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UNKNOWN


 麻痺ゲージが切れかけた頃、スケルトンキングは力尽きた。


 ガラガラと音を立てて骨の巨体が崩壊していく。

 瓦解した骨が大量に散らばった。

 まじり合った人間と魔物の骨が床に広がっている。

 まるで、大量虐殺の果てにも見える。

 レベルの方は上がらなかった。

 というか、


「…………」


 の魔物とは確かに強さのケタが違った。


 それはひと目でわかった。

 が、攻撃へ移行した時点で廃棄遺跡の魔物以下だともわかった。

 魂喰いの経験のせいか石橋を叩きすぎたかもしれない。

 ミストの説明を聞いて、強敵と思い込みすぎたのも原因か。

 いや――ミストのせいにするのはよくない。

 相手の強さを俺がもっと見極められるようにしないと……。


「ハティ殿が探していた魔物とは、もしかしてスケルトンキングだったのですか?」

「ああ」


 ペキッ


 細い骨の破片を踏みしめ、頭部に近づく。


「俺がミルズ遺跡へ来た目的は、この魔物だ」


 ミストが息を呑んだ。

 俺は禁術大全を素早く取り出し、該当ページを確認する。


銀骨(ぎんこつ)の骨粉』


 よし。


「こいつで間違いなさそうだ」


 本を閉じ、背負い袋に戻す。

 荷物チェック時に『禁術大全』は古い図鑑だと説明してある。

 担当官が重視するのは遺跡から持ち帰った宝。

 基本、荷物の細かな部分までは言及しないそうだ。

 傭兵たちも持ち物の詳細を調べられるのを嫌う。

 結果”宝をくすねていないか”のみが重視される。

 担当官がそう言っていた。


「素材になるのは、弱点部分だったか」


 小型ハンマーを取り出す。

 銀骨の部分だけを上手く分離できるだろうか?

 骨の前でしゃがみ込む。


 コツッ


 銀骨近くの別の骨を軽くハンマーで叩いてみる。


 ピシッ


 小さな亀裂が入った。


「ん? 意外と脆いのか?」

「スカル系の魔物の骨は、死後に強度が下がるようですね」


 背後でミストが説明した。


「なるほど」


 今のミストには遠慮気味な空気がある。

 色々と聞きたいこともあるようだ。

 雰囲気でわかる。

 が、俺についての踏み込んだ質問をしないという取り決め。

 それを気にしているのだろう。

 律儀な性格である。

 俺は立ち上がって振り向いた。


「地上へ戻ったら、話せる範囲なら質問に答えるぞ」


 微苦笑するミスト。


「察されて、しまいましたか」

「実は俺もあんたに少し話がある。ただ、魔物の出る場所でするのもアレだしな。諸々は、上に戻ってからにしよう」

「わかりました。それにしても、あなたの力には驚きました。スケルトンキングは強敵と名高い魔物ですから。たとえば、アライオンの魔骨遺跡の地下深くでも過去に確認されたと聞きます」


 魔骨遺跡?

 そういえばミルズ遺跡の下にその名前が記してあった。

 場所が不明だからミルズ遺跡を優先したが。

 アライオンにある遺跡だったのか。


 ミストが骨の王の頭部を眺める。


「かつて腕利きの異界の勇者が決死の覚悟で挑み、スケルトンキングと相討ちになったと……そんな話が後世まで伝わっているほどですからね」


 俺も視線につられて頭部を見た。

 頭部は綺麗に残っている。


「ピッ」

「ん? どうした、ピギ丸?」 


 突起がのびて頭部を示した。


「あそこに何かあるのか?」

「ピッ」


 肯定のグリーン。

 俺は試しに頭部の中へ入ってみた。

 内側は空洞になっていた。


「ハティ殿? どうしました?」

「ああ、この中が少し気になってな」


 皮袋で照らしてみる。

 頭部の内側には人骨の上半身が数体へばりついていた。

 胴から下が頭蓋の内側と同化している。

 スケルトンキングに取り込まれた人間だろう。

 なかなかに不気味な光景だった。

 ただ、人骨はもう廃棄遺跡で見慣れてしまった感もあるが。


「ん?」


 奥の人骨に何かぶら下がっている。

 布にくるまれた何かだ。

 それは脇の骨あたりにきつく結びつけてあった。

 周りの骨を砕く。

 手に取ってそっと足もとに置く。

 布の上から丸みが確認できる。

 なんかの頭部とかか?

 この頭蓋内にずっとあったのだろうか……。

 注意を払いつつ、布をほどいてみる。


 ポワァァァン


「なんだ……?」


 くるんでいた布が発光し始めた。

 発光部位を確認してみる。

 布の表面に何か紋章めいたものが浮かび上がっていた。

 一応、爆発などを警戒して距離を取る。

 が、光はすぐにおさまった。

 ただの布に見えたが……。

 魔法の布か何かだったのか?


「ピ」


 ほどき切ると、布の中身が姿を現した。


「これは――卵、か?」


 形からして卵に見える。

 大きさはネットのどこかで見たダチョウの卵に近い。

 特徴的なのは色。

 赤、黒、白のグラデーション。

 前の世界で見たら何かのアート作品かと思える色合いだ。


 コツ、コツ


 手の甲で軽く叩いてみる。

 硬い。

 というか、異様に硬い。

 廃棄遺跡の魔物の皮膚を思い出す。

 一方、重さはそうでもない。

 荷物として大した重さにはならなさそうだが……。


「ピ!」

「なんだピギ丸? この卵が、気になるのか?」

「ピッ」

「持ち帰ってほしい、のか?」

「…………ピュ?」


”だめ?”


 せがまれている感じだった。

 ピギ丸がこういうことで主張するのは珍しい。


「そうだな。おまえがそうしたいなら、持ち帰ってみるか」

「ピュ〜♪」


 礼を言っているようだ。


「おまえにはこの遺跡で、アレコレ世話になったしな」


 俺は珍色ちんしょくの卵を脇に抱えた。

 魔物の頭部から出る。

 背中越しにミストが尋ねてきた。


「中に何かありましたか?」


 剣を構えている。

 周囲を警戒してくれていたらしい。

 と、ミストの目が丸くなった。


「それは……卵、ですか?」

「頭蓋骨の中に取り込まれていた人間の持ち物だったらしい。妙な布にくるまれていた」


 今はなんでもないただの布になっているが。

 魔素を注入しても何も起こらない。

 一回限りの魔法の道具だったのだろうか。


「この色の卵に何か心当たりはあるか?」

「いえ……そのような色の卵は初めて目にします。布にくるまれていたのでしたら、スケルトンキングの卵というわけではないと思いますが……」

「ま、危険な卵じゃないことを祈るとするか」

「ピュ〜……」


 どこか申し訳なさそうなピギ丸。


「気にするなよ、ピギ丸。ただ、危険な卵だと判断した時は捨てるかもしれないぞ?」

「ピ」


 肯定のグリーン。

 卵の話が済むと、俺は改めて銀骨の前にしゃがみ込んだ。

 銀骨をハンマーで砕く。

 適度な大きさにして、布にくるむ。


「よし」


 銀骨も綺麗に背負い袋におさまった。


「それじゃあ、地上へ戻るとするか」



     ▽



 地上へ出る前に一旦、ミストと別れることにした。


「できるだけ俺は目立ちたくないんでな」


 竜眼の杯を持ち帰ったとなれば確実に注目を浴びる。

 あえて俺が手放した理由もここにあった。

 ミストは提案を了承した。

 彼女もできれば注目を浴びるのは避けたいだろう。

 それでもミストは報酬を優先するようだ。

 まあ、あの幻術が効いている限りは問題あるまい。 

 今はモンクがいちゃもんをつけてくる心配もないしな……。


 別れる前、俺はミストに声をかけた。


「さっきも言ったが、戻ったら少し話がある。あとで合流できそうか?」


 警戒心のない微笑を浮かべるミスト。


「もちろん、善処します」

「できれば二人きりで話したいんだが」

「二人きりで、ですか?」


 やや考え込むミスト。


「わかりました。場所は、どこにしましょうか?」

「泊まっている宿のどちらかの部屋でどうだ?」


 遺跡攻略前に宿の部屋はひとまず三日分確保してある。


「あの、私はあの宿にもう部屋を取っていませんので――」

「なら、俺の部屋でいいか? 話は俺の方から宿の主人に通しておく」


 ミストがまつ毛を伏せてフッと微笑んだ。


「手際がよいのですね、ハティ殿は」

「心配性なだけさ。じゃあ、またあとでな」

「あの、ハティ殿――」

「わかってる。例の力のことは、漏らさない」

「いえ、違うのです」


 ミストが両手で俺の手を取った。

 曇りのない空色の瞳で俺の目を見つめてくる。


「竜眼の杯の件、改めて感謝いたします。ありがとうございました」

「なに、礼を言われるほどのことじゃないさ」



     ▽



 俺はミストからやや遅れて地上へ戻った。

 案の定、ちょっとした騒ぎになっていた。

 入口近くでたむろしていた傭兵たちが驚いている。


「竜眼の杯!?」

「あれは本物っぽいぞ!?」

「え!? 見つかったのか!? もう!?」

「あ、あんた例の異変は気にならなかったのか!? え? イチかバチかに賭けた!? かぁーっ! そんな綺麗な顔して度胸が据わってんなぁ!」

「大したもんだ!」

「おい! てことは異変の方は特に問題なさそうだぞ! 早速、他の宝をいただきに潜ろうぜ!」


 剣虎団の姿は確認できなかった。

 見ると、チェック担当官たちも慌てふためいている。


「ク、クレッド様にご報告だ! 急げ!」

「しかし、まだ他の荷物のチェックが――」

「かまわん! 竜眼の杯の報告が先だ! ミスト・バルーカスの他の荷物のチェックは適当に済ませろ! わたしが許す!」

「はっ!」


 俺は普通モードに移行して担当官のところへ向かった。


「遺跡から戻りました」

「あ、君か! ええっと、チェックだな!?」


 潜る前と同じ担当官。

 彼は台帳を取り出し、バタバタとチェックを始めた。


「問題なし! 問題なし! 問題なし!」

「あ、この骨系の素材と色鮮やかな卵型の石を遺跡で見つけたのですが――」

「ん? ああ、素材は持ち帰って問題ないぞ! この宝石やら装飾品は、希望すれば侯爵様が買い取るだろう! ご祝儀で普段より高く買い取るかもな! ま、素材は好きにするといい! よし、チェックはこれで終了だ! すまないな! 今は竜眼の杯の発見で、それどころじゃないんだ! おい、おまえ!」


 担当官が同僚を呼び止める。


「募集をかけさせていた傭兵ギルドの方にも一応、発見の報は伝えておけ!」

「わ、わかりました!」


 竜眼の杯が見事、目くらましになったようだ。

 俺の荷物チェックは物凄くザルに終わった。


「とにもかくにも――」


 にわかに騒がしくなった遺跡前広場を眺める。


「これで、ミルズ遺跡での用事は済んだな」




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― 新着の感想 ―
[一言] 今更だけど、この卵、誰が何のために置いておいたんだろうか 骨に結びつけてあったっていうからには、誰かがそうしたとしか思えないんだが
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