廃棄遺跡の調査隊
◇【廃棄遺跡の調査隊】◇
闇色の森を歩く数人の男。
調査隊の一人が足を止め、背後を振り返った。
「あの死体、なんだったんでしょうね?」
隊長も足を止めて振り向く。
「さあな。せいぜい行き倒れの傭兵ってところだろ」
「ミルズへ向かう途中だったんですかねぇ?」
「かもしれん。この森に用があるのは、ミルズを目指す者くらいだろうさ。おれたち以外はな」
隊員の一人の顔色が悪いのに気づく。
ひどく青ざめている。
「あんな状態の死体を見るのは初めてだったか?」
「は……はい……」
死体はひどい有様だった。
数は四つ。
どれも顔が判別できなかった。
獣か魔物に食われたのだろう。
ガタイのよい隊員が腰の剣柄を叩く。
「この森で行き倒れたってことは、大した実力の傭兵じゃなかったんでしょうぜ」
「あの死体、一人も金を持っていなかったよな?」
行き倒れの死体は稀によい小遣い稼ぎになる。
もちろん死体の荷物は漁った。
が、金は見つからなかった。
「野盗にでも遭遇したのかもしれませんね。ここいらにもたまに出るって噂ですし」
「魔物に殺されたあと、他の旅人が死体から盗んだとか?」
「この森の魔物程度に殺されてるようじゃ、傭兵にゃ向いてねぇよ」
「ついに廃棄遺跡の魔物が地上へ出てきたとか?」
「ははは、もしそうだとしたら魔戦騎士団にご足労願わないとな」
「ですなー」
冗談まじりに推理を並べていく隊員たち。
「お、我らが仕事場が見えたぞ」
廃棄遺跡。
見慣れた風景。
今回も変化はない。
当然か、と隊長は思った。
「このたびも異常なし、っと」
隊員が軽口を叩く。
「変化に乏しい仕事ですよねぇ」
「だからいいのさ。よし、いつもの確認をちゃっちゃと済ませるぞ」
「隊長、真面目ですよねぇ」
「仕事だからな」
これは同盟国のアライオン経由の仕事だ。
廃棄遺跡の定期調査。
ウルザとアライオンは互いに手を取り合ってきた。
長らく良好な関係が保たれている。
この仕事につけてよかった。
隊長は強くそう思っている。
まず金払いがいい。
なのに仕事内容はといえば、楽なものだ。
背負い袋から魔導具を取り出す。
魔法の水晶。
女神ヴィシス手製の魔導具だ。
長年この調査隊に受け継がれてきた。
遺跡の壁沿いに歩く。
なんの変哲もない壁の一部を押す。
ガコッ
窪みが出現した。
腕が入る程度の幅を持つ細長い穴。
穴に水晶を近づける。
黒水晶。
これが白金色に変わるのを確認すれば仕事は終わりだ。
変色する原理はわからない。
が、理由を調べる気などない。
楽な仕事。
調査隊の誰もが喜んでその楽さを享受している。
廃棄遺跡がどういう場所かは知っている。
けれど興味はない。
誰がどこへ送り込まれようと関係がない。
自分の人生とは無縁の話。
危険と縁のない楽な生活ができればそれでいい。
変化は望まない。
皆、その楽さに慣れ切っていた。
自分もそうだ。
面倒事などまっぴらごめんだ。
この楽で金払いのイイ仕事をずっと続けていたい。
「ん? あれ?」
「どうしました、隊長?」
「色が変わらない」
黒水晶がピクリともしない。
いつもは穴の奥の何かが白金色に光る。
それと呼応するように、手もとの水晶も変色するはずなのだが。
「隊長! こ、これって――」
「ああ」
隊長は真剣な目つきになった。
渋い表情で、口もとに手をやる。
「ついにこの水晶も、寿命だな」
「女神手製の魔導具にも寿命はあるんですねぇ〜」
コツッ
指先で水晶を小突く。
「新しいのと、換えてもらわないとなぁ」
「となると、戻ったらアライオンに報告ですか?」
「いや――」
隊長は一拍置いて答えた。
「半年後の定期報告の時にまとめて伝えればいい。その時に交換してもらおう」
「いいんですか?」
「こういう報告はアライオンまで話を通すから手続きが面倒なんだ。自国だけの話なら手続きも楽なんだが。あと、おれはどうも文書官どもが苦手だ」
「あーわかります」
調査隊は遺跡から立ち去る準備を始める。
「ま、今回の報告書もいつも通り”異常なし”でいいだろ。実際、変わったところはなかったわけだし」
「実はこの廃棄遺跡を生きて出た人間がいたりしませんかねぇ~」
「ははは! そいつはありえねぇよ!」
冗談を笑い飛ばすと、隊長は遺跡の方を振り向いた。
「ここを生きて出た人間の話なんか、過去の記録を調べても一度としてない」
生存率ゼロの廃棄遺跡。
変化など、あろうはずもない。
役目を果たさなかった水晶をベルトの革袋にしまう。
「楽な仕事だよ、まったく」




