送還を告げし女神
次は――高雄姉妹の退室を見送った鹿島が、その顔を俺の方へ向けた。
「なんていうか……召喚されてから今日まで、聖さんはずっと”聖さん”って感じだったよね。あ、もちろん元の世界にいた頃と比べてかなり話しかけやすくなったなぁとかは、思うんだけど……」
「俺からすると、鹿島もけっこう変わったように見えるぜ?」
「そ、そうかなっ? でもわたしからしたら三森君も――ぱっと見の印象とか、かなり変わったかも……?」
「俺の場合は、こっちが本性って感じだがな」
「あ、でもね!? どっちの三森君も、わたしはちゃんと”三森君”だと思うよっ!?」
すると鹿島が、どこか複雑そうな笑みを浮かべる。
聞こうかどうか躊躇しているみたいな――
”でも、勇気を出して聞いてみようかな”
そんな、表情だった。
「――ねえ、三森君。あなたは……人って、変われると思う?」
「十河の話か?」
「ううん。その……もっと広い話、かな」
「……どうだろうな。俺は人間の本性――本質ってのは、やっぱりそう簡単には変わらねぇと思うぜ。根っこの部分ってのは、特にな」
答えると――鹿島の微笑みが、さらに複雑そうなものへと変化した。
「……なんか、変な回答だったか?」
「あっ! ご、ごめんっ……ううん、違うの! その、ね――」
鹿島は、くすっ、と笑みをこぼした。
「浅葱さんと同じ答えだな、って」
「ま……あいつもこっち側だろうしな」
鹿島は生前の浅葱と、
”人は変われるか?”
そんな話をしたことがあるのだという。
「といっても九割以上、わたしが浅葱さんの話を聞いてただけなんだけどね……」
あはは……、と苦笑し頬を指で掻く鹿島。
ちなみに浅葱は、こう言っていたそうだ。
『は? 変われるわけねーじゃん。自己啓発系の本とかセミナーみたく、一瞬だけ”自分が変われた”って錯覚するだけだよ。悲惨なニュース見て心を痛めた数分後には、楽しい楽しいショート動画でケラケラ笑ってるみたいなもんだ。何があっても人間の本質なんて、変わんないよ。じゃあ小鳩はさ、たとえば元の世界とかにいる、他責と自分が気に入らないものへの文句しか取り柄がないような自己愛性パーソナリティ障害系クズどもが、自分のクズさに真摯に向き合って、まっとうに更正すると思う? 自他境界が曖昧で被害者意識だけ高い共感能力の欠如した妄想系クズとか、搾取や性犯罪を繰り返すサイコパスどもが本気で心を入れ替えて、生まれ変わると思いますカ? いいや――無理だね。そういうアホどもって、そもそも自分がクズやってるって自覚がねーの。どこまでも自分にだけ甘ぇーの。だからさ、変わんねーんだワ。いや――変われねーんだ。そういうアホは”自分は変わる”とか思っても、ちょっと時間が経てば十中八九、いずれ同じこと繰り返すぜ。だからポッポちゃんもさぁ、お花畑も大概にしな?』
「…………」
言いたいことは、わからなくもないが。
……それはそれでネガティブすぎねぇか、戦場浅葱。
しかもそれって、邪悪の側の話しかしてねぇじゃねーか。
――いや、想像はつく。
たぶん鹿島がその場で理想論的なことを言った。
それに苛ついて、そこまで言ったのだろう。
つーか……
「鹿島おまえ……浅葱がその時しゃべった内容、よくそんな一字一句覚えてるな……」
「あ、あはは……浅葱さんの考え方や視点は、わたしにはすごく強烈だったから。あ、でも完全に正確かまでは自信ないよ……?」
だとしても普通、そこまで覚えてないだろ……。
鹿島が、懐かしむ顔をする。
「もしかしたら浅葱さんの言葉について、わたしがずっと考えてたからかもしれない。浅葱さんの世界に対する考え方とか視点って、今までのわたしの中にはなかったものが、たくさんで……」
過去を振り返るように、目を閉じる鹿島。
「わたしね――小説とかが、好きで。自分の中にない価値観とか人の感性に触れるのが、楽しかったんだと思う。ほら……わ、わたしって引っ込み思案でしょ? でも……創作物の世界は、そんなわたしでも安心して誰かの価値観や感性に触れられるから……浅葱さんとの会話も、意外とそんな感じだったのかも……」
だから――
浅葱との会話もそんなに嫌ではなかった、ってことか。
鹿島小鳩は、気弱な少女という印象が強い。
実際、気弱な面はあるだろう。
けど同時に……妙にメンタルがタフな面も、ある気がするんだよな。
「三森君、それでさっきの話だけど……わたしはね、人って――変われると思う」
「……少し詳しく、聞いてみたい」
ありがとう、と鹿島は礼を述べた。
そして、
「ステータス、オープン」
なぜか、ステータスを呼び出した。
もちろん仕様上、俺には鹿島のステータスは見えない。
「これって、明確に分類すると”ステータス”と”スキル”に分かれてるよね?」
「だな」
「わたしね、このMPとかのステータスの方は人間の基礎……つまり変えようがない本質とか本性、根っこみたいなものだと思うの。数値が上下したりはするけど、根本を変えることはできない。勇者のランクもそう。わたしの知る限りだけど、誰一人ランクそのものが変化した人はいなかったはず。ランクは、そうだね……たとえば、浅葱さんが言ってた”親ガチャ”ってものに、近いのかも」
”親ガチャ”
ある時期から主にネットで使われ出したミーム的ワード。
曰く、人生は親がアタリかハズレかですべてが決まる。
たとえば、親が金持ちかどうか。
身体的特徴を左右する遺伝子が優秀かどうか。
脳の特性の傾向や病気的因子に問題がないかどうか。
子どもを虐待するような親か、どうか。
これにハズレると、親ガチャ失敗の負け組で。
アタリだったら勝ち組として、楽しい人生が待っている。
親のランクが低ければ――人生は終わり。
確か、そんな考え方のことだったと思う。
「で、勇者ランクも同じ……変えようのない身分格差みたいなもの、ってことか」
だけどね、と鹿島。
「ランクなんて、実はあんまり意味がないんじゃないかとも思うの。だって……たとえば浅葱さんは、ランクでは上級勇者じゃなかったけど、すごい固有スキルを覚えたでしょ? それに……ランクの高かった人が、必ずしもこの世界で苦しまなかったわけじゃない……と、思うの」
「なるほどな」
確かに。
客観的に見れば、この世界で上級勇者がすべて上手くいったわけではない。
逆に、力を下手に得たからこそ苦しんだり破滅したヤツもいる。
「それで、またさっきの変われるかどうかって話に戻るんだけど……ステータスやランクみたいなものは、根本的には変えようがない。でもね――スキルはまた、別だと思うの」
思い当たる節は、なくはない。
俺は記憶を整理し、
「確かにスキルのレベルアップは……ステータスが上がるレベルアップの方と、連動してたわけじゃなかった」
樹とかの他の勇者の話を聞くと、さらに妙な性質がある。
追い詰められた時や――思いが強く、湧き上がった時。
それに応えるように進化したり、新スキルを習得したりする。
使用回数やステータスのレベルとも相関関係はあったかもしれない。
ただ――規則性が、なかった。
鹿島はそこで、祈るような微笑を浮かべた。
こうであってほしいと、そう願うような。
「浅葱さんや三森君の言う”変われない”っていうのは、きっと基礎ステータスの方の話で……でもわたしたちは、それ以外に新しいスキルを覚えたり、そのスキルで試行錯誤したり、持っているスキルを磨いたり……そういう部分でなら、変われるんじゃないかな――って」
「――――――――」
「だから浅葱さんや三森君の言ってることも、間違いではないんだと思う。わたしだってやっぱり、根っこのところは変わってないと思うし。でも……根っこの上にある木や、その木の枝の蕾や花は――変わることだって……あるんじゃ、ないかな?」
と、そこで鹿島がハッとする。
浸った感じが照れ臭くなったのか。
あせあせして、鹿島は謙遜気味な苦笑に切り替えた。
「あっ……も、もちろんたとえ話っていうか……わたしの、勝手な解釈なんだけど……」
……もしかすると。
今みたいな感じで鹿島が何か言うと、浅葱は苛ついたのかもな。
けど俺は、そこが浅葱と違うところかもしれない。
変えられないランクによって、人生のすべてが決まる。
けど鹿島の考えだと、それはすべてじゃない。
変えられないものと――変えられるものがある。
「鹿島」
「う、うん……」
「そいつは――盲点、だったかもしれない」
「え?」
俺は、ふっ、と素直に笑みをこぼす。
「なんつーか――すげぇな、おまえ」
「えっ!? そ、そうかな……っ? 三森君にそんな風に言われるなんて……へ、変な感じ……かも……あはは……」
低ランクとされながら、固有スキルを覚えたD級勇者。
そして、あの戦場浅葱という怪物との会話を”学び”とした勇者。
鹿島小鳩は――案外、侮れないヤツだった。
「あっ」
ぎょっとする鹿島。
「じ……時間っ! そろそろ、わたしも行かないと……っ」
それじゃあ、と。
俺に背を向ける鹿島。
そして鹿島は、背中をこちらへ向けたまま言った。
「……三森君がこっちに残ってくれるなら、浅葱さんも寂しくないかもね。でもわたしは……浅葱さんがいないのが、ちょっとだけ寂しい。こうして普通に話せるようになった三森君と、しゃべれなくなるのも。と、いうわけで……わたしも、樹さんがイヴさんに言ったみたいに、まださよならは言わないでおくね? だから……」
鹿島は腰の後ろで両手を組み合わせ、ふわりと振り向いた。
「また……いつか、どこかで会えるといいね――――三森灯河くん」
鹿島小鳩が残したその笑みは、ようやくの春の訪れを感じた蕾が、今まさに開きかけている――ひとつの変化を感じさせるような――そんな、微笑みだった。
▽
その場所は、エノーの王城の中に存在している。
かつて俺たち異界の勇者が召喚された場所。
今や郷愁的な懐かしさすら感じる。
あそこの階段を降りた先で、俺は廃棄された。
召喚されたその場所には今、2-Cのクラスメイトと担任がいる。
服装も召喚された時と同じ。
まあ……召喚された時から何人か、減ってはいるが。
この場にいる女神も違う。
担任の柘榴木が、ぺこりと頭を下げた。
「こ、このたびは……大変にご迷惑を……ご、ご迷惑? ご迷惑で、い、いいんだよな十河? 変じゃないよな?」
「謝罪の導入としては、特に問題ないと思いますけど」
「そ――そうかっ……ええっと、無事に自分と、このクラスの生徒たちを元の世界に戻してくださるそうで……感謝を――感謝、しておりますっ」
そう言って、並んで立つテーゼとロキエラに再び深々と頭を下げる柘榴木。
テーゼが口を開き、
「感謝を述べるのはわたくしたちの方です、センセイ。むしろヴィシスへの監督が行き届かず、こちらこそご迷惑をおかけしました」
テーゼの謝罪に柘榴木は一層、恐縮する。
「い、いえいえ! とんでもございません……! もう、わたしなどはこうして五体満足で帰れるだけでありがたいというか――あ、いや……亡くなった生徒たちもいるのに、そんなことを言ったら……だめな気も、するのですが……」
女神二人を前にした柘榴木は、異常なほど怯えている。
この城でヴィシスから受けた仕打ちがよほどトラウマになったのだろうか。
「…………」
”先生については、記憶を消さない方がいいかもね”
みたいなことを、聖が冗談めかして言っていたが……。
あながち的外れな意見でもないのかもしれない。
ちなみに俺は先日、柘榴木から直接謝罪を受けている。
ただ、なごやかな空気の和解という感じにもならなかった。
柘榴木が俺にもすっかり怯えてしまっていたからだ。
テーゼやロキエラが俺のバックにいるとでも認識しているからか。
どうも俺の機嫌を損ねたらまた同じ目に遭うと思ったらしい。
そんな柘榴木から謝罪を受けても、いまいち実感は薄かった。
まるで、見知らぬ別人から謝罪を受けているような感じで。
というか――柘榴木のことは、どうでもいいと言えばどうでもいい。
「…………」
俺は今、送還の儀の執り行われる場を高い位置から見おろしている。
角度的にあの場からは見えない物陰。
聖たちには、送還の儀に俺が直接立ち会わないことは伝えてある。
正直、クラスメイトの連中も気まずいはずだ。
今日に至るまでクラスメイトの何人かからも謝罪を受けている。
が、柘榴木ほどではないにせよほとんどのヤツが過度に緊張していた。
おそらく――俺が柘榴木に感じたのと同じ。
あいつらもやはり俺が別人のようで、まだ妙な感じなのだろう。
そういう事情もあって、送還の儀にはあえて立ち会わないことにした。
聖たちと先んじてあの部屋で会ったのは、そういう理由もあった。
そもそも、
『さすがにないとは思うけど、万が一にも間違って一緒に送還しちゃったら大変だからね』
ロキエラがそう言い、あの場での見送りは神族二人だけとなった。
神族は次元軸の異なる世界に転移できない。
試みるにしてもまずヴィシスの研究を完成させる必要がある。
いや、完成したとして確実に行ける保証もない。
しかし――ゆえにテーゼとロキエラにはその”万が一”が起こらない。
その時だった。
「あの、十河さん……三森君が、いないみたいなんだけど……」
恐る恐る十河に聞いたのは、南野萌絵。
「実は三森君だけ、あとから遅れて帰還することになってるの」
「え? そ、そうなんだ……?」
「三森君はまだこっちの世界でやるべきことがあって……そうですよね?」
十河が話を振ったのは、テーゼ。
神族組にも俺のことについて、話は通してある。
「わたくしたち神族としては、もう少しだけこちらの世界で彼に手伝って欲しいことがありまして。ですがそれが終わったら彼も戻りますので、ご安心を」
記憶を残す四人以外の記憶は消える。
だから戻ったあと”三森灯河が戻ってこない”と疑問に思うことはない。
「というわけだから、安心して」
十河が南野にそう声をかけた。
「そ、そっか……そうだよね……三森君、すごく活躍したし……こっちの世界の人たちにも、すごく頼りにされてるみたいだもんね」
南野は、納得した様子だった。
ちなみに周防カヤ子は十河の横にぴったりくっついている。
……すげぇ距離が近くなってんだよな、あの二人。
で、もの凄くこの場で浮いてるのが――
「ていうかイインチョ……桐原って、この氷漬けのまま戻るわけ?」
そう疑問をぶつけたのは、元桐原グループの室田絵里衣。
十河は”氷はなくなるそうだから安心して”と答えた。
室田は歯にものが挟まったみたいな顔で、
「てか、このまま桐原と元の世界に戻っても……以前みたいにはもう……正直、きついかも……」
室田たちは、記憶が残ると思っている。
だからああいう不安が出てくるのも頷ける。
他の生徒もなるべく桐原を意識しないようにしているようだ。
というか……画としてはシュールでもある。
生徒の集団の背後に、ぽつんと氷漬けの桐原が直立している。
すると、テーゼが言った。
「ではそろそろ――送還の儀を、執り行いましょうか」
ロキエラが続く。
「みんな、忘れ物はないかな!?」
召喚時の荷物はほぼすべて、送還陣の中におさまっている。
ちなみに直前には身体検査と荷物検査が行われている。
こちらの世界のものを元の世界に持ち込ませないためだ。
根源素で次元の歪みは矯正できるようになっている。
が、念のためそこは慣例に従うらしい。
まあ変なものを持ち帰って元の世界で、
”古代のオーパーツ発見か!?”
みたいになっても面倒だろうしな……とは思う。
「――――――――」
テーゼが詠唱を始め――青白い光が、床に術式を奔らせる。
転送陣が、描かれていく。
「本当に……戻れるん、だよね……?」
中には不安を漏らす生徒もいる。
召喚された時は突然だったからな。
クラスの連中はいよいよ帰還する実感が湧いてきたのか、
「も、戻ったらまず……何しよっかなぁ」
「見逃したアニメあるかもっ……ていうか、どんだけ経ってんだろうな?」
「お父さんもお母さんも、心配してるだろうな……会いたいな……」
「日本食、食べたい!」
「スキンケアしまくりたいっ」
「……戻ったあと、桐原と話したくねぇ」
「死んだやつらの葬式って、どうなるんだろ……」
帰還後のあれこれについて、口々に並べ立て始めていた。
□
……、――叔父さん、叔母さん。
戻ることを選べなくて、ごめん。
ただ……あなたたちと出会えたことが――
俺の人生で最大の”アタリ”だったと、そう思います。
心から、そう思います。
だから……ありがとう、ございました。
できれば俺のことは、いつか忘れて――
どうか平穏で……楽しく、幸せな人生を。
……ま、簡単に忘れるような人たちじゃないってのは――
なんとなく、わかってるんだけどな……。
……………………、
二人のことが――――大好きでした。
▽
聖がこちらを見上げているのに気づく。
気配は押し殺してるつもりだったが……
最後まで、抜け目のないヤツだ。
口端を緩め、俺は軽く手を挙げて応える。
――じゃあな。
聖は俺に微笑みを返すと――ほんのわずか、頷いた。
やがて白い光が迸り……空間を、包み込む。
―――――― ………… ――――――
……そうして、光がおさまる。
転移陣の上には――もう誰も、いなくなっていた。
何も、残っていない。
テーゼとロキエラだけが並び、転移陣の前に立っている。
「……行ったか」
静まり返った空間。
あいつらの存在が一瞬、夢か幻だったかのようにすら思える。
それほどまでに今、ここは静かだ。
さっきまであいつらがいた場所を、しばらく眺めていた。
やがて……俺は静かに、その場をあとにした。




