交渉人ミスト
交渉成立後、ミストと一緒に大通りへ入った。
互いに口数は少ない。
が、問題はない。
買い物につき合ってもらうだけだ。
あくまで一時的な契約関係。
向こうもそれをわかっている。
と、思っていたのだが――
「ハティ殿はどちらの宿に?」
会話を広げにきた。
「…………」
答えない理由もない。
俺は宿の名を答えた。
「あ、同じ宿でしたか」
同じ宿だったのか。
顔は見なかったが……。
行き違っていたようだ。
「金が必要な割には、もう一つの安宿にはいかなかったんだな」
女が苦笑する。
「一人部屋でないと安眠できない体質でして」
「それはいつから?」
「え? その――ずっと、昔からです」
回答に急ごしらえ感があった。
別の理由がありそうだ。
女には相部屋だと困る何かがある。
ピギ丸を隠したい俺と同じように。
とはいえこれ以上追及するつもりはない。
女が、道具屋の看板を指で示す。
「遺跡攻略や旅の道具は、あの店で揃えるのがよいかと」
俺は店に入ろうとした。
が、ミストが動かない。
何か思案している。
「すみません、少しお待ちいただけますか? 確認したいことがあります」
ミストが店の裏手へ消える。
しばらくすると、戻ってきた。
「お待たせしました」
「何を確認してきたんだ?」
「正確には再確認です。ただ――あまり気乗りがしないというか、我ながら小狡いやり方だとは思います。ですが、今の私はハティ殿から交渉役を任された身。役目は、果たさねば」
一々生真面目さが垣間見える女である。
自分に厳しい性格っぽいな……。
「では、入りましょう」
彼女なりに何か思惑があるのだろう。
俺たちは店に入った。
アウトドア用品店を思い出す雰囲気。
独特の木のニオイがする。
ミストが屈み込み、値札を検めた。
「相場よりだいぶ、高い印象ですね」
店主がニヤニヤしながら近づいてきた。
「どこから来たか知らんが、王都と比べたら仕入れも大変なんだ。ミルズで作れない品もけっこうあるからね。例の募集で、傭兵たちの需要も上がってるし」
「その需要を見越していれば、仕入れは万全なのでは?」
やれやれと首を振る店主。
「こっちにもプロの事情があるのさ。素人さんにはわからないだろうがね。この棚の状態を見ればわかるだろ? 予想以上に需要が多くて、在庫の数がないんだ。だもんで、チョコチョコ必死に入荷してる感じさ。わかるかい? だからその価格は、適正な――」
「店の裏手に積まれていた箱のいくつかには、ここに置いてある品と同じ名が記されていましたが?」
「あ、あんた勝手に裏手のアレを見たのかっ?」
「たまたま通りかかった時、目に入っただけです」
「あれは――空箱だよ」
「そうなのですか? 空のわりには、重い空箱でしたが」
「な、何勝手に人様の商品に触れてるんだよあんたぁ!?」
「申し訳ありません。通り抜けようとしたところ、箱が裏手の路地を塞いでいましたので」
「む?」
「失礼と思いながらも、勝手にどけてしまいました」
「ろ、路地を塞ぐ形になっていたのは確かだが……けど人通りなんて、滅多にない裏路地だし……」
「ところで」
ミストが立ち上がる。
「今ほど商品とおっしゃいましたが――空箱に触れただけのわりに、ずいぶんと神経質なのですね?」
「ぬ、ぐっ」
形勢不利の空気になる店主。
次に彼の口から出たのは、ため息だった。
「こういうのに慣れてるっぽいな、あんた」
ミストが表情を和らげる。
「なるべく節約しながら旅をしているものですから」
「わぁったよ。要するに、値下げ交渉だろ?」
「ええ、端的に言えばそうです。もう少し手持ちがあれば、そのままの値でも黙って買ったかもしれないのですが――今は、懐が寂しいもので」
「ん〜」
考え込む店主。
ミストが俺を一瞥する。
「今日は二人分の荷物を揃えるために訪れました。この店の利益には、貢献できると思いますが」
「ちっ、仕方ねぇな……なら、まとめ買いの値引きって名目でどうだ? ただし、条件はつけさせてもらう」
「なんでしょう?」
「今の話は他の傭兵にゃ絶対にバラすな。やり口が知れ渡ったら商売あがったりだからな。ここまできたらバラしちまうが――もう一件の道具屋が珍しく仕入れに失敗して店を閉じてる今が、ウチにとっては稼ぐ好機なんだよ。いいか? もしバラしたら、二度とあんたらにゃこのミルズでウチの物は売らねぇ。他の店にも、厄介な客として噂を流す」
「ええ、漏らさないと誓います」
「よし、交渉成立だ」
ぼやきながらカウンターへ戻る店主。
「ったく、箱はさっさと店ん中に運び込んどくべきだったなぁ……ここんところ儲かるからって、ちょいとたるんでたぜ」
なるほど、品薄商法だったわけか。
今のところ店には俺とミストのみ。
広場からさっさと引き返してきた二人である。
他に客はいない。
まずミストが自分に必要な道具類を買った。
次に俺の道具類を購入。
値引き後の価格は、値札のほぼ三分の一だった。
大分ぼったくろうとしてたな……。
店主が商品を陳列し直し始める。
気持ち多めに並べている感じだった。
露骨に商品が少ないとバレやすいと考え直したようだ。
値札もササッと書き換えている。
俺たちが出ようとすると、店のドアが開いた。
「よし! 買い込むぞ!」
ゾロゾロ入ってくる数人の傭兵たち。
店主がミストへ小さく頷く。
今のは”約束は守れよ”の合図だろう。
ミストも軽く頷き返す。
こうして俺たちは最初の店を出たあと、他の店を回った。
▽
遺跡で必要そうな道具はひと通り揃った。
替えの衣服類。
ベルト。
腰のベルトには、短剣と革製の鞘。
小型のハンマーも購入。
どちらも魔物の素材用である。
皮を剥いだり骨を砕いたりする用途だ。
他には保存食を少々。
食料はいざとなれば皮袋の転送機能がある。
あとは、細々とした道具類。
寝袋も一応購入した。
背負い袋も一つ購入してある。
袋の中のスペースは、大きく二つにわかれている。
片方は魔物の素材を入れられそうだ。
買ったものをもう片方のスペースに放り込んでいく。
まだスペースには余裕があった。
そもそも荷物はそれほど多くはない。
俺は皮袋一つであの廃棄遺跡を彷徨っていたのだ。
食料、水、適当な寝床。
この三つがあれば、基本は生き残れる。
経験者は語る、だ。
「何かと助かった。これは、約束のアドバイス料だ」
銀貨を三枚、ミストに手渡す。
「え?」
両手で受け取ったミストが目を丸くする。
彼女が顔を上げた。
「こんなに、ですか?」
「計算すれば俺は銀貨三枚以上を節約できてる。特に、最初の店で何も知らずに買っていたら大分損をしていた」
銀貨を胸の前で握り込むミスト。
若干、不本意そうな表情。
「お、お言葉に甘えてこの銀貨はいただきます。その……思っていたより助言料が高額だったので、実のところ気が引けてはいるのですが。ここまでの金額を、要求するつもりでは……」
こういう馬鹿正直なところが叔母さんと似ている。
声や言葉遣いは似ていないのだが。
「気にするな」
どうせ所持金の八割はあの四人組から奪った金である。
まだ宝石も残っているし。
「では私はこれ、で――、……?」
フラッ
ミストが倒れ込んだ。
前に出て、彼女を抱き止める。
ポフッ
「…………」
軽い。
人並みの重みはある。
が、軽く感じる。
顔を覗き込む。
目の焦点が微妙に合っていなかった。
「……ぅ」
「大丈夫か?」
ミストが顔を上げた。
「あ――」
ほぼ眼前にミストの顔があった。
間近で見ると、目の下の隈がよくわかる。
「――ッ!」
バッ
慌ててミストが俺から離れた。
細マッチョが触れようとした時を思い出す。
あの時も確か強い拒否反応を示していた。
男に触れられたくない理由でもあるのだろうか?
手早く髪を整えるミスト。
「……ほっ」
ミストが吐息を漏らす。
「大丈夫か?」
「――え?」
「目の下に隈ができてるが、寝不足なのか?」
「え、ええ。よく眠れない日が、続いていまして」
彼女の言葉を思い出す。
『一人部屋でないと安眠できない体質でして』
ミストは個室を選んだ。
なのに、眠れていない。
不眠症?
あるいは、他に何か――
「と、とにかく私は大丈夫ですっ。少し疲労が強く出ただけですので。ご心配おかけしました。では、これで失礼いたします。お役に立てたのでしたら、幸いです」
身を翻すと、ミストは素っ気なく立ち去った。
これ以上の関わり合いを、避けようとするかのように。
「…………」
「ピッ?」
ピギ丸が小さく鳴く。
「ん? これから、どうするのかって?」
「ピ」
俺は再び町外れの広場を目指し、歩き出した。
「当然このまま、ミルズ遺跡攻略開始だ」