。当時は災害級に指定されるほどの魔物だったとか。かつて幾人もの勇者や傭兵が一攫千金を夢見て挑んだものの、大体数が返り討ちにされたという話も残っています」


 大賢者にばかり注目していたが……。

 廃棄遺跡で手を繋いで死んでいたあの二人組。

 彼らも相当な力の持ち主だったのかもしれない。


「青竜石は現在、表の市場では流通していないはずです。言ってしまいますと、その価値は――」


 セラスがやや困った風に額へ手をやる。

 湧いた混乱を鎮めようとしているようにも見える。


「竜眼の杯の報酬を、軽く超えるかと」

「そうか。なら護衛の報酬はそれでいいか? 聞く感じだと、貴重なものすぎて換金は難しいのかもしれないが」


 それでも大きな交渉のある際は役に立つかもしれない。

 交換材料として。


「トーカ殿」

「ん?」


 額に手をやったままセラスが手を突き出した。

 俺を、制止するみたいに。


「いけません」

「は?」

「これは、そんなあっさりと渡してよいものではありません」


 お人好しも極まれりである。

 というか、


「…………」


 の入った小袋を見る。

 一つ譲ってもまだ数はある。

 俺は青竜石をセラスの方に放った。


「あっ」


 左右のてのひらで慌ててキャッチするセラス。

 彼女が手もとから視線を上げる。


「あの、トーカ殿……」

「そいつはもうあんたのものだ。捨てたきゃ捨ててもいい」

「え? いえ、ですが――」

「報酬は払った。報酬として少なすぎるってことはないんだろ?」

「それは、そうですが……」


 竜眼の杯よりも価値があるなら申し分ないはずだ。


「なら、報酬の交渉もこれで成立だな?」

「ピッ?」


 畳み掛けるようにピギ丸が続く。

 ややあって、セラスの口もとが緩んだ。


「はい」


 彼女は観念したように目を閉じた。


「私の、負けのようですね」



     ▽



 青竜石の入った小袋をしまい、俺は椅子に座り直した。


「人前では当面、ハティの名で呼んでくれ。もちろん俺も外ではミストと呼ぶ。確実に二人きりとわかる時や、その場にいるのが他にピギ丸だけの時はどっちの名で呼んでくれてもかまわない」

「承知しました」


 と、セラスがそこでかすかな葛藤を覗かせた。


「今さらではありますが……本当に、よいのですか?」

「ん?」

「ご存じの通り、私は追われている身です。あなたに話していない個人的な事柄も多くあります。ただ……すべてをお話しすべきかどうか、私はまだ――」


 決めかねている、と。

 声の調子と表情でわかる。

 律儀な性格だ。


「経緯や背景はいずれ話したくなった時に話せばいい。俺としては、あんたが問題なく睡眠を取れる関係さえ作れればよかったわけだしな」


 セラスが心置きなく睡眠できる環境。

 あくまで欲しかったのはそれだ。

 いつも睡眠不足では護衛として支障が出る。

 その一方で、睡眠問題さえ解決すればあとはどうでもいい。


「わかってるとは思うが、俺が明らかにしたかったのはあんたの過去じゃない」


 俺がミストの正体を知っている。

 俺がミストの正体を知っていることを、セラスが知っている。

 必要なのはこの認識の共有だけだ。


「雇い主と護衛として最適な状態が作れていればそれでいい。ま、さっきも言ったように旅の途中でもし話したくなったら話してくれてもいいけどな。ただ、必要と思った情報を尋ねることはあるかもしれないが、基本的にあんたの過去を俺の方から追及するつもりはない」


 セラスの表情が和らぐ。


「トーカ殿はそうやっていつも私を、気遣ってくださるのですね」

「当然だろ。俺は優しいからな」


 実際のところ今のは事実を述べただけだが。

 ま、気遣いと受け取られたならそれはそれで好都合だ。


「それで、今夜は眠れそうか?」

「遺跡で使用した分とこれまでの変化分は、今夜には消えると思います」


 今夜には睡眠欲が戻ってくる、と。

 俺は少し冗談めかして言った。


「じゃあ今夜は、俺の【スリープ】の出番はなさそうだな」

「ふふ、そのようです」

「なら、今日は自分の部屋に戻ってゆっくり休んでくれ。あんたみたいなタイプは、歓待とかだと気疲れしそうだし」


 苦笑するセラス。


「お察しの通りです」


 セラスが顔と耳を変化させた。

 エルフ耳が人間の耳へと変わる。

 廊下の短い移動距離でも油断はしない、か。

 こういう点は非常に考えの回るエルフである。

 部屋を出る前、セラスは俺とピギ丸に言った。


「それでは、おやすみなさい」

「ピッ♪」


 セラスがピギ丸に微笑む。

 やや、間があった。


「トーカ殿」

「ん?」

「明日は、朝食を共にしませんか?」

「ああ、わかった」


 翌朝に落ち合う時間を決めたあと、今度こそセラスは部屋を出た。



     ▽



 俺としてはまだ眠るには早い時間である。

 今日は仮眠もとったしな。

 立ち上がり、俺は魔物強化剤の入った瓶を手に取った。


「ピギ丸」

「ピ?」

「この強化剤を今から吸収してもらっていいか? まあ、怖いのなら心の準備を――」

「ピギ!」


 即答。

 肯定色。


”準備なら、もうできてるよ!”


 そんな感じだ。


「さすがだな、相棒」

「ピ♪」


 ピギ丸がボウルみたいな形に変化した。


「そこの窪みに垂らせって?」

「ピ」

「じゃ、垂らすぞ?」

「ピ!」


 透明な強化剤。

 ボウル状の穴にそれを垂らしていく。

 やがて、瓶は空になった。

 強化剤を包み込むようにしてピギ丸が丸型へ戻る。

 すると、


「ピ?」


 ピギ丸の身体が、発光し始めた。


「ピィィギィィィィ――――ッ」


 結果だけ言うなら、第二実験にあたる強化は成功した。

 ピギ丸は実験結果の記述通りの反応を示した。


「夜だから諸々の検証は明日に回すとして……寝るまで、しばらく経過だけ見ておくか」


 ベッドの上にあぐらをかいて『禁術大全』を開く。


 時おりピギ丸の様子を確認しつつ、眠気がやってくるまで俺は『禁術大全』のページをめくり続けた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] かつて幾人もの勇者や傭兵が一攫千金を夢見て挑んだものの、”大体数”が返り討ちに 大多数の間違い?
[気になる点] この一粒の青竜石がのちのち物語の鍵になったりするのかな?と最新話読んで思って読み返していました。 [一言] いつも楽しく読ませてもらってます。
[良い点] 主人公が変な風に気前の良さを発揮してて、えー・・・?ってなります。 なんか考えてます、って描写があるわけでないし。 何したいのかよくわからないので、下手なお金持ってるアピールしたいのかな?…
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