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ミルズへ


 水場を発つ前に衣類などを軽く洗った。

 服の汚れも手もみで軽く落としていく。

 不潔さは時に相手の疑心を生み出す。

 清潔さは逆に相手の信頼を勝ち取る。

 そんなイメージがある。

 都市へ入る前に、落とせる汚れは落としておきたい。


「…………」


 俺は、先ほどの女を思い出していた。

 目指している場所は同じミルズという都市だろう。

 あの女はおそらく何か厄介事を抱えている。

 俺たちは共に名前を教え合っていない。

 現状、互いに必要な情報ではないからだ。

 旅を共にするわけでもない。

 女もそう判断したのだろう。

 必要以上の踏み込みをお互いに避けた形……。


「厄介事を抱えているのは、俺も同じだしな」


 サクッと洗い終える。


「さて、そろそろ出発するか」

「ピッ」


 ローブ下にピギ丸が巻きつく。

 軽く乾かした衣類を着直し、俺は水場を離れた。

 ミルズを目指して林の中を進む。

 途中、俺は立ち止まった。

 ピギ丸が鳴く。


「ピ?」


”どうしたの?”


 みたいな鳴き方。


「何か、引っかかってることがあるんだが……何が引っかかっているのかが、わからなくてな……」


 歯にものが挟まったみたいな感覚。

 俺は難しい顔のまま歩みを再開する。

 歩きながら、頭上の重なった枝葉を見上げる。

 日が少し暮れてきたか。

 ただ、日が落ちても灯りは皮袋がある。

 闇にも廃棄遺跡で慣れた。

 あの遺跡と比べればこの辺の過ごしやすさは段違いのはずだ。

 ただ、できれば今日中にミルズへ到着したい。



     ▽



 しばらく行くと道が開けてきた。

 ここから先の道はそれなりに舗装されているようだ。

 木の看板を目に留める。


”ミルズ”


 長そうなカーブをこのまま進むと、ミルズか。

 このペースなら今日中に着けそうだ。

 先を行くと、ポツポツと人とすれ違い始めた。

 旅人風の格好が多く目につく。

 荷台のついた馬車ともすれ違った。


「ん?」


 高い壁が視界に入ってくる。

 おそらく都市を守る防壁だろう。

 簡素な門も確認できた。

 門番が二人、立っている。

 男女一人ずつ。

 手には槍。

 腰には剣を携えている。


「…………」


 第一印象は、なるべくよくしておくか。

 ピギ丸に囁く。


「静かにしてろよ?」

「ピ」


 極小の声量でピギ丸が短く鳴いた。


「それと、見つかりそうになったら例のアレで押し通す。合図はわかるな?」

「ピ」

「よし」


 短く息を吸う。

 意識を入れ替える。

 俺は、門を通り過ぎようとした。


「待て」


 女の方に呼び止められる。


「見ない顔だな」


 ミルズはよそ者の出入りが少ないのだろうか。

 つまり……。

 出入りする者の顔をそこそこ門番が記憶できる程度の規模、か。


「武器が見当たらないが、傭兵か?」


 俺は頼りなく苦笑した。


「その……ここで何か仕事があれば、と」

「ははぁ」


 納得顔になる女門番。


「ひと山あてるために、例の遺跡攻略募集を耳にしてきたわけか」


 遺跡攻略募集。

 知らない話が飛び出した。

 あの危険すぎる廃棄遺跡のことではないと思うが……。

 ここで追及されてボロを出すのは避けたい。

 慎重に言葉を選ぶ。


「ええ、何やら面白そうな仕事があると聞きまして」


 これなら詳細を知らない体は装えるはず。

 俺は物珍しそうに壁を見上げた。


「ただ、これまでこんなに栄えている町とはとんと縁がなかったものですから……この壁だけでも、物珍しくて仕方ありません」

「ふん、ここの規模で”こんなに栄えている”ときたか。おまえ、よほどの田舎者らしいな?」


 女門番が俺の足から首までを値踏みした。


「衣服が大分、汚れているようだが」


「長旅でしたので。は遠かったです」


「ミルザではない。ここはだ。やれやれ……これだから聞きかじりの知識しかない田舎者は」


 俺は愛想笑いを浮かべる。


「すみません」

「まったく……都市名すらまともに覚えてきていないとはな。田舎者は田舎者でも、どうやら筋金入りの田舎者らしい。うむむ……この調子だと、私が名を聞いてもわからんくらいの辺境の出身か」


 門番たちの警戒心が解けていくのがわかった。

 余計かも知れないが、だめ押しを入れる。


「見てください」


 俺はを見せた。

 

「実はもう門が見えたあたりから、緊張しっぱなしなのです」

「ははは! そんなことで大丈夫か少年!? さっきのやたらと綺麗な細身の女の方が、まだ戦士然としていたぞ!」


 やたらと綺麗な細身の女。

 森で出会ったあの女だろうか?

 大雑把だが、条件は当てはまる。

 女門番が腰に手を当てた。

 表情からすっかり不審感が失せている。


「ま、他の傭兵の荷物持ちあたりなら務まるんじゃないか? おい、こいつは通していいな?」


 女門番が男の方に確認した。


「ああ。そもそも遺跡攻略で集まってきた傭兵は基本的には受け入れるようにと侯爵様からも言われているしな。かまわんだろう。ほら、さっさと行け」


 表情を和らげ、俺は礼を述べた。


「ありがとうございます。がんばります」


 門を潜る。

 口端が、吊り上がる。

 小さく呟く。


「順調だ」


 身体検査や荷物検査はなかった。

 意外とアバウトのようだ。

 ある程度は門番の裁量で決まるのだろう。

 小川にかかる橋を渡る。

 大きめの通りに出た。

 村というほどには、村ではなく。

 町というほどには、町ではない。

 町と村の中間くらいの印象だろうか。

 抱いていた西欧圏の田舎地方の町並みのイメージに近い。

 真っ直ぐ一本伸びる石畳。

 石の表面がやや煤けている。

 年季を感じさせる道だ。

 人は適度に行き交っている。

 通りが埋まるほどではないが、活気がある。

 目抜き通りってやつだろうか?


「それじゃあ」


 ひとまず、宿をさがすとしよう。



     ▽



 宿は三件確認できた。


 出入りする者の身なりと外観で、ある程度の判断はついた。

 上中下、松竹梅。

 今の俺はこの身なり。

 ひとまず”上”は避けるとして……。

 一旦”下”に行って、宿泊費を聞いてみるか。

 宿に入り空気モブ印象モードで聞く。


「こちらの宿は一泊いくらですか?」

「800マカです」


 単位の”マカ”は商業を司る神の名だそうだ。

 これもパンの値段と一緒にあの女から聞いていた。

 まあ、実は俺が尋ねたわけではないのだが。

 女がついでとばかりに教えてくれたのである。

 値段を聞いたあと、俺は思案した。

 宿泊費は十分払える金額……。

 が、この宿は空きが相部屋しかないそうだ。

 ピギ丸のことを考えると相部屋は避けたい。


 俺は”下”の宿を出て次に”中”の宿へ入った。

 こちらの宿泊費は2000マカ。

 例の遺跡攻略募集とやらのせいか空き部屋が少ないらしい。

 しかし運よく、個室にまだ空きがあった。

 空き部屋の少なさから、金額の足もとを見られる可能性もあるが……。

 このあと”上”の宿へ行っている間にこの空きが埋まるときついか。

 そうだな。

 ここで決まりでいいだろう。


「ん?」


 宿の主人が俺をジロジロ見ている。

 明らかに好意的な目つきではない。

 ああ、もしかして――


「その、実は長旅で衣服がかなり汚れてしまいまして……できれば衣服を洗う場所と、あと何か着るものがあれば売っていただけませんか?」


 小袋から銀貨を一枚取り出す。

 カウンターに置き、主人の方へ差し出す。


「これは、ほんの気持ちです。ああ……部屋の方には衣服を替えてから入るつもりですので、寝具などを汚す心配はありません」


 主人の空気が、豹変する。


「は――はいはい! かしこまりました! では早速ご案内いたしますね!? 替えのお召し物も、すぐにご用意できると思いますので!」


 ざっくりと主人が俺の採寸をチェックする。

 主人が頷き、ニッコリ微笑む。


「少々、お待ちを!」


 最初の嫌な空気が綺麗さっぱり消えていた。

 調子のいいことだ。


「あの、すみません」

「はい?」

「できれば、その……この手荷物だけ先に部屋へ置いてきたいのですが」

「ええ! もちろんよろしいですよ! あ、そういえばあなた様のお名前は――」

「――――」


 名前、か。

 ここで本名を名乗るのはやはりまずいか……。

 幸い身分証に類するものが必要な気配はない。

 であれば、偽名も可能か。

 回答に時間がかかるのはまずい。

 不審に思われる。

 俺は急いで偽名をこしらえた。


「ハティ・スコルです」


 北欧神話に登場する狼の名を適当に並べてしまったが……。

 まあ有名どころからは微妙に外れているはずだ。

 この名から異界の人間のニオイを嗅ぎ取るやつも早々いまい。


「ハティ様ですね! かしこまりました!」


 主人が宿帳にスラスラと名前を書き込む。


「こちらが部屋の鍵でございます! お荷物を置きに行く間に、わたくしは洗い場と着替えの準備をしてまいりますねぇ〜」


 イロをつけただけで、こうも応対が変わるものか。

 上客と思われたのかもしれない。

 まあいい。

 変に気前のいい客として強い印象が残るのも、困ると言えば困る。

 が、不審に思われるよりは何倍もマシなはずだ。



     ▽



 俺は階段を上がり、宿泊する部屋に入った。

 広さは八畳くらいあるだろうか?

 窓の傍にベッドが一つ。

 他の家具は最低限かつ簡素だった。

 ただし部屋には清潔感がある。

 掃除はそれなりに行き届いているようだ。

 皮袋を置き、鍵をかける。

 人の気配がないのを確認し、相棒に呼びかける。


「ピギ丸」

「ピュ」


 ピギ丸が床へ降りて丸型に戻る。


「しばらくこの部屋のどこかで隠れててくれるか? 着替えの時は、隠しようがないからな」

「ピッ」


 緑の肯定。


「イイ子だ。あと、いざという時は――」

「ピギッ」


 俺が言い終える前にピギ丸はそれを実行した。

 完全な球体。

 少しサイズが小さくなっている。


 コツ、コツ


 表面が硬い。

 そう――まるで、水晶玉。


「完璧だな」

「ピ」


 人前では一旦”商売道具の水晶玉”で通す。


 なんの商売か聞かれたら、占い師とかまじない師の修行中だとでも言えばいい。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「ピ」可愛すぎ(*´ー`*)
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