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財宝の価値


 部屋に足を踏み入れる。


 魔物の気配はない。

 ピギ丸は――反応していない。

 今のところは、だが。

 祭壇の前まで移動。

 壁際の石像を見上げる。

 予感がした。


「多分、動くだろこれ」


 現代日本の物語にそこそこ触れた人間なら予想する。

 宝物を手にすると動き出す仕掛け。

 RPGなんかによくあるギミックだ。

 この石像は絶対に怪しい。

 …………。

 先手を、打ってみるか。

 腕を石像へ向ける。


「【パラライズ】」


 突如――石像の頭頂から鎖骨辺りまでが変色した。


「ピ? ピ!」


 ピギ丸が反応。

 ウロコ肌に生命が宿っていく。

 直後、剥き出しの殺意と共に魔物の気配が発生。


「――ギぃゲぇェえエえエ、しャぁアあアっ!」


 が、時すでに遅し。


「ォ――ぉゲ!?」


 魔物は麻痺状態。

 麻痺の影響だろうか。

 変色が途中で停止している。

 次いで、毒を付与。


 ポコポコ、

 ポコォ……


「ぎョ、げェ、ぇ……ッ!?」


 巨大な竜人の首から上が毒色になる。


「ギ、げ、ェぇ……ッ!」


 変色は途中で停止したまま。

 首から上だけがもがこうとしている状態だ。

 必死に口から何か放出しようとしているようだが……。

 麻痺状態で無理に動くと、死へ近づく。


 ブシャァァッ!

 ブシュゥゥッ!


 耳や口から血を噴き出す竜人。

 力ずくで動こうとした際に起こる現象だ。


「ご、ゲ――、……」


 ブチィッ!


 鎖骨から上が、千切れた。

 舌を突き出した頭部が床に転がる。


 ボロッ……

 ガラガラガラッ!


 次いで残っていた石像部が崩れ落ちた。

 大きさにバラつきのある石が床に散らばる。

 いわゆる宝の番人のガーゴイル像みたいなものだったのか。

 条件が揃うと石像が動き出す魔物系トラップ。


「石像に扮してたといえば魂喰いだが、あの自動迎撃システムっぽいのがなくてよかった……」


 アレは本当に厄介だった。

 魂喰いに弱者イジメの趣味がなければ、やはり勝てなかった気がする。


「で、こいつが――」


 竜眼の杯を手に取る。


「今回のイベントの”目玉商品”か」


 銀杯。

 角度によって銀色が紫がかって見える。

 金の宝石は竜の瞳を模しているのか。

 竜の前足めいたステム部分。

 杯の器部分を下から前足で持つようなデザインだ。

 やや汚れのついた表面を袖で拭う。

 艶やかな面が、輝石の光を反射した。


「綺麗なもんだな」


 持ち帰れる大きさ。

 どうしたものか。


「ん?」

「ピッ!」


 背後に気配。

 振り向きつつ、祭壇の物陰に身を隠すべく動く。

 退避行動と同時――腕を、突き出す。

 が、状態異常スキルは発動せず。



「……あんたか」



 見覚えのある顔が、ドアのところに立っていた。

 噂され始めた”異変”の件を知る機会がなかったのか。

 もしくは俺と同じく好機と捉え、攻略を継続したのか。

 部屋に入ってきた人物が俺を認めた。

 向こうの警戒心が薄まったのが、わかった。



「あなた、でしたか」



 ミスト・バルーカスだった。



     ▽



 ミストは服の他に額当てと装具だけ身に着けていた。


 鎧が見当たらない。

 置いてきたのだろうか?

 額当ての一部に光が溜まっている。

 水銀みたいなドロドロとした光。

 あれが、灯り代わりか?

 ミストの額当ての光が弱まっていく。


 今、彼女のその細身は地下輝石の光が照らし出していた。


 なんというか。

 この魔物ひしめく地下遺跡には不釣り合いに思えた。

 王宮なんかでドレスでも着ている方が似合っていそうだ。

 ミストが、無念そうにまつ毛を伏せる。

 彼女は右手で自身の左腕をキュッと掴んだ。

 まるで、感情を抑え込むみたいに。

 表情は暗い。


「他の傭兵が引き返しているので、私が一番乗りかと思ったのですが」


 異変は察知していたようだ。

 が、リスク覚悟で攻略継続を選んだか。

 ミストの眉が八の字になる。

 形だけの微笑。

 彼女の声は頼りなく聞こえた。

 宿っているのは、かすかな叱咤。


「まだまだ私も、見通しが甘かったようです。魔物の群れに少し手こずったあとで休息を取ったのが、攻略速度を遅らせてしまったようですね」


 内なるその感情は、自戒か。

 自分の力不足を責めているようだった。

 ふむ。


「必要ならこの杯、あんたにやろうか?」

「え?」


 ミストが顔を上げる。

 呆然とした顔つき。


「今、なんと……?」

「欲しけりゃやるよ」

「た――対価は、何を?」

「対価?」

「金貨300枚の対価となると、その……今の私が差し出せるものは――」


 視線を力なく下半身へやるミスト。

 腰の剣柄に、そっと手を添える。


「この剣、くらいかもしれません……ですが、この剣に金貨300枚の価値はないでしょう。ハティ殿、対価として何か私にできることはありますか?」


 ミストが胸に手をあてる。

 まるで、誓いを立てる騎士のように。


「私にできることであれば、どうぞ、なんなりとおっしゃってください」


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