姫騎士と呼ばれた女
翌朝。
俺は宿の一階で朝食をとっていた。
今日の服装は昨日取り替えた服と乾いたローブ。
制服は、麻袋にしまってある。
昨夜は久々にぐっすり安眠できた。
頭の方もスッキリしている。
食堂の席は半分以上が埋まっていた。
こんな時間から酒を呷っているやつもいる。
今朝は傭兵っぽい連中も多く目についた。
食事を終えた俺は、宿の主人に尋ねる。
「遺跡攻略の募集の件について少し聞きたいのですが。なんでも侯爵様が、人を集めているとか」
「ああ、ハティ様もやはりそれで来られたのですね。ええ、確かに領主様が遺跡の新層攻略の募集をかけておりますよ。でしたら――」
募集の件について主人が教えてくれた。
今日、ちょうど説明会的なものがあるそうだ。
参加条件は特になし。
傭兵ギルド員だと登録がスムーズな程度らしい。
つまり、俺でも参加できる。
場所は町外れの広場。
早速部屋へ戻ってピギ丸をローブ下に纏い、俺は広場へ向かうことにした。
▽
到着前に広場の位置はすぐわかった。
その一帯だけいやに賑やかだったからだ。
林道を抜けると視界が開けた。
ざっと見て、五十人はいるだろうか。
皆、旅や戦いに慣れている雰囲気があった。
旅人や傭兵と言われてパッと思い浮かぶイメージに近い。
ここがファンタジー系海外ドラマの撮影現場と言われても頷ける。
広場の一角には台が設置してあった。
まるで、イベントのステージみたいに。
あの上で開催者が説明をするのだろう。
「時間のわかる道具を、あとで何か買っておくか……」
時刻の把握は元いた世界と近い感覚でいけそうだった。
十二の時刻に割り当てられた十二の獣。
時を示す各獣が1時〜12時に割り当てられている。
そこへ午前と午後の概念が加わる。
陽の獣が午前を示し、陰の獣が午後を示す。
ただ、こっちの世界の基準で考えると混乱しそうだ。
なので自分の中では日本の時間感覚に思考をセットしておく。
宿を出たのは午前9時半ちょっと前。
主人によると、10時が主催者の指定時間だった。
その時、広場の一角で声が上がった。
「ほっほぉ〜!?」
やや濁った高めの声。
「この場にひどく似つかわしくないお方が一人、まじっていらっしゃるようですねぇ〜?」
ん?
まさか、俺のことか?
「外套なんか纏っていてもわかりますよぉ〜? あんたずいぶんと小奇麗だ。フードから覗く部分だけでも、とんだ美人だとわかりますねぇ? しかも気品まで漂っている。さぞかし名のあるお方なんでしょうなぁ? そんなお方が、どうしてこんなところにぃ?」
違った。
俺ではない。
長身の細マッチョが、細身の女に因縁をつけていた。
「何か?」
あの声……。
細マッチョが耳を澄ます仕草をする。
「おっほぉ!? 声の方もなんとも澄み渡るお声では、あ〜りませんかぁ〜!? ま〜るでぇ――」
見透かした目つきをする細マッチョ。
「どこぞの聖騎士団の、元団長さんみたいだぁ!」
周りがざわつき始める。
「え? まさかあの女、姫騎士セラス・アシュレイン?」
「元々ハイエルフの国の姫さまだっていう噂のアレ?」
「噂じゃ、確かバクオスに占領されたネーアから姿を消したって聞いたぞ?」
「え!? その元団長がこのミルズに!? マジかよ!?」
「バクオス帝国から、多額の懸賞金がかけられてるんじゃなかったか!?」
細マッチョは意図的に注目を集めにかかっていた。
俺は状況を注視していた。
おそらくあれは森で出会ったあの女だろう。
声でピンときた。
が、助けに入る義理はない。
女との間にもう貸し借りはなくなっている。
俺も今は目立ちたくない。
まあそうでもなくとも、手を出すつもりはない。
なぜか?
女には余裕があった。
困っている様子ではない。
沈着そのもの。
ここを切り抜ける目算があるのだろう。
下手に俺が介入すると、邪魔になりかねない。
まあ――
「…………」
ここにいる全員を麻痺させるのは、可能だとは思うが。
細マッチョが、意気揚々と女に詰め寄る。
「実を言うと、僕はかつてネーア聖騎士団の団長さまにお会いしたことがありましてねぇ? それはそれはお美しい方だった。ただ……せっかくこの僕が食事にお誘いしたのに、とぉっても無下に扱われたわけですが!」
「あなたとお会いした記憶はありませんが」
「ぐっ!」
細マッチョがイラッとした反応をみせる。
「そ――そうでした、そうでした。思い出しましたよ。あの時もそんな感じで、お高くとまった態度でこの僕を興味なさげにあしらってくれましたねぇ?」
「…………」
「で、す、が! おかげでご尊顔はしっかり記憶に焼きついているのですよ! 豊かに実った、そのふしだらでけしからん胸もね! バッチリ、記憶している! トボけても無駄ですよぉ!? 哀れな逃亡者と化した、落ちぶれた姫騎士!」
「失礼ですが、人違いでは?」
ニヤニヤする細マッチョ。
「でしたら、お耳の方はどうなんですかねぇ?」
細マッチョが女のフードを得意げに指差す。
「…………」
「エルフは人間と違い耳がピンと尖っている種族! いやしかし、そのふんわりしたフードではお耳の形が確認できない! そう! つまり何かを隠しているのは明白! 明白明白ぅう!」
確かにフードはゆったりとしている。
長い耳をギリギリ隠せても不思議ではない。
「ここにいる皆も知るように、この辺りにはエルフなど滅多にいません! いえ! このウルザ王国での目撃談など最近では皆無に等しいと聞きます! ですがですがですがぁ!? た、と、え、ば! 最近話題のどこぞの国の逃亡者! その逃亡者は、ハイエルフ! ふはは! バカは欺けても、この僕は欺けん! その尖った耳こそまさに貴様が、セラス・アシュレインである証拠ぉぉおおおお!」
細マッチョが女のフードに手をかける。
「なんとも脇が甘ぁい! 甘い甘い甘い! 甘ぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛い―――ッ!」
ガバァッ!
フードが取り払われた。
隠れていた女の頭部が、露わになる。
「どうだぁぁああああ!? 姫騎士の正体を暴いたのは、この僕――”閃光”のモンク・ドロゲッティだぁ! 見よ見よ見よぉぉおお! この尖った耳ぃぃいいいいい゛い゛! そしてこの、並外れた美貌ぉおお! たった一度でも目にすれば、記憶に焼きついて忘れようも――」
細マッチョが、固まる。
「――な、い? え……? え!? あれぇ!?」
女の耳は人間のものだった。
尖ってなどいない。
「…………」
まあ、そうだろうと思った。
俺が森で確認した時もそうだったのだから。
顔が露わになって、答え合わせも済んだ。
やはり森で会ったあの女だ。
あの女も、この募集が目的でミルズに来ていたのか。
細マッチョが青ざめる。
「ば、馬鹿なぁ!? しかも――」
血相を変えた細マッチョが女の顔を凝視する。
「ち、違うぅ!? 顔が、違う!」
女が息をつく。
「ですから、人違いだと言ったはずですが? 私の名はセラス・アシュレインではありません。名は、ミスト・バルーカスです」
女は淡々と、澄まし顔で言った。
「これで、気が済みましたか?」




