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スリーピングビューティー


 下層へ降りる途中、俺はミストにピギ丸を紹介した。


「辺りに魔物の姿が見えない時も近くに気配があったので、気になっていたのです。そういうことだったのですね」


 思い出されるのは、隠し階段を抜けた直後の会話。


『今のところ、魔物はいなさそうだな』

『ハティ殿、実は――』


 あの時、ミストは何か尋ねかけた。

 魔物の気配があると言いたかったのだ。

 俺は”ピギ丸以外の”が前提になってるからな……。


「ほら、ピギ丸」

「――ピ」


 恐る恐るピギ丸がミストの方へ突起をのばす。

 ミストも手をのばしてきた。

 彼女がチラと俺を見る。


「大丈夫、なのですよね?」

「ああ」

「ピィィ〜……ピ、ピ……ピ……?」


 ピギ丸はまだ警戒している。

 突起がミストの指先をツンツンとつついた。


 プニ、プニュ


 おっかなびっくりといった感じ。

 ミストの唇が綻び、彼女の目元が和らぐ。


「私はミスト・バルーカスと申します。よろしくお願いいたしますね、ピギ丸殿?」

「ピ? ピィ……ピ……ピュゥゥ〜……♪」


 ピギ丸がミストの指に突起を擦りつけ始めた。

 色味が薄ピンクになっている。

 好意を持ったようだ。


「ふふ、とても可愛らしいスライムですね。不思議と気持ちが安らぎます」

「ピィ〜♪」

「あんた、ピギ丸に気に入られたらしいな……こんなに好意的なのは俺以外だと初めてじゃないか?」

「ピ!? ピユゥゥ〜!」


 突起が急に俺の方へのびてきた。


 プニュ、プニュ


 頬にプニプニした感触。

 ピンク度合いが強くなっていた。

 ミストが口もとに手をやる。


 クスッ


「それでもやはり、ハティ殿が一番だそうです」

「ピ♪」



     ▽



 魔物は定期的に襲ってきた。

 だが、そのたびにミストがすべて斬り伏せていく。

 危なげのない戦い。

 ミストはかなり腕が立つようだ。

 なんというか、戦い慣れている感じがする。


 俺たちは階層を下へと進んだ。

 またも居住区っぽい場所へ辿り着く。


「ん?」


 見覚えのある扉が視界に入った。

 正確には見覚えのある宝石。

 魔素を流し込むと開くあの扉だ。

 宝石に触れ、魔素を注入。

 音を立てて扉が開いた。

 警戒しつつ中を確認。

 もぬけの殻、といった感じだ。

 踏み入って部屋を調べる。

 気になるものは特になかった。

 古びた家具が置いてあるくらいだ。

 罠の形跡もない、か……。

 部屋の外で見張りをしているミストを呼ぶ。


「もう入っていいぞ」

「わかりました。失礼します」


 ミストが部屋へ入ってくる。


「…………」

「何か?」

「いや」


 今の”失礼します”は必要だったのだろうか。

 扉を閉め、荷物を置く。

 懐中時計を確認。


「一旦ここで休憩をとる」

「承知しました」

「軽く寝ていいぞ? 出発になったら起こす」


 ミストの返答は少し遅れた。


「いえ、大丈夫です」

「俺にはあんたが寝不足に見えるんだがな……足手まといにならないと誓ったなら、できれば仮眠くらいは取ってほしい気もするんだが」


 まつ毛を伏せるミスト。


「きっと、眠れないと思います」

「横になるだけでも多少は疲れが取れると聞く。せめて寝袋を床に敷いて横になったらどうだ? 途中で倒れられたりしたら、俺も困る」


 考え込むミスト。

 彼女は微笑みまじりに息をついた。


「わかりました……では、横にだけなっておきます」


 淡く光を発する額当てを除き、装具を外していくミスト。

 次に寝袋を敷き、彼女は横たわった。

 俺の方へ背を向けた体勢で。


「ピギ丸」

「ピ」


 ピギ丸には先ほどコッソリ指示を与えてある。

 ミストの気を逸らしてくれ、と。


 プニョンッ


 床に降りて丸型に戻るピギ丸。

 ピギ丸はそのまま這ってミストの正面へ移動した。

 顔の前辺りで停止。


「ピ」

「ピギ丸殿……? どうかされましたか?」

「ピ!」


「【スリープ】」


「――、……すぅ」


 ミストに【スリープ】がかかった。

 ゲージがなくなるまでは眠れるだろう。

 深い眠りは短時間でも回復効果がある。

 以前、ネットのどこかで読んだ。


「持続時間がもっと長かったら不眠症の治療とかに使えたりするのかもな……」


 まあ【スリープ】の眠りに安眠効果があるかまでは今のところ不明だが。


「ピ、ピ、ピ、ピ、ピ」


 ピギ丸が左右に揺れている。

 なんとなく、動きがメトロノームっぽかった。

 あれは……ミストを見守っているのだろうか。


「ピ?」


 その時、


「ピピッ!?」


 ミストの額当てが、


 寝袋の傍に置いてあった装具も一緒に消失。

 直後、ミストの変化が確認された。


「――――――――」



 耳が、変形している。



 尖った長い耳。

 エルフ……。

 俺は、横たわるミストの正面へ回った。


「ピッ?」


”これって、どういうこと?”


 ピギ丸は俺にそう尋ねているみたいだった。


「実を言うと予感はあった。だが――」


 改めてミストを見る。


「こいつは、驚いたな」


 変化は耳だけではなかった。

 顔も変化している。

 今の【スリープ】で”何か”が解除されたのだ。

 少し髪の感じも違う。

 顔立ちは、明らかに違っていた。

 これには思わず息をのまされた。

 変化前のミストは普通に美人と言えた。

 だが、今は――



 それ以上だった。



 美人は見慣れているつもりだった。

 たとえば、叔母さん。

 2−Cで言えば十河綾香。

 他だと高雄姉妹もいわゆる美人筆頭だろう。

 だからミストも同じ範疇の”美人”と捉えていた。

 しかし、今のミスト・バルーカスは違う。

 なんというか……。

 嘘みたいだ。

 生き物というよりは、美を求めた果てに生まれた造形物のような――


「なるほど」


『男も女も目ん玉が飛び出るほどの綺麗どころが揃ってるって聞くぜ?』


 酒場での会話を思い出す。


「これが、ハイエルフってやつか」


 次に思い起こされた人物。

 モンク・ドロゲッティ。

 広場でミストに絡み、人違いで大恥をかいた男。

 のちに、このミルズ遺跡で命を落とした。

 あいつが広場でミストに絡んだあと、俺は違和感を持った。


 モンクには確信が


 なぜあんなにも自信満々だったのか?


 少しそれが気にかかっていた。

 ミストの頭部はあの時フードで覆われていた。

 普通あの時点であそこまでの確信は持てないはずだ。

 相手の顔をまだ確かめてすらいないのだから。

 まず別人の可能性を考慮するのが当然の感覚だろう。

 なのにモンクは、あの時点で絶対的な確信を持っていた。

 どういうことか?

 あったのだ――確信に至る材料が。


 たとえばあの時、声を聞いた時点で俺はピンときた。

 ミストが”闇色の森で出会ったあの女だ”と。

 モンクもピンときたのだ。

 ミストの声を聞いて。

 彼女は多分、何か特別な力で顔や耳を変化させられる。

 が、変化させられるのは外見のみと思われる。


 要するに”声”は、変えられない。


 モンクは”セラス・アシュレイン”にひどく執着していた。

 忘れるはずのない声として、その声を記憶していた。

 で、声が一致したのだ。

 モンクの中では、完全に一致。


「…………」


 もう一つ言えば、である。

 俺はミストの胸へ視線を移動させた。

 身体つきの方に変化はない――と思う。

 見る限りだと、変化させていたのは頭部のみ。

 モンクの発言をまたも振り返る。


『豊かに実った、そのふしだらでけしからん胸もね! バッチリ、記憶している!』


 あいつは自信を持つほどこの”胸”を脳裏に焼きつけていた。

 いや、胸を記憶に焼きつける行為もどうかとは思うが……。

 しかも衣類で覆われているというのに。

 ただし、モンクにとっては重要な個性だったのだろう。


 声と胸。


 記憶に強く焼きつけたその個性。

 焼きつけたからこそ、絶対的な確信があった。

 だからフードを取り払った時、モンクはひどく混乱した。

 顔立ちと耳の形が、記憶と一致しなかったからだ。

 モンクには意味がわからなかっただろう。

 声と身体つきは完全に一致している。

 なのに、顔と耳がまるで一致していない……。


『そん、な……嘘だ……嘘だ、嘘だ……』


 あれほど錯乱していたのも頷ける。

 次に尖った耳へ視線を移動させる。

 あれは、モンクがミストに触れようと手を伸ばした時のことだった。

 ミストは咎めるように、その手を強く振り払った。


「つまりこれは……見た目が変わっているだけか? 変化しているというよりは、相手の目に映る”情報”だけが変化している……?」


 たとえば、幻術とか。

 なるほど。

 触れられたら”視覚情報”と”手触り”に齟齬が生じてしまう。

 だからミストは触れられるのを強く嫌ったのか。


『ちなみにエルフって強ぇのか?』

『なんでも精霊の力を借りて戦うんだと』


 宿の酒場で男たちがそんな話をしていた。


「幻術は、精霊の力か……?」


 嘘を見抜くのも案外、精霊の力かもしれない。


 額当て。

 装具。

 鎧。


 どれも精霊の力を借りた装備だったのだろう。

 今、ミストの精霊の力は解除されているようだ。

 以前【パラライズ】で動けなくした時は、精霊の力の効果は持続していた。

 が、


「どうやら【スリープ】だと、精霊の力も一時的に失われるらしいな……」


 思わぬところで【スリープ】の優位性が発見された。

 穏やかな顔で眠る美貌の護衛を見おろす。

 青のゲージが、ジリジリと減少している。


「…………」


 まだ確定ではない。

 抱いていた予感が補強されただけとも言える。


 しかしこれは、ほぼ確定だろう。


 ネーア聖国から姿を消したという元聖騎士団長。


 ハイエルフの姫君。


 ミスト・バルーカスの正体は――



「姫騎士、セラス・アシュレインか」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公も生物である以上性欲はあると思うんだけどよく我慢出来るね
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