女神ヴィシスの提案
遅れて姿を現した女子――佐倉麻美。
彼女は千切れた左手首を、右手に持っていた。
次なる衝撃が、2−Cの生徒たちを襲う。
「シぎィぇェえエえエ――っ!」
「シぎャぁァあアあア――っ!」
幅広の剣と大きな盾を持った人型の巨骨。
二体のスケルトンナイト。
綾香は鳥肌を立てた。
今までの魔物と”空気”が違う。
これまで出遭ってきた、どの魔物よりも――
(強い……ッ!)
綾香は手元のフレイルを見やる。
(この武器でいける? いえ――やる! みんなを逃がす時間を、私が稼い――)
「手ぇ出すなよ綾香ぁぁああああ!」
小山田が叫んだ。
「こいつらはまだおれらの狩場ん中の獲物だからよぉ!? 冷やしに入ってくんじゃねぇぞ、S級貧乏人!」
桐原グループの一人が驚く。
「ちょっ!? 小山田!? コイツが出たら逃げろって言われたじゃん!」
「いーんだよ、これで」
「桐原……っ!?」
「逃げるのはザコの話だろ。しかしオレは違う。このオレの話はもはや、ザコとは格が違っている」
綾香は前へ駆け出そうとする。
小山田の言葉を、無視して。
(それでも、加勢しないと……っ!)
その時、
「ご、ごめん十河さん!」
足を怪我した女子を小鳩が綾香に託してきた。
「しばらくの間、間宮さんを守ってあげてくれないかな!?」
「えっ? え、ええ……」
手首を失った麻美に駆け寄る小鳩。
皆、逃げているのに。
いや――彼女も青ざめている。
肩も声も震えている。
だが、見捨てられないのだ。
「腕のここ縛るよ、佐倉さん!? たぶんこういうのって、こうやって止血しないと……っ!」
「う゛え゛ぇぇぇ……もう゛、やだぁぁぁ……」
「め、女神さまが治してくれるかもしれないよ!?」
「や゛ぁ゛ぁ……元のぜがいに、帰りだいよぉ゛ぉ゛……」
麻美の唇は白くなっていた。
小鳩が、腰のベルトを素早く外す。
ギュッ
麻美の腕を、小鳩がきつく縛った。
「いだぁ゛い゛ぃぃ」
泣き喚く麻美。
先ほど小鳩から預けられた女子――間宮誠子。
彼女が引き攣った顔をする。
「鹿島のやつなんなわけ、あの度胸……? つーか、がんばりすぎて逆にキモいんだけど……」
思わず綾香は、誠子をキッと睨んでしまった。
「な、なんだよ?」
「鹿島さんは、立派だよ」
桐原が前へ出て、小山田と並び立った。
「一匹ずつだ、翔吾」
「言われなくてもわかってんだよ! くっ、はぁぁああああっ! ぶぅぅっ殺してやるよぉ、ツノつきぃぃ!」
ブォンッ!
小山田が大剣を振り投げた。
「シぁェ!」
ガィンッ!
右のスケルトンが、盾で剣を弾き飛ばす。
この時、すでに小山田は骸骨騎士の盾の内側――懐に、潜り込んでいる。
「【赤の拳弾】ッ! うぉらぁああ!」
小山田の固有スキル。
赤き弾丸めいた巨大エネルギーをこぶしから射出する能力。
振り上げられた骸骨騎士の大剣。
その剣が振り下ろされるより、速く――
ドガァッ!
赤き弾丸が、骸骨騎士に激突。
「ガっ、ギぃィっ!?」
よろめく、骸骨騎士。
「そらそらぁ! 【赤の拳弾】、【赤の拳弾】! 追加追加追加ぁ! 【赤の拳弾】、【赤の拳弾】! そらそらそらそらぁぁあああ゛あ゛! 【赤の拳弾】ぁぁあああ!」
固有スキルの速射。
「ギ、し!? ギ、ぃィぃ!? ィ、ぇ!? シ、ぐ、ィえ!? キし、ェえッ!?」
耐え切れず、ついに膝をつく骸骨騎士。
数秒後――骨の魔物が、粉々に破砕。
砕けた骨片が辺りに散らばった。
左右のこぶしを握り込む小山田。
彼は、天に叫んだ。
「おっしゃ! レベル、アップぅぅうううう!」
その隣では、桐原がすでに【金色龍鳴波】でもう一体のスケルトンナイトを消滅させている。
「スケルトンナイトは決して弱い魔物じゃなかった。こいつが強敵だったのは紛れもない事実……しかし、このオレの方がさらに強かった。常に桐原拓斗という人間――このオレ自身には、驚かされ続ける……」
桐原グループが沸く。
「さっすが桐原ぁ!」
「やっぱカッコイイ〜♪」
「S級勇者は、やっぱ伊達じゃないよね!」
「これで――」
桐原が鼻を鳴らす。
「レベル24、到達」
▽
「すみませ〜ん、お待たせしました〜」
女神ヴィシスが部屋の奥から歩いてきた。
室内において一つ段が低くなっているフロア。
十河綾香は今、そのフロアの椅子に座っていた。
ここは女神の第二個室だと聞いた。
部屋の奥は机や高い棚で埋まっている。
机上にはうず高く積まれた紙束や手紙。
女神が正面の椅子に腰かける。
「お呼び立てして申し訳ありません、ソゴウさん」
「いえ。私に何か?」
魔骨遺跡から戻ったあと、綾香は女神に呼び出された。
「うふふ」
今は女神の笑顔にも、少し身構えてしまう。
女神が小袋を卓に置いた。
「こちらをついうっかり綾香さんにだけ支給するのを忘れていました。忙しさが原因です。申し訳ありません。S級勇者なのですから、それなりのお金は必要ですものね?」
小山田が言っていた例の”お小遣い”のようだ。
本当に忘れていたのだろうか?
どうも、疑いの目で見てしまう。
「それと今日の魔骨遺跡行き、私が付き添えなくてこちらも申し訳ありませんでした」
女神が背後の紙束を見る。
「突然の大魔帝軍の南進と大誓壁の陥落のおかげで、お仕事が増えてしまったのですよ〜。各地から上がってくる報告にもなかなか目を通し切れません。重要度の低そうな地域の情報を確認するのは、どうしても遅くなってしまいますね〜」
「他の人に情報の選別を頼めないのですか?」
「ふふ、それを頼んだ上であの量なのですよ。さてさて」
話題を切り換える女神。
「スケルトンナイトが現れて大変だったみたいですね?」
「あの、佐倉さんは?」
「ええ、治りますよ? 斬り落とされた手首はひとまず【女神の息吹】でくっつきます」
「そう、ですか」
(よかった……)
「感謝します、女神さま」
「ですが、神の力は誰にでも使うわけではありませんよ? 特に【女神の息吹】はとっても疲れますので。ただ、サクラさんはB級ですからね〜」
C級以下は治さないかもしれない。
暗にそう言っているのか。
微笑む女神。
「ところでソゴウさん、皆さんから大分孤立してしまったみたいですけど……大丈夫ですか? 私、それがとっても心配で……」
「今のところは、一人でもなんとかやっています」
「ええっと、その……つかぬことをお聞きするのですが、ソゴウさんには自覚がおありですか?」
綾香は細く息をついた。
「また錯乱がどうこうの話ですか?」
「あ、いえいえ! 今は前よりもかなり落ち着いてきたようですし、こうしてちゃんと会話も通じますから。あ、キリハラさんたちに何か言われたのですか? ん〜、古い情報が2−Cの皆さんに出回っている状態は困りましたねぇ〜」
悩ましげに思案する女神。
「誰か影響力のある者が、古い情報を訂正しないといけませんね〜」
「あの、自覚がどうこうの話は……」
「あ、もうそちらの話へいきますか? ん〜、ではまず一つ質問をします。ソゴウさんは、キリハラさんたちのグループに入らないのですか? 私としては、できるだけS級勇者には共に行動してほしいのですが」
綾香は視線を逸らす。
今の桐原拓斗はどこかおかしい。
狂気的、とでも言おうか。
「今の桐原君と私が上手くやっていけるとは思えません。現状ですと、共に戦うのは難しいと感じています」
女神がニッコリ微笑む。
「そういうことです」
(”そういうこと”?)
言葉の意味がわからない。
「要するに、ソゴウさんのわがままが2−Cの皆さまの足並みを乱しているんじゃないかな〜、と私は見ているんですよ」
「わ、わがまま?」
「あ、あらら? 違います? 聞いていますと、ごく個人的な感情の要素が大きいと感じるのですが……あらら? 違っています?」
「それは――」
「あの、理論的に説明できますか? 漠然とした予感や不安みたいな話ではなく、理路整然と説明できます? 大丈夫ですか?」
「あの――」
「んふふ? できないなら、やっぱりわがままですよ? ん〜、ですが困りました。タカオ姉妹もわがままな行動が目立っていますし……誠意を尽くして接すれば話が通じると思っていたソゴウさんまで、こうもわがままなお子様となってしまうと……」
「ち、違います! 私は、ただっ……」
「いえいえ、いいのです」
女神の目尻に涙が滲む。
「これはすべて、私の指導力の至らなさが引き起こしたこと……ぐすっ……すべての責は、この私にあるのです……」
綾香は腰を浮かせた。
「ソゴウさん?」
「申し訳ありません。わがままだとしても、私は今の桐原君たちとは組めません」
「救いを求めるこの世界に背を向けても、ですか?」
「S級勇者の役目は私なりに果たすつもりです」
「どうしても、だめですか?」
「すみません」
「わかりました」
女神が笑顔になって、両手を打ち鳴らした。
パンッ!
「では、試練に合格できなかった生徒たちをソゴウさんに託します!」
「え?」
急に、何を言い出したのか。
話にまるで脈絡がない。
「皆さんから避けられている今の孤立状態では何かと大変ですものね? まあ、C級以下の子しかいませんけど……ですが大丈夫です。S級のあなたが鍛えてくれれば、必ずや百人力になりますよね? ただ――」
沈鬱な表情になる女神。
「死人が出ないことを、祈っています……」
「な、なぜ突然そんな話になるんですか? それに、私が彼らの代わりに戦うということでその話は決着がついたはずですよね?」
女神が無念そうに視線を落とす。
「実は先日、国王より命がくだったのです」
「国王様、から?」
女神は王の命令に逆らえないのだろうか?
違和感が、ある。
「王は”戦いもしない勇者はやはり廃棄すべきだ”と……あ、私はちゃんと説得したのですよ? しかし王は聞く耳を持たず……すみません、私の力が及ばぬばかりに……」
「…………」
「ただ、彼らの今後の扱いについては私も少々悩んでいたのです。ですが、ソゴウさんが一手に面倒を見てくれるのならひと安心ですね!」
「…………」
「ソゴウさん?」
「私が拒否すれば、彼らを廃棄するんですね?」
「そうせざるをえません。ごめんなさい」
「わかり、ました」
「はい! ではお願いします! まあ、わがままでキリハラさんたちと組むのを拒否したのですから、彼らの面倒を見るのは当然のことではあるのですが」
詳細は追って説明しますね、と女神は言い添えた。
辞去前、綾香は一礼する。
「失礼、します……」
部屋を出る直前、女神が声をかけてきた。
「あ、これは万が一の話ですが――彼らが足手まといになった時、ソゴウさんは非情な現実を直視するかもしれません。でも大丈夫です。現実を知った人間は強くなります。私は、人の可能性を信じています。人は自ら成長し、変われる生き物ですから……もしソゴウさんがわがままな子ども時代を脱してちゃんとした大人になったら、キリハラさんたちにはしっかりと私から口添えします。絶対に、約束します」
「……お心遣い、感謝します」
「はい! 私も、期待していますね!」
「失礼します」
綾香は、後ろ手にドアを閉めた。
◇【女神ヴィシス】◇
「クソガキが」




