世界に名を馳せしバケモノたち
「領主さまの例の呼びかけで、ミルズもまた賑やかになってきたなぁ」
「近隣から傭兵たちが押し寄せていやがる。宿のおやじどもは今が稼ぎ時だろう」
「ミルズ遺跡の新層発見は土地に活気を生むからな」
これまで得た情報を並べていく。
領主。
傭兵募集。
遺跡の新層発見。
領主が遺跡ダンジョンの攻略を傭兵に依頼する感じか。
傭兵がミルズに集まっている理由はこれのようだ。
ここにも”遺跡”か……。
過去に滅んだ文明でもあったのだろうか。
話を聞くにダンジョン化しているようだが。
「ところでよ」
近くの席で別の話題が持ち上がった。
三人組の男が座っている席だ。
「あの話、聞いたか?」
「なんの話だよ」
「ハイエルフの姫騎士の話」
「ハイエルフ? それってエルフとは違ぇのか?」
「似たようなもんだろ。少なくとも、ダークエルフよりは一緒くたにしていいはずだ」
エルフは実在しているのか。
ダークエルフもいるようだ。
「とりあえず耳が尖ってりゃ全部エルフでいいさ」
「ま、細かい違いの話はどうでもいいんだよ」
男が話を仕切り直す。
「でな? ネーア聖国の王都から消えた噂の元騎士団長ってのが、実はハイエルフの国の姫さまらしいんだよ。傭兵の間じゃそこそこ有名な話みたいなんだけどな?」
「わかんねぇなぁ。エルフのお姫さまが、なんたって人間の国で騎士なんかやってたんだ?」
「理由なんざ知らねぇよ。で、そのエルフの姫君に懸賞金がかけられたって話らしい」
「けどだからどうしたってんだよ? 話の筋が見えねぇよ」
「いや、実はその懸賞金の告知に添えられた似顔絵ってのが大層な美人でよぉ? うちの連れと同じ生物とは思えねぇんだ」
「へぇ!? ど、どんな顔だった?」
「傭兵ギルドに行けば見れるぜ」
「よっしゃ、あとで拝みに行くぞ!」
「いや、今の傭兵ギルドは例の募集目当てで集まった連中でごった返してるからやめとけ。あいつら、ガラの悪いのも多いからな。因縁つけられたらたまらねぇ」
傭兵ギルドか。
やはりあの書状マークの建物がそうか?
傭兵に仕事を斡旋する組織といったところか。
護衛とか。
魔物退治とか。
思い返せばガヤガヤ賑わっていた。
建物の外からでもわかるほどに。
戦い慣れしてそうな人間の出入りも多かった。
「しっかしエルフってのは、幻術の結界を張って人里離れた場所に隠れ住んでるのが大半って話だろ? 実物には滅多にお目にかかれるもんじゃねぇよなぁ」
「男も女も目ん玉が飛び出るほどの綺麗どころが揃ってるって聞くぜ?」
「奴隷商なんかは目の色を変えて欲しがるって聞くよな」
「ちなみにエルフって強ぇのか?」
「なんでも精霊の力を借りて戦うんだと」
「セイレイ? なんじゃそりゃ」
「気味が悪ぃな」
酒の席はいい。
気と一緒に声も大きくなる。
おかげで内容を聞き取りやすい。
会話も饒舌になる。
酒飲みの実の親がそうだった。
やはりこういう場所は情報収集に適している。
俺自身は、酒は飲めないが。
「そういや大魔帝の話は聞いたか?」
大魔帝。
世界を脅かす例の邪悪とやらか。
そいつのせいで2‐Cはここへ呼び出された。
「傭兵どもの間でも噂になってるな。北の大誓壁が落ちたんだろ?」
「驚いたよなぁ。こっちは大丈夫なのか?」
「なぁに、所詮は遥か北の話さ」
「けどよ、このまま南下し続けて……たとえば、大遺跡帯の魔物と合流なんかしたらヤバくないか?」
「安心しろって。こういう時はあの女神ヴィシスがいるアライオンも動くだろうし、この大陸には各国にバケモンみてぇな騎士団や軍隊が揃ってるだろ?」
クソ女神の名前が出た。
やはり有名らしい。
「まぁな。そういや、どこが一番強ぇのかな?」
「狂美帝ファルケンドットツィーネの擁する”輝煌戦団”も、戦じゃ負けなしで有名だよな」
「大誓壁を失ったといっても、北のマグナル王国には白狼騎士団がいるだろ?」
「西のヨナト公国にゃ”殲滅聖勢”もいる」
「うちのウルザ王国にだって、魔戦騎士団があるぜ」
「とはいえ」
「ああ」
三人が同意を示す。
「大陸最強はやっぱり、バクオス帝国の黒竜騎士団だろうな」
「異議なし」
「”五竜士”だけで一国級の戦力だって聞くぜ? 五竜士の中には”人類最強”や”勇血殺し”もいるんだろ?」
「黒竜騎士団と大魔帝との戦いかぁ。男としちゃ、やっぱ興味が湧くよなぁ」
「そういえばさっき話に出てた姫騎士がいたっていう聖騎士団が、ネーア聖国だったよな? あの聖騎士団もなかなか評判だっただろ? 女だけで構成されてるってので有名だったし」
「ネーアはバクオスにあっさり降伏しちまったからなぁ」
「今、バクオスの領土はこのウルザのすぐ隣だろ? おれたちは大丈夫なのか?」
「バクオスとは確かアライオンを間に挟んで平和協定を結んでるはずだ。大丈夫だろ」
「アライオンかぁ。噂に聞く勇者召喚はもうやってんのかねぇ?」
「あそこは他国へ情報を出したがらないことで有名だからな。もう異界の勇者を抱え込んでいるのかも」
男の一人が骨つき肉を陽気に齧る。
「大丈夫だ! 酒とウマい肉さえあれば怖いもんなんざ何もねぇ! 勇者や大魔帝だって、ウマい酒と肉の前では無力のはず!」
「その通り!」
「お国は滅んでも、酒は滅びぬ!」
「よく言った!」
「かんぱーい!」
「うぇーい!」
勢いづいた男たちが酒をグビグビ呷る。
最強談義をしている際も彼らは飲み続けていた。
かなり酒が回ってきている様子だ。
呂律の方も一緒に回らなくなってきている。
他の客もそんな感じだった。
耳を引く情報も、そろそろなくなってきたか。
「…………」
情報収集を打ち切って、俺は部屋へ戻ることにした。
二階へ上がる。
初耳の国名をいくつか知れたのはよかった。
まあ、アライオン以外の騎士団やら何やらは俺とは関係がない。
現状、重要な情報ではないだろう。
ここでも酒の肴になる程度の話題のようだし。
「旅の道具を揃えて、明日にはミルズを発つか……」
今夜はこのまま休むとしよう。
と、俺は廊下で立ち止まった。
「待てよ?」
ずっと引っかかっていたものの正体。
思い出した、かもしれない。
急いで部屋に戻る。
「――っと、その前に」
持ち込んだ夕食の一部をピギ丸にやる。
「ピユ、ピユゥ〜♪」
ピギ丸は喜んで食べ始めた。
「で――」
手早く皮袋から『禁術大全』を取り出す。
ベッドに腰掛け、ページを捲る。
紙面に指先を滑らせる。
指先が、停止。
「……あった」
前に一瞬だけ目にしていたのだろう。
頭の片隅にこの記憶の断片が残っていた。
だからずっと、引っかかっていたのだ。
おそらくはあの女が森でその名を口にした時から。
すぐに気づけなかったのは”第一”ではなかったからか。
意識が一番目の実験にだけいきすぎていた。
『魔物強化剤の素材』
『スケルトンキングの骨粉を用いた強化剤の作成』
『スライム→有効』
『第二実験に使用』
『スケルトンキング生息地リスト』
『ミルズ遺跡(深部)』