S級勇者と魔骨遺跡
◇【十河綾香】◇
十河綾香は勢いをつけてフレイルを振った。
ドゴォッ!
重々しい打撃音。
手首へのズシッとした反動。
ビキィッ!
魔物の骨にヒビが走った。
打ちつけたフレイルを構え直す。
魔物の名は――スケルトン。
スケルトンの動きが停止。
直後、砕けてバラバラになった。
綾香は汗をぬぐう。
「ふぅ……」
ここはアライオンの王都近くにある古代遺跡帯。
魔骨遺跡と呼ばれているらしい。
2−Cの勇者たちは女神の命でこの遺跡を訪れていた。
実戦に慣れること。
経験値稼ぎ。
主な目的はこの二つだ。
魔物の数の多い場所だと聞かされた。
遺跡の地下は最初の1層までしか踏み入る許可がおりていない。
だがこの一帯は魔物が遺跡の外へ出てきている。
魔物の数は十分。
ただし”ツノつき”が出た時は逃げろと言われている。
ツノつきの正式名称はスケルトンナイト。
この一帯は90%以上がアンデッド系の魔物が占める。
種類は多数が骨系――スカル系の魔物。
最初は骨が動いている光景が不気味だった。
が、もう慣れた。
瓦礫に立てかけておいた槍を手に取る。
パシッ
槍を肩掛けの革帯に装着。
今、手にしているのは槍ではない。
フレイルという武器だ。
鉄塊が柄の部分と鎖で繋がっている。
遠心力を利用し、相手に鉄塊を叩きつける武器。
骨相手には刃より打撃武器の方が有効。
元来、鬼槍流は武芸百般を目指した武術だった。
主眼は槍。
が、槍を使用できない局面にも対応可能。
鬼槍流が想定していたのは戦場である。
要は実戦武術。
奪った武器。
死者の武器。
一つでも多くの武器を扱えれば、生存率も上がる。
様々な局面に対処できる。
(といっても、フレイルなんて武器は使ったことなかったけど……)
過去に使った武器の中では鎖鎌の分銅投擲が近いか。
とはいえ、重心やインパクトの感覚はまるで別モノだが。
『綾香には天性の才がある。ただ……こういう種類の武を必要としない国と時代に生まれたのが不幸だったのか、幸いだったのかは――わからんね』
祖母の言葉。
(意図せず必要とする場所にきたようです、おばあさま……)
「キしィぃェぇエえエえ――ッ!」
短刀を手にしたスケルトンが暗がりから飛び出してきた。
人間の武器を操る魔物。
生前の記憶で使っているのだろうか?
タイミングを見極め、綾香は力強く踏み込む。
ブンッ!
バキャァッ!
鉄塊がスケルトンの胸部を粉砕。
この魔物は色違いの骨部分が弱点。
弱点を砕けば容易に倒せる。
【レベルが上がりました】
【LV4→LV5】
ステータスを確認。
(固有スキルはまだ覚えない、か)
午後の日差しが降り注ぐ。
一人、森に囲まれた遺跡群でポツンと立つ綾香。
「…………」
2−Cの生徒は現在いくつかのグループ分かれている。
まずは桐原拓斗のグループ。
S級の桐原がリーダー。
他はA級の小山田翔吾やB級以上の勇者で構成されている。
エリートを揃えた上位グループという感じだ。
次は戦場浅葱のグループ。
B級の浅葱がまとめ役。
最大ランクはB級。
ただ、このグループは数が多い。
女子の大半が浅葱班へ流れたためだ。
グループ構成も女子のみ。
綾香としては、このグループの鹿島小鳩が少し気にかかっている。
(どうか無事でいてね、鹿島さん……)
三つ目は安智弘のグループ。
この班は行き場のない生徒で構成されたらしい。
桐原班からも浅葱班からも弾かれた生徒たち。
C級が二名。
他はD級。
C級以下の彼らはA級の存在に救いを求めたようだ。
ただ、C級以下の女子は浅葱グループへ流れている。
なので、男子のみで構成されている。
このグループも数が多い。
四つ目は高雄姉妹。
S級とA級。
グループ、とは言い難いかもしれない。
彼女たちはずっと二人だけで行動している。
とはいえ、それは前の世界の時と変わらない。
他の生徒たちは意識的に二人を避けていた。
否――できるだけ、存在しないものとして扱っている。
姉妹がそういった扱いを気にする素振りはない。
異世界でもあの姉妹は変わらない。
あのブレなさは見習いたい、と綾香は思う。
担任の柘榴木と女神の”通過儀礼”を乗り越えられなかった男女数名は、今も城に居残っている。
そして残るは、十河綾香。
綾香は女神に逆らった人間として認識されている。
一緒に行動すると女神の心証が悪くなる。
そう思われているようだ。
仕方がない。
心の動きとしては自然な流れだ。
(私だって、自分の心の動きに従って行動した)
今の孤立状態はその結果。
受け入れるしかない。
「待てってんだよ! 骨のくせに、速ぇんだよ!」
「ざけんなよ! 逃げてんじゃねぇよ!」
「おら骨! 一回もう死んでんだろ!? おとなしく殺されろっての!」
聞き覚えのある声が近づいてくる。
顔ぶれでどこのグループかわかった。
桐原拓斗のグループ。
異世界衣装の男女数名が立ち止まる。
「んだよ!? ホネホネ野郎、粉々ってんじゃん!」
「あ! 綾香!? あんたもしかして、あたしらの骨奪った!?」
「え?」
「ひどーい! 綾香、ひどい! その骨、あたしらのだったのにー!」
「倒すんなら僕らに許可とってくれよ! これじゃ僕ら走り損じゃん!」
「元クラス委員だからって、さすがに横暴すぎ!」
口々に不平を訴える桐原グループ。
少し遅れて、小山田が姿を現す。
「おーやおや? これはこれは! ボッチ化した綾香センセじゃないっすかぁ!? うわぁ〜、ひっでぇ〜。おれらの狩場に、不法侵入かよ〜」
小山田が担いだ大剣の腹で自分の肩をトントン叩いた。
まるで、挑発でもするみたいに。
(狩場?)
視線を落とす。
石を削って床に線が引いてあった。
薄っすらと、だが。
「ここから先はおれらの狩場なんだよなぁ〜? で、綾香センセは部外者だろ? おれらのグループじゃねぇもんな! おいおい、こいつは立派な違法行為だぜ? やべぇな綾香、クラス委員から一転して犯罪者かよ? 冷えるわ〜」
「そのへんにしておけよ、翔吾」
「んだよ拓斗ぉ? おまえ、綾香をここで庇うんか?」
最後に桐原が登場。
ファーつきコート風な外套を身に着けている。
金獅子。
そんなイメージ。
やれやれ、と首を振る桐原。
「腐っても十河はS級勇者だからな。おまえらA級以下がいくら吠えても、簡単には引き下がらねーだろ。ナメられてんだよ、おまえら」
綾香はすぐさま反論する。
「私、そんなつもりじゃ――」
「いいって」
手を突き出し、制する桐原。
「ヴィシスから、聞いてるから」
「聞いてる? 何を?」
「十河綾香は精神が脆い。E級を廃棄した時の凶行も、極度の緊張で錯乱してたのが原因だろ? いいんだよ。オレは、わかってる」
桐原が小山田たちの前へ出る。
ゆったり立ち止まり、彼は言った。
「おまえは今も錯乱中で、自分がここで何をやってるのかも実はまだよくわかってないんだよな?」
「あなたには……私が、そんな風に見えるの?」
「オレはおまえが怖くて仕方ないよ、十河」
「え?」
(怖、い?)
「2−Cじゃ一番まともだと思ってただけにショックがでかかった。異世界に飛ばされただけで、あの十河綾香がこんなにもおかしくなってしまうなんてな……」
「ねぇ桐原君。私、あの女神さまはいまいち信用でき――」
「いいか、十河? おまえはさ」
ポンッ
桐原に、肩を横から叩かれる。
「オレたちのグループに入る誘いを断った時点で、もうまともじゃないんだよ」
綾香へ向けられる視線。
憐れみの情。
「桐原、君」
「ただ、おまえにはS級って価値がある。でもおかしくなってるせいで、今はまともな判断力を喪失している。ほんと、かわいそうだと思う」
桐原が背を向ける。
ふと、彼があごを上げた。
何か思いついたみたいに。
「オレを王とするなら――十河綾香は、王を守る騎士がふさわしいかな? 少なくとも、女王じゃないのは確かだな」
桐原が首を巡らせ、綾香へ顔を向けた。
絶対的な自信に満ちた表情。
「まともな家臣としていつか目覚めるのを一応待っていてやるよ、十河綾香」
小山田がくつくつ笑う。
「この転落劇、マジでウケるよな。2−C内でのランク落ちすぎだろ、クラス委員センパイ」
他の桐原グループの表情。
奇妙な優越感が彼らを取り巻いていた。
「よくわかんないけどさ、綾香はコブジュツでがんばればオッケーなんじゃん?」
「意外とさ、十河ちゃんなら一人でもタイマテー倒せんじゃね!?」
「イケるイケるぅ! 女神さまの腹パン一発で沈んだのは、何かの間違いだって!」
「十河さんマジ最強すぎ! さっすが女神さまに刃向うだけあるよね! アタシらじゃ絶対、真似できないもん!」
綾香は、無言で踵を返した。
「おい、綾香」
小山田が呼び止める。
「何?」
「金を払うんなら時間限定でこの先の狩場に入れてやってもいいぜ? 実は金を払った浅葱たちが今、骨野郎が次々出てくるこの先の狩場で経験値稼いでんだよ」
だから一時的に桐原グループが引き返してきたのか。
「手持ち、多くないから」
「はぁ? この前”お小遣い”が女神から支給されたじゃんか」
「……私にはそれ、支給されていないの」
「マジで!? かーっ、女神に嫌われすぎだろーっ! カワイソー! ネツいわ〜」
綾香は拳を握り込む。
女神に刃向ったことに対する後悔は、ない。
その時、
「きゃぁぁああああっ!」
悲鳴がした。
綾香は振り返った。
林の向こうから、複数の悲鳴と共に何か近づいてくる。
人影。
女子生徒たち。
バラバラと逃げてくる。
「で、出たぁ! 出た出たぁぁ! いやぁぁああああっ!」
戦場浅葱のグループ。
彼女らはこの先で経験値を稼いでいたのだったか。
桐原グループが身構える。
「な、なんだぁ!?」
浅葱が走ってくる。
「アホーッ! この状況見ればフツー何が起きたかくらい察するでしょーが! 出たの! 例の”ツノつき”が!」
(スケルトンナイトっ!?)
綾香も武器を構える。
「あっ」
ハッとする。
「はぁっ、はぁ……っ!」
鹿島小鳩が、足をヒョコヒョコさせた女子に肩を貸しつつ姿を現した。
足を怪我した子がいたようだ。
「はぁ……はぁ……小鳩に助けられるとか、ない、わー……ウケ、る……」
「大丈夫! 桐原君たちと、合流したよ!」
小鳩の目が綾香を認める。
「ほら、十河さんもいる!」
自分を目にした小鳩の表情に安堵が灯った。
綾香はそれを見て、意識を完全に戦闘に切り換える。
切り換えた直後のこと、だった。
「うぁぁああああっ……あ゛ぁ゛〜っ……」
林から出てきた一人の女子。
背後には骨人間めいた大きな影。
ゆうに三メートルはあるだろうか。
禍々しい角のついたシルエット。
小山田が身を引く。
「げっ!? マジかよ!?」
桐原グループの一人が口もとに手をやった。
「うっ!?」
林から遅れて出てきた女子。
「あ゛ぁ゛ぁ゛……ないよぉ……ない゛ぃぃ……なぐな、っじゃったぁぁ〜……」
左の手首から先が、なくなっていた。