選ぶべき道は
……途中で勘づいた?
いや――違う。
「聖、おまえ……話したな?」
余計なことを。
しかし聖は悪びれた様子もなく、俺を真っ直ぐ見て答える。
「ごめんなさい。私から、事前に話しておいた方がいいと思ったの」
「それは――」
おまえがすでに知っていて、十河にずっと隠していたと。
小山田の死を知りながら――黙っていたと。
十河にそれを知られることになるわけで。
”嘘をつき、黙っていたのは俺だけでいい”
事前にそう、言っておいたのに。
……まったく。
余計なことを――しやがって。
おまえまで無駄に悪者になる必要は、ないだろうに。
「十河さんが三森君に会う前にある程度、気持ちの整理をつける時間があった方がいいと思ってね。それに……」
聖は十河へ視線をやって、
「今の十河さんなら大丈夫だと思ったの。意識が戻ったあと話してみて……今の彼女なら大丈夫だと、私が判断した」
俺は――ため息をつく。
「他でもない高雄聖にそう言われちまうと……こっちも、なかなか反論できないんだがな」
桐原戦やヴィシスの件でその分析力に助けられた身としては、な。
「三森君」
十河が口を開いた。
しかしまだ十河は、俯いたままだった。
「私宛ての……安君の動画を見たわ。あなたは――救っていたのね。正体は隠したままだったけど……安君の、命を。あるいは、それ以上に大事なものを救っていた。あんな安君……私、初めて見た」
ふふ、と力なく笑う十河。
「実は最初、誰だかわからなくてちょっと混乱しかけたくらいで……でも……変わることって、あると思う。私も――少しだけど、変われたと思うから」
十河が顔を上げ、俺と、正面から向き合う。
「初めは安君が死んだのを知って、とてもショックだった……本当に。でも、動画の中の安君が……すごく、なんていうか……満たされた顔をしていて。第六騎兵隊にやられたっていう傷も、まだ生々しく残ってるらしいのに……死を、受け入れてるような様子なのに……なんでこんな風にいられるんだろう、って。だから……彼の選んだ道を否定するのは、違う気がして。うん……だからね、やっぱり安君は――救われたんだと思う。あなたに救われたことで――救われた。もちろん生きて、また会いたかったと思う……でも、彼の――」
十河は背筋をのばして座ったまま、
「安君の選んだ道だけは、否定したくないと思った」
「……そうか」
「三森君、聞かせてほしいの――小山田君を殺すに至るまでに、何があったのかを」
「――――――――」
そう、きたか。
「まず、話を聞きたいの……私は自分で勝手に決めつけて、それで、みんなに迷惑をかけたから。聖さんはヴィシスの巧みな洗脳技術のせいだって言ってくれるけど……でも、私の引き起こした迷惑自体が消えるわけじゃない。私がただ――弱かっただけ。見たくないものを、見ようとしなかっただけ。自分が傷つきたくなかったから。私は……逃げていただけなの。それにあの頃、私は聖さんに頼りすぎていた。自分で決めていたようでいて――流されていた。楽な方に。私が駄目だったの」
……なるほど。
確かに――違うらしい。
今の十河は、何かが。
「わかった」
俺は頷き、
「小山田を俺が殺すに至った経緯を――話そう」
俺は、その経緯を話した。
今回セラスを同席させなかった理由は、ここにもある。
あいつにとっては――思い出すのが辛い記憶だろうから。
十河は、黙って真剣に聞いていた。
言葉を挟みもせず。
聞き終えたあと、しばらく感情を整理するような間があった。
やがて十河が――沈黙を破る。
「それは……三森君の立場だったら殺そうと思うのも、無理はないのかもしれない。小山田君は――三森君の目から見て、どうだった?」
俺は、即答する。
「救いようのないクズにしか、見えなかった」
十河は視線を手もとに落とした。
それから数拍あって、話し出す。
「私だったら……小山田君から少し、話を聞いてみたかったかな。あなたと同じ立場にあって、そのあと手をくだすとしても。もちろん……そんな余裕はなかったかもしれないし、いらぬリスクを残しておくことになるかもしれない。その場にいたあなたからしたら何を悠長なことを、と思うかもしれない。それでも――私だったら小山田君が”そう”なってしまった経緯を……理由を、知りたかったと思う。理解を……試みたいの。私は多分――救うに値しない邪悪だと自分の中で完全に納得できてからじゃないと、手を下せないタイプの人間だと思うから」
でもね、と十河。
「私は、あなたを否定もしない」
「……あえて聞くが、いいのか? 俺はおまえにとっての”守るべきクラスメイト”を殺した。やろうと思えば、拘束で済ませる手もあったかもしれないのに」
「それはもう”かもしれない”の話でしかないから……過去に戻って結果を改変できるわけでもないし、それ以前にね……私には、今ここであなたを糾弾する資格もない。私だって……人を殺してるから。あるいは――あなた以上に、許されるべきではない殺しをしている」
「十河さん、それは――」
「いいの、聖さん」
何か言いかけた聖を止め、十河が続ける。
「ミラ帝国との戦いに参入した時、私はなるべく相手の命を奪わないように戦った。だけど――私の周囲で起きている”殺し”を止めるまではできなかった。いえ……しなかった、とあえて言うべきかもしれない。味方の戦況を私が優位にすることで、味方はより多くのミラの兵士を殺した。いいえ――私が手加減できたと思い込んでいただけで、中にはそのまま死んだ相手だっていたかもしれない……いえ、いたに違いないの」
三森君、と。
十河は目をそらさず言う。
「だから私だって、誰かを殺してる。あるいは――小山田君よりも、善人だったかもしれない人たちを」
「……だから俺を糾弾する資格はない、か」
「ええ。それに……三森君は小山田君を殺したけど、安君の命を救ってもいる。彼は結局、死んでしまったけど……蠅王ベルゼギア――あなたに、とても感謝していた。あなたのおかげで”見つける”ことができて……そして、救われたと言ってた。いいえ、安君だけじゃない。あなたは――私なんかよりも、たくさんの人をこの世界で救っている」
十河の話は。
筋が通っているように聞こえるし――
若干まだ微妙にまとまらず、絡まり合っている風にも聞こえる。
ただ……
「三森君には三森君の道が……私には、私の道がある。考えの違う人がいても……生き方の違う人がいても、私たちはそれでも進んでいくしかないんだと思う。すべてが私の思い通りになる世界なんてものもない――だからこそ相手を理解して……せめて理解する努力をしてから……私は、自分の道を決めたい。もし理解できなくても、結果が変わらずとも……すぐに決めつけることはせず、理解する姿勢を見せたい。こうやって――目をそらさず……一度、ちゃんと話し合ってみたいと思うの。そうして……見極めたいと、思う」
変わった。
これは、確かだ。
十河綾香の中で何かが変わった。
話が――通じるようになった。
しかし同時に”らしさ”までは、失っていない。
「……フン」
たとえば、
”ええ、あなたが小山田君を殺したのは大正解だったと思うわ!”
自分はもう完全無欠に生まれ変わったのだとか言って――
十河がもしそんな風に言ったとしたら。
俺が小山田を殺したのを、そんな風に肯定したら。
そんなのは――”十河綾香”じゃ、ないだろう。
今の十河にはちゃんと邪悪の存在が見えている。
見ようとしている。
だから”理解を試みたい”なんて言葉も出てきた。
悩み、葛藤し……それでも目をそらさず、先へと進む。
今の十河綾香が選んだのは――そういう道らしい。
安智弘のように……十河綾香も、選ぼうとしている。
新しい自分の道を。
……実は、聖に相談しようと思っていたことがあった。
ただ、こうなったのなら――
もうここで、十河本人に話してしまってもいいか。
「帰還のことについて……昨日、テーゼとロキエラにいくつかのことを聞いてきた」
聖が反応する。
「何か問題でも?」
「問題、っつーわけでもないが……帰還の際、勇者がこっちの世界で過ごした記憶は消える」
思考の間が入ったあと、聖が言った。
「……そうなの」
しかし、と俺は切り返す。
「ヴィシスの残した研究を応用することで、記憶を保持したまま戻る方法があるらしい」
「――それは、デメリットなしで?」
「全員は無理……というか、神族側としては記憶を残したままの送還自体にあまり乗り気じゃないみたいだ。まず、記憶を残した場合の影響が未知数らしいってのが一点。あとは……おそらく実生活に支障をきたす可能性が高い。つーか……共通の記憶として、元の世界とは異なる世界の記憶をひとクラス分の人間が持ってる――これが、問題にならないわけないだろ」
だから、帰還時にはこちら側の世界の記憶が消去される。
戻った時は記憶喪失みたいになるのか……
あるいは何ごともなかったかのように――
すべてが召喚前の状態に、戻るのかもしれない。
ただ、実際にどうなるかは不明らしい。
当然だ。
帰還後、実際にどうなのかまで神族は確認できない。
確認するすべがない。
聖は頷き、
「確かに、そうね……」
さらに考察する風に、
「もしかしたら――元の世界に存在する異国風ファンタジーフィクションの源流は……元々は過去に召喚された帰還者たちの、無意識下に存在する異世界の記憶の残滓のようなものなのかもね。存在しない世界をフィクションとして……リアリティをもって生み出せる理由。そう考えると少し、面白くはあるわ」
まあ……高雄聖らしい受け取り方ではある。
「話を戻すと……記憶を残して戻るにしても、それは口の堅いヤツに限る。テーゼやロキエラから見て信頼に足る相手でなければ、だめだそうだ」
聖は卓上の水差しから杯へトノア水を注ぎ、
「信頼に足る人選かつ少数であれば、記憶を残したまま送り返せるのね? 柘榴木先生なんかは……こっちの世界の記憶があった方が、いくらかまともな教師になれると思うけれど。それで――」
視線を、杯から俺へ向ける聖。
「ここで私たちにその話をしたのは、なぜ?」
相変わらず鋭い。
「実は……十河の記憶を残すべきか、聖に相談しようと思ってた」
黙って話の流れを聞いていた十河が、反応する。
「私の……?」
「さっき話した通り、十河は対ミラ軍との戦いで間接的に人を殺したって意識があるんだろ?」
これは精神の不安定な十河に聖が寄り添っていた時期にも、聞いている。
「十河さんに記憶の保持が可能という情報を秘密にしたまま、そのまま帰還させ――その記憶ごと消した方がいいんじゃないかと……三森君は、そう考えたわけね?」
聖相手だとやはり話が早くて助かる。
十河が「あ――」と言うのを俺は横目で見つつ、
「そうだ。十河の意思を確認せず帰還させるべきか、おまえに相談しようとしてた」
聖はどこか医師めいた思慮深い眼差しで、
「……そうね。いわゆる心的外傷後ストレス障害――PTSDは、たとえば海外だと戦場からの帰還兵なんかにも多く確認されている。発症までタイムラグのあるケースもあって……今はよくても、十河さんがそれで長年苦しむ可能性もなくはない。だけど、記憶を消去できればその心配はなくなる」
「ただ、さっきの十河の話を聞くとな……そこは一度、十河自身の意思を確認した方がいい気がした」
俺たちは、十河を見る。
十河は――まるで授業中みたいに――背筋をのばしている。
彼女は俺を見て、
「ありがとう、三森君」
「その様子だと、答えは決まってるか」
十河は膝上に視線を落とし、
「確かに……この世界での経験は、辛い記憶ではあるわ。でも……記憶が消えて元の私に戻ってしまったら、それは……ただ振り出しに、戻るだけだと思うから」
そして、顔を上げた。
「私は――この世界で得たものの方を、大事にしたい」
「……わかった。なら、そうしよう」
俺は視線をずらし、
「聖に、頼みがある」
「――私にも、記憶を残したまま帰還して欲しいのね? そして、帰還後の私に何か頼みたいことがある」
俺は歯切れ悪く、
「まあ……そうなんだが」
察しがよすぎて、さすがにちょっと怖いんだが。
「いいわよ。あなたがいなければ、こうして帰還できなかったでしょうし。それに十河さんの記憶を残すなら、私の記憶も残ってた方がいい気はする」
それは――そうだ。
十河のことを考えても聖は保持した方がいい。
共通の記憶を持った者は最低二人いた方がいいはずだからだ。
自分以外誰も知らない世界の記憶がある――
これはなかなか、きついだろう。
「で……あなたの要件は、例の叔父夫婦のこと?」
「……お察しの通りだ」
「請け負うわ。それが、私なりの恩返しにもなるし」
それにね、と聖。
「この三森灯河をほぼ唯一と言っていいほどここまで素直に動揺させたり、感情を隠さず気にかけさせる人たちが、どんな人間なのか……正直、少し興味があるの」
「いや、興味と言っても……普通の、いい人たちだぞ?」
「――という印象だから余計に会ってみたいのよ。私からしたら、あなたにそうまで大事にされる人たちってよっぽどだわ」
「まあ……叔父さんたちのことで頼みごとをする以上は、会う方向性になるだろうしな……」
「頼みごとを聞く代わりに、私からも一ついい?」
「ああ」
「樹の記憶も残してもらえない?」
「人数的には大丈夫だと思う。わかった」
「ありがとう。双子のうち私だけが記憶を保持しての帰還となると、さすがにメンタル的におさまりが悪そうだから」
「高雄聖をもってしてもか」
「……あのね、三森君。私をなんだと思ってるの? あなたじゃないんだから」
「いや、おまえも俺をなんだと思ってるんだよ……」
「悪魔」
「おい」
「冗談よ、許してね」
「…………」
なんつーか……。
高雄聖もけっこう、印象が変わってきたよな。
と、聖が訝しそうに尋ねた。
「ところで三森君、今までの話を聞いていて思ったんだけれど……あなた――」
…………。
「こっちの世界に、残るつもりなの?」




