異界の勇者と金眼の魔物
ガコッ
メモ通りに祭壇裏の出っ張りを操作する。
バタンッ!
部屋の扉が閉まった。
これも、大賢者のメモ通りだ。
左右に祭壇が分離して開いていく。
祭壇のあった場所に下へ続く階段が口を開けた。
ミストが目を丸くする。
「こんなところに、隠し階段が……」
「さっきも言った通り、この先の層について侯爵には報告しないつもりだ。面倒事の嫌いなあんたなら、わかってくれるよな?」
「漏らさないと誓います」
俺たちは階段を降りた。
階段は二人並んで歩ける幅がある。
光る皮袋をかざす。
「変わった灯りですね」
恐る恐るの質問が飛んできた。
個人的事情にはできるだけ踏み込まない。
さっきの条件を気にしているのだろう。
「貴重な珍品でな」
嘘ではない。
ミストが額当てに触れる。
額当てが光り始め、前を照らし出す。
「それは、この辺だと一般的な照明道具なのか?」
「いえ、一般的ではないと思います」
いわゆる魔法の装備ってやつなのだろうか?
階段の先へ到達。
遺跡風の通路が続いていた。
廃棄遺跡の下層に広がっていた洞窟風ではない。
まだ文明の域だ。
「今のところ、魔物はいなさそうだな」
「ハティ殿、実は――」
「ん?」
「あ、いえ……すみません。なんでもありません。どうか、お気になさらず」
こういう時の”なんでもない”には必ず何かあるものだが。
まあいい。
個人的な事情に踏み入る何かを尋ねかけたのだろう。
俺たちは先へ進んだ。
「道が、分かれていますね」
迷宮というわけではなさそうだが……。
一応、道は覚えておくか。
歩をさらに先へと進める。
ピギ丸がローブ下で俺のわき腹をつついた。
声を出さずに伝えてきた。
魔物の気配。
「ギゅるぇァぁあア!」
曲がり角の向こうから魔物が姿を現した。
初見の魔物。
頭部が花の蕾を連想させる。
蕾の外側には三つの目玉。
目は、三つとも金眼。
身体だけ人型なのが奇怪に映る。
ここより上層の魔物とは異なる不気味さ。
ザッ
ミストが剣を抜き、俺を庇うように前へ出た。
「ここは、お任せを」
魔物の頭頂部が開いた。
カパァッ
まるで、蕾が花開くように。
数本の触手が勢いよく中から飛び出す。
触手がミストへ襲いかかった。
ズバッ! スパッ! ザシュ――ッ!
刃で的確に触手を斬り落としていくミスト。
触手を斬り捨てながら、彼女は前進していく。
足捌きも華麗だった。
あっという間に、ミストは魔物へ肉薄。
ズバンッ!
魔物を真っ二つに、両断。
「ヒ、ぎョぇェえエえエ――――っ!」
断末魔の悲鳴を上げたあと、魔物は沈黙した。
血を振り飛ばし、ミストが刃を鞘に納める。
俺は緩く拍手した。
「見事なもんだな」
ミストが軽く一礼。
「恐縮です」
ふむ。
こういう感じか……。
近接戦闘型の仲間のいる戦闘というのは。
「…………」
背後を任せるにはいいかもしれない。
現状、ピギ丸は見張り役が限度だ。
戦闘能力は低い。
護衛、か。
「では先へ進みましょうか、ハティ殿」
「……ああ」
上層よりワンフロアが広い。
その一方で構造は単純そうだった。
目印になる壁の装飾や柱も多い。
これなら、迷う心配はなさそうか。
歩きながらミストに話しかける。
「ところで」
「はい」
「魔物について少し聞きたいんだが」
金眼とそれ以外の魔物の違い。
これを知りたかった。
ミストが質問に答える。
「金眼の魔物は”経験値”を多く持つと言われています。大陸の者は経験値を”魂力”と言い換えたりもしますね」
ミストは経験値の概念を知っていた。
異界の勇者は殺した魔物の魂力を吸収する。
それが現地人の認識のようだ。
「異界の勇者たちにとって金眼の魔物は”レベルアップ”――加護の向上に適した獲物と認識されているようです。異界の勇者の話は、ご存じですか?」
「一応は」
なるほど。
経験値。
レベルアップ。
異世界勇者のアレコレはそこそこ知られているのか。
「それと、人間を殺しても経験値は得られないと伝わっています。経験値とは、魔物のみが有する特性なのだとか」
相当な手練れに見えたあの四人組。
が、あの四人を殺してもレベルは上がらなかった。
そもそも、経験値が入らなかったのか……。
まあ、でもそうか。
人殺しで経験値を得られるとしたらそれ目的の殺人が頻発しかねない。
たとえば名のある戦士を生贄の名目で勇者に殺させる。
そうすれば、勇者は一気にレベルアップできる。
クソ女神ならやりそうだ。
「金眼の魔物は、貴重な経験値源でもあるわけか」
「ですので、ある時代では勇者たちによる狩りが度を越えて横行し、金眼の魔物たちは次々と地下へ潜ったそうです」
魔物たちからすれば、勇者は虐殺者とも言える。
「だから地下遺跡群に金眼の魔物が大量に棲息している、と」
「ええ、そう分析されています。また、金眼の魔物の群れの三分の一は大遺跡帯へと集い、金棲魔群帯を形成したと伝えられています」
魔物は過去の勇者たちから逃れるべく地下へ潜った。
結果、遺跡ダンジョンが形成された。
視点次第では、勇者側がとんでもない殺戮者にも見えるな……。
「遺跡からはまれに地上へ魔物が出てきます。ですので、各国は地下遺跡を可能な範囲で管理してします」
「出口を塞いでしまわないのか?」
「塞ぐと別の場所に出口を作って出てくるのです。ただし一つでも出口を開けておくと、他の場所からは出てこないそうです」
廃棄遺跡はどうなんだろうか?
出入り口は塞がっていたはずだが。
「ですが――ごくまれに封印の力が強い遺跡も存在すると聞きます。神による封印の力によって、魔物が地上へ出てこられないのだとか。そういった遺跡は管理の必要がないので、基本は放置されているようですね」
神による封印の力。
女神。
クソ女神。
なるほど、それが廃棄遺跡か。
「金眼でない魔物はどういう扱いなんだ?」
「普通の魔物ですよ?」
普通、と言われてもな……。
「人間と友好な関係を築く魔物もいます。凶暴性が強いのは金眼の魔物の特徴で、金眼以外なら穏やかな魔物もいますから」
「結局のところ金眼の魔物ってのはなんなんだ?」
「邪王素、というものをご存じですか?」
「名前だけなら」
クソ女神が召喚時に説明していた。
大魔帝が内に秘めている特殊な魔素、だったか。
「巨大な邪悪が現れると、その邪悪の放つ邪王素が世界に影響を及ぼすと言われています。伝承によれば、邪王素の影響を強く受けた魔物が金眼化するそうです。ただし元々凶暴性を秘めていた魔物の本能が解放されるだけなので、元々穏やかな魔物は影響を受けないとされていますね。これは、かつて大賢者アングリンの提唱した説が広まったものです」
予想は、していたが。
けっこうな大人物だったらしい。
「その大賢者自身も魔物と友好関係を結んでいたと伝わっています。中でも、スライムがお気に入りだったとか」
「…………」
「何か?」
「興味深い話だった」
「?」
なるほど。
魔物と友好関係を結ぶケースは普通にある、か。
で、金眼は経験値が高いぶん凶暴と。
首もとへ視線を落とす。
だとすれば……。
ピギ丸をミストにお披露目しても問題ないかもな。
にしても、
「…………」
金眼の魔物。
金。
金の勇者。
桐原拓斗。
関連性はないのかもしれない。
ただ、金色という符号の一致。
俺にはそれが少し、不吉な符号とも思えた。
いつもお読みくださりありがとうございます。
この場を借りて、ご感想、ブックマーク、ご評価をくださった方々にも深くお礼申し上げます。更新前後の推敲を終えた後などは毎度けっこうヘロヘロになっているのですが、皆さまのくださる「面白い」というご感想やご反応が執筆の励みとなっております。ありがとうございます。
毎話、小さなものでも何かしら見せ場を作れたらとは思っているのですが……なかなか頭を悩ませる部分でもありますね(汗
少しでも面白いと感じていただけていましたら、幸いでございます。
第二章はちょうど折り返し地点にきたくらいでしょうか。廃棄遺跡を出たのもあって、端々に世界の情報が散りばめられ始めた感じですね。個人的には、廃棄遺跡を裏ダンジョンとすると、ミルズ遺跡は表ダンジョンみたいな感覚です。普通は表→裏な気がするので、攻略の順番が逆な気もしますが……。
明日は一日お休みをいただきまして、次話は1/16(17:00)の更新を予定しております。
第二章もがんばって書いていきたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。