独走
赤髪の女が男から話を引き継ぐ。
「弱い魔物も強い魔物も一律に変死してる。それとね、アタシたちはさっきこの下の14層に行ってきた。今回はアタシらが一番に入ったはずだ。いいかい? その誰も立ち入っていなかったはずの14層の魔物まで、変死してたんだよ」
休息前に俺は一度14層まで足をのばしてからここへ戻ってきた。
足をのばした際に14層の魔物も殺している。
なので少なくとも一人は、あの階層に立ち入っているのだが……。
「さっき上から降りてきたばかりの連中も言ってた。外傷も変わったところもない魔物の死体が、そこかしこに転がってるって。で、アタシらが降りてくる最中にそんな死体はなかった」
赤髪の女が続ける。
「要するにだ。このたった数時間のあいだに、遺跡全体に何かが起こり始めたんだよ」
他の傭兵が次々と口を開く。
「新層の方で毒の霧でも発生してるのかもしれないわねぇ。その霧が上までのぼってきた可能性はないかしら?」
「今のところ人間に被害は出ておらんが……時間差で影響が出てくるかもしれんな。遅効性の毒霧も考慮すべきじゃろう」
「竜眼の杯の所有者だった王の呪いなんじゃないか、なんて話も出たよね」
「いずれにせよ、新層発見前にこんな現象は確認されていなかった……」
赤髪の女が腕を組む。
女が仲間たちを一瞥した。
「アタシは剣虎団とこいつらが何より大事なんでね……この不気味な状態の遺跡の先へこいつらを連れて行くつもりはない。心残りはあるが、アタシらはここで引き返す。ひとまずは……ま、様子見さね」
褐色の男が赤髪の女に一つ頷いてから、俺に言った。
「君も他の傭兵と出会ったら、このことをできるだけ教えてやってくれないか? 判断は各々に任せるべきだとは思うが……ひとまず、この異変について知る必要はあるだろう」
「わかりました」
「おせっかいかもしれないけど、きみも早く上へ戻るのをお勧めするわよぉ? なぁに、調査なんてハークレーのおやじの私兵に任せりゃいいのよ。あのおやじ、どうしてもアノ杯が欲しいようだし」
俺は謙虚に微笑んだ。
「お気遣いありがとうございます」
「ところでぇ? きみ一人? 大分、軽装みたいだけど」
この層に一人でいるのは違和感がある、か。
しかも装備は、短剣と小型ハンマー。
「いえ、仲間がいます」
背負い袋を強調する。
「僕は素材用の魔物の解体とか、荷物持ちに近い立場なんです。ただ、魔物から逃げているうちにはぐれてしまったみたいで……気づけば、この階層に」
いざとなればミストあたりの名をあげるか。
が、幸い仲間の名は聞かれなかった。
「あー、アレか。魔物から逃げてるうちに、身の丈以上の階層に迷い込んだパターンか。どうする? おれたちと一緒に上へ戻るか?」
「ありがたいお話ですが、お気持ちだけもらっておきます。このまま仲間を置いていくわけにもいきませんから」
顔を見合わせる傭兵たち。
どうする?とアイコンタクトしている。
「わかった。けど、無茶はするなよ?」
「はい」
「悪いけど、アタシらもあんたの仲間捜しを手伝えるほど今は精神的余裕がないもんでね。ま――酷なことを言えば、赤の他人をそこまで慮る理由もないっちゃないわけでさ」
「いえいえ。異変について教えていただけただけでも、十分です」
剣虎団が立ち去る。
俺は足を14層へ向けた。
ピギ丸が出てくる。
「ピ?」
「ああ、そうだ……話題に出ていた”異変”は、俺がスキルで殺した魔物たちの死体のことだろう」
死体処理や死因の偽装までさすがに手は回らない。
数も多いしな……。
逆に考えれば、攻略が楽になったとも言えるか。
異変の話が上へ上へと広まれば、ひとまず傭兵の数は減るはずだ。
他の傭兵とのトラブルにも巻き込まれにくくなる。
スキル使用を目撃され、不思議がられる心配も減る。
「今の俺にとっては、好都合かもな」
▽
14層を難なく抜ける。
トラップのたぐいもないと聞いている。
俺はそのまま新層が発見された15層まで降りた。
いよいよ輝石のない通路が現れ始めた。
が、大した問題でもない。
廃棄遺跡と比べれば天国といえる。
「こいつもあるしな」
皮袋を出し、魔素を注入。
今は麻袋や背負い袋もある。
なので現在、皮袋の中身は空になっている。
大分持ちやすくなった。
新層部分はすぐに16層へ入るわけではなかった。
地図を確認。
ふむ。
15層から横へ伸びているのか……。
なるほど。
「隠し通路を、見つけたわけだ」
俺は先へ進んだ。
少なくなったとはいえ、この辺りはまだ壁に輝石が埋まっている。
「所々でも、光源があるだけで十分だよな……」
他の人間の気配はない。
さらに奥へ進む。
進みながら地図をほどほどに埋めていく。
まあ、すべてを埋める必要はない。
俺が足を踏み入れた場所だけ記していこう。
マッピングは、余裕のある時だけでいい。
カリカリ
簡易的な書き込みを地図に記していく。
出遭った魔物は――書き込めない、か。
そういえば正式名称が不明な魔物ばかりだ。
「魔物の記述は、諦めるか……」
書き込む間は、ピギ丸が警戒してくれている。
「ピギッ!」
「ん?」
突起が背後を示した。
背後へ向き直る。
バラバラと、魔物が姿を現した。
馬人間みたいな魔物の群れ。
「ヒひィぃィぃェゃャやヤあアあ゛ア゛――っ!」
定石コンボを放つ。
麻痺と毒にかかる魔物たち。
苦戦の気配は、いまだなし。
魔物の死体を背に、歩き出す。
「フン」
物語として見れば現状、山も谷もない。
「文字通り、話にならねぇ」
「ピ」
▽
層を二つ降りた。
17層。
ここはずっと遺跡っぽい景色が続いている。
遺跡ダンジョンという感じだ。
居住エリアと思しき区画を発見。
居住区内の大きな部屋で、貴金属の入った棚を見つけた。
かつての遺跡の住人の持ち物だろうか?
小さめの貴金属類や宝石だけ貰っておく。
背負い袋のスペースは素材用に開けておきたい。
居住エリアを抜け、俺はそのまま先へ進んだ。
未踏エリアなので傭兵らの設えた休憩部屋はない。
いざとなれば、あの居住区を一時的な根城にするか……。
魔素注入で開閉するドアは見当たらなかった。
鍵もかけられない。
だとすると、取れても浅い睡眠だろうか。
などと、考えていたら――
「ん?」
天井が高い通路に出た。
突き当たりへ近づくと、立派な扉が姿を現した。
ここは確実に何かありそうだな……。
疲労度の方は、問題ない。
「……行くか」
ここで足踏みしていても仕方がない。
扉の前に立つ。
両手に力を入れながら、扉を押す。
途中、一気に勢いづけて開け放った。
即座に部屋の外へ移動し、壁に背を預ける。
このまま踏み込んで身を晒すのは危険だ。
一応、観察はしておく。
魂喰いのレーザーの苦い経験があるからな……。
慎重に、部屋の中を覗き込む。
埃っぽい空気。
どことなく神殿風の造り。
輝石が等間隔に配置されている。
黒壁と白光のコントラストが美しい。
人の手によって配置されたのだろうか?
部屋の最奥に人型の竜(としか表現できない)の石像が見える。
大きな石像……。
ん?
待てよ?
人型竜の石像?
祭壇と、人型竜の石像のある部屋って――
「…………」
部屋の奥にある祭壇を見据える。
祭壇の上に、杯が一つ載っていた。
そこはかとなく杯からは威厳めいたものを感じる。
鎮座している、と言ってもいい。
杯の外面に煌めく石が埋め込まれていた。
宝石っぽい石。
爬虫類の瞳を連想させるが……。
つまり、
「あれが、竜眼の杯か?」
どうやら攻略募集の方の目的地に、到達したらしい。




