橙の層
ピギ丸に指示を出してから、俺は自分の寝袋の上に座った。
「おとりみたいな役回りばかり頼んじまって悪いな、相棒」
「ピ♪」
寝転がる前に眠りゲージを確認。
確認後、ミストに背を向けて俺は寝転がった。
今は遺跡の攻略中。
正体発覚でゴタゴタするのは避けたい。
ミスト――セラス・アシュレイン。
彼女についてはまだ考えあぐねていることもある。
ただこの話をするにしても、別の機会が適当だろう。
せめて地上へ戻ってからだ。
今はまず目的の素材入手を済ませたい。
問題は俺の【スリープ】に気づいているかどうかだが……。
俺は横になったまま、効果が切れるのを待った。
「…………」
そろそろ効果が切れる。
目をつむる。
「ん――、……え?」
高めの音波めいた小さい音が聞こえる……。
消失していた額当てや装具が元に戻ったのだろう。
幻術も目覚めると自動復元されるのだろうか。
「まさか私、いつの間にか眠っていた……? しかし――」
身体を起こす気配。
「まだ契約の時間は残っているはずなのに……なぜ?」
契約の時間?
精霊と契約した代償か何かでミストは眠れないのか?
次いで、ホッとする気配があった。
寝ている俺を確認して安堵したのだと思われる。
よし。
どうやら【スリープ】のことは覚えていないようだ。
ピギ丸が気を逸らしてくれたのが功を奏したか。
「――、……ピュ?」
「ピギ丸殿? もしかして、眠っていたのですか?」
「ピ」
ピギ丸は眠らない魔物……だと思う。
だが、今はあえて寝ている演技をしてもらった。
「そう、ですか」
再びホッとする様子のミスト。
顔や装具の変化はピギ丸に見られていない。
今のでそう認識したのだろう。
「ピィィ〜♪」
「ど、どうしたのですか? まさか……ハティ殿が眠っているので、寂しいのですか?」
「ピッ! ピッ♪ ピィィ〜ッ♪」
「あ、あの――申し訳ありません。私の身体には、あまり触れないでいただけますと……その、特に顔の方は……」
「ピ……ピィ……ピュゥゥ〜……」
「あぁ、違うのです! ピギ丸殿に何か問題があるわけではなく、ですね……っ!?」
ピギ丸は忠実に指示を実行した。
指示通り、大きな声を上げてくれた。
ついでにミストも騒いでくれたしな……。
これで”自然”に起きやすくなった。
あくびを噛み殺す。
目尻に涙が滲む。
「ん……どうした、ピギ丸? 何を騒いでる?」
身体を起こし、目もとを指で擦る。
ミストが俺に気づく。
「あ、申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
「問題ない。それより、時間になったら起こすと言ったのに悪かったな」
「いえ、どうかお気になさらず」
顔は元に戻っている。
額当てや装具も。
さっきのタヌキ寝入りはバレていないようだ。
嘘を判断する材料は”声”だけなのかもしれない。
「少しは休めたか?」
「……はい。おかげさまで少し休むことができました。その……自分の疲労の程度を、私自身もよくわかっていなかったようです」
苦笑するミスト。
笑みにぎこちなさが残っている。
眠れないはずなのに、一時的に自分の意識が落ちた。
それに対する違和感が少々残っているようだ。
が、ひとまず正体がバレていないのならよしとしたらしい。
「睡眠は大事だぞ」
廃棄遺跡で思い知らされた。
「はい。取れる時は、可能な限り取るようにします」
「ああ、そうするといい」
俺たちは出発の準備をして、部屋を出た。
▽
俺たちはさらに一つ下の層へ降りた。
「この層だけ、地下輝石の量が増えている気がするな」
左右を警戒しつつミストが答える。
「ええ、そのようですね」
短眠でもそれなりに効果があったのか。
ミストの動きが前よりキビキビしている。
「廊下もずいぶん広い印象だ。広さに合わせて、輝石も多いのか?」
「輝石は、魔素濃度の強い場所にできやすいと聞きますが……」
上層の方が輝石は多かった。
つまり地上の方が魔素が濃いのか。
「見方を変えれば、ここは何か特別な層とも考えられるか?」
「かもしれません」
目的の素材に近づいていると思いたいが。
「そういえば、気になってることがあるんだが」
「なんでしょう?」
「遺跡の隠し階段や開けられた扉ってのは、自動的に閉じたりするもんなのか?」
大賢者はこの遺跡の深部で素材の骨粉を発見したはずだ。
ならばあの隠し階段を大賢者は開けているはずである。
なのに、仕掛けは元に戻っていた。
「古代遺跡の仕掛けなどの復元については一応”遺跡の幽霊”の存在で説明されています。といっても実証はされていないので、真相は不明ですが」
「リペアゴースト?」
「各地の遺跡には、数十年ごとに遺跡の機能の修復や復元を行う幽霊がいるとされています。今は霊的な魔物の一種と考えられていますね」
オカルトにひとまず理屈をくっつけたみたいなものか。
あるいは、本当にいるのかもしれないが。
と、俺は立ち止まった。
「あの扉」
正面の先を指差す。
巨大な扉。
横幅の広い扉だ。
ミストが俺の前へ出る。
「何か、ありそうな雰囲気ですね――お気をつけください、ハティ殿」
骨を敷き詰めた扉とでも言えばいいのか。
おどろおどろしい骨の扉だった。
俺の目的はスケルトンキングの骨粉。
「…………」
目的の魔物は、近いかもしれないな。
「扉の片側が開いていますね……」
骨の扉は片側がすでに開かれていた。
扉の奥を凝視する。
が、ここからだとよく見えなかった。
警戒しつつ、扉に近づく。
ミストと俺で両側から中を覗き込む。
壁に骨が敷き詰められた部屋。
いや――あれは壁際に骨が積まれているのか。
魔物のものと思しき骨が大量に確認できる。
人間の骨もまじっているようだ。
室内に魔物の気配はない。
俺たちは軽く部屋を探索してみた。
骨以外、特に何もない。
気になるのは輝石がオレンジ色なくらいか。
ん?
屈んで床に触れる。
「ハティ殿?」
「部屋の主は、お出かけ中かもな」
よく見ると床に何か引きずったような跡があった。
何か硬いものによって削られたようだ。
比較的、新しいと思われる痕跡もある。
この部屋にいた魔物の残したものだろうか?
削れ方を見る限りだとでかいな……。
扉を開けてどこかへ行ったのか?
ふむ。
必ずしも探索者を待ち構えてくれているわけではない、か。
「どうしますか、ハティ殿?」
「捜しに行く。目的の魔物かもしれないからな」
俺たちは部屋を出た。
と、
ドゴォン
「今の音、聞こえたか?」
「はい」
「ピッ」
音は遠い。
が、
「不法侵入がバレたのかもな」
近づいてくる。
おそらく数は一体。
「――ィぃェぇエ――ギぃェぇ――」
咆哮が遠くから聞こえてくる。
通路の構造のせいか。
叫び声にも似た咆哮が妙な反響をしている。
これだと声で位置を特定できない。
「ハティ殿、次はどう動きますか?」
「観察に適した場所へ移動する。ひとまず、上へ通じる階段の近くに移動だ。あの辺りは身を隠しやすい地形だったはず」
「わかりました」
魔物の強さは現時点で未知数。
いや……。
スケルトンキングかどうかすらまだ不明の段階だ。
魂喰いの例がある。
油断は禁物。
俺たちは移動を開始する。
途中、広いフロアに出た。
天井はそう高くない。
ここを抜ければ、目的の――
ドッ、ガァァアアン――――ッ!
壁を突き破り、魔物が姿を現した。
宙を舞う壁材と輝石。
一瞬で、俺は理解した。
「こいつ」
強さのケタが、違う。
この遺跡の他の魔物とは比べものにならない。
ミストの表情が張りつめたものに変わった。
「まさか、この魔物――」
心当たりがあるようだ。
「スケルトンキング……ッ!」