王と剣
懸念通り今年中の完結とはなりませんでしたが(申し訳ございません)、さすがに今年度中(3/31)までには完結できるのではないかと見込んでおります……。
2025年は心身共に(常に、というよりは波があった感じで)ガタガタな年でしたが、どうにか『ハズレ枠』の方はヴィシスとの決着まで今年中に書き終えることができました。おそらく来年も悩みは尽きないんだろうなとそこはもう半ば諦めていますが、悩みながらも前へと進む年にできたらいいなぁと思っております。
日にちが日にちなのでもちろんではあるのですが、これが今年最後の更新となります。
今年もありがとうございました。
皆さま、よいお年を。
最初に動きをみせたのは、テーゼだった。
目を閉じ、その場に「つ、疲れました……」とへたり込むテーゼ。
ロキエラが俺から離れ、駆け寄る。
「テーゼ様!」
テーゼは力なく項垂れ、
「とても、お腹も空きました……」
「――お、お疲れさまです! さすがでしたテーゼ様! 途中で、ひょっとしてヴィシスに言いくるめられるんじゃないかと一瞬ヒヤッとしましたけど……取り越し苦労でしたね!」
「えっ!?」
テーゼが顔を上げ”ガビーン!”みたいな反応をする。
この時代に、である(いや異世界の時代性など俺は知らないが)。
テーゼは顔面をさらに蒼白にし、
「ロキエラ……まさか、わたくしを信用していなかったのですか?」
「げっ」
「なんですか、今の”げっ”は」
「と、ともかく――、……テーゼ様、最高です!」
「適当すぎませんか……それより、ロキエラ……真剣に聞きたいのですが」
ロキエラは緊迫した面持ちで、
「は、はい」
「わたくしってそんなに………………クソババア――――なのでしょうか」
「……えっ!? ヴィシスに言われたあれ、気にしてたんですか!? まさかの!?」
「いえ、だって……」
「だ――大丈夫ですってば! テーゼ様はまだまだお若いです! 事実無根だろうが、とにかくヴィシスは悪口を言いたかっただけですって! 気にしなくていいですから! なんていうか……みんな大好きテーゼ様! テーゼ様、最高です!」
「心がこもってる感じがしません……、――わたくしを、愚弄しているのですか?」
「ひぃい!? ごめんなさい!」
……この世界にテーゼが来る前。
通信機越しにロキエラはあの序列二位にブチギレまくっていた。
罵声を、浴びせまくっていた。
反逆する可能性もあるぞと半ば、脅しまでかけて。
が、あの時点でロキエラは”本気モード”のテーゼを知っていた。
なのに……よくもあれだけ(今も)不遜な言動ができたもんだ。
いくら通常モードとはいえ……大丈夫なんだろうか。
テーゼが、キリッとして言う。
「ロキエラ」
「は、はい!」
一転、あっさりヘタれるテーゼ。
「わたくしの、腹ぺこが……」
「わ――わかりました! ニャンタン!」
「え? わたし、ですか……?」
「キミ、この城に詳しいんだよね? なんか食べ物を口にできる場所に連れてってくれる?」
「か、かまいませんが……」
ニャンタンも戸惑いながらの受け答えである。
浄化回廊送りの光景が衝撃だったのもあるとは思う。
が、どちらかというとモード違いのテーゼの落差に困惑している感じだ。
「てわけでトーカ、ボクたちはテーゼ様を休ませるついでになんか食べさせてくるね! 諸々は、そのあとでいいかな!?」
「わかった。俺も少し休みたいところだしな……ただ、テーゼ様に一つ話しておきたいことがございまして」
淡々と「わーいごはん……」と呟きながら立ち上がるテーゼが俺を見て、
「はい、なんでしょう?」
俺は【フリーズ】状態の神徒アルスのことを話した。
ヴィシスの分身はすでに消滅している。
が、神徒がどうなっているかは不明のまま。
正直あれをどう殺せばいいか俺にはわからない。
殺すではなく――半永久的に動けなくする。
それこそ【フリーズ】のように”停止”で対処する。
もし【フリーズ】が効かなくても、その方向しかないと思っていた。
テーゼはあごに手をやり、
「なるほど……その神徒、ことによってはヴィシスより厄介な相手となったかもしれませんね。ですがおそらくもう消滅していると思いますよ? 聖体と同じく、因子の持ち主が別次元まで離れれば形を保てなくなるはずですから」
てことは、未起動だった地下の聖体も消滅してるのか。
「この王都の周辺を含め、わたくしの”探知”でもヴィシスの因子は感知されていませんし……そのスキルの情報などは今、確認できますか?」
俺は【フリーズ】のスキル情報を呼び出してみる。
あっ、と思った。
「対象数の枠が……一つ、空いてる」
「であれば、やはり消滅したのでしょう。ただ、もし気になるようであればごはんに行く途中でその神徒がいた場所と周囲を念のため、確認しておきますよ? その状態異常スキル――【フリーズ】が解除されているのであれば”干渉”もできるので、対処のしようはあるでしょう」
「できれば、お願いいたします」
そうか。
氷漬け――【フリーズ】の状態だとテーゼは干渉できないのか。
するとテーゼが、懸念を抱く様子で冷や汗を流す。
「ただ……」
「何か?」
青ざめ、がくっと項垂れるテーゼ。
「そこで力を使うようなことがあれば……さらにお腹が減るのかな、と……」
「そこは…………どうにか、お願いいたします」
「…………はい」
テーゼはとぼとぼと、ロキエラとニャンタンを連れて広場を離れた。
……なんつーか。
ヴィシスに対し、テーゼは特にもう思うところはないって感じだ。
当然のことを、当然のようにした。
そのくらいの感覚なのかもな……。
「――――――っと」
気が抜けたのか。
あるいは、さすがに限界がきたのか。
不意に眩暈に似た感覚に襲われた。
身体から、フッと力が抜ける感覚。
そうして1、2秒ほど意識が途切れたのだと自覚した時、
「お疲れさまで、ございました」
後ろに倒れかけた俺を背後から支えてくれていたのは、
「……悪い。さすがに……疲れが、ドッと出たらしい」
セラス・アシュレイン。
ピギ丸はいつの間にか俺の懐から飛び出し、地面の上にいた。
倒れかけた俺を支えることもできたのだろうが――
セラスに任せたのだろう。
俺はセラスの胸元に、後頭部から倒れ込んだ形になっていた。
「あなたはこの戦いで、誰よりも休んでいないはずです。それは、当然かと」
背後から俺を緩く支えたまま、セラスが腰を落としていく。
そのままセラスは、その場に座った。
そして揃えた膝の上に俺の後頭部をのせた状態で、見下ろしてくる。
「ついに、やり遂げられましたね」
セラスは――笑っていた。
安堵の笑み。
感情が昂っているせいか。
彼女の声は、震えていた。
視線の上にあるセラスの顔を見て、フッと微笑む。
「どうして……おまえの方が俺より、感極まってるんだよ」
セラスは涙を流しつつ労いの笑みを浮かべ、
「……すみませんっ。あなたの、おっしゃる通りでっ――」
俺は腕を上げ、セラスの片頬に右手を添える。
「長らく――――心配を、かけたな」
「――――ッ」
ぽたり、と。
セラスの涙が一粒、俺の頬に落ちる。
「けど、おまえたちの……おまえのおかげで、どうにかここに辿り着くことができた」
「いえ、この勝利はきっとあなたの……トーカ殿が、この世界で行ってきたことの集大成……必要な要素が最後の戦いの時にすべて揃っていたからこそ……今ここに、辿り着けたのだと思います……っ」
セラスの頬を静かに撫で、俺は、目を閉じる。
「それと……よく、我慢してくれた」
「……?」
「ここに辿り着くまでの間――特に、この最後の戦いでは……おまえはずっと献身的に”剣”として……俺の”盾”としてあることに、ひたすらに徹してくれた」
薄く、目を開く。
セラスは自らの口もとを片手で覆っていた。
その目からはさらに、涙が溢れ出てきている。
「あなた、がっ……禁呪をお使いになった時――お使いに、なったあと……驚いて、しまって……心、配でっ……で、ですがここで……冷静さを失してはいけ――ないと、思って……っ」
ヴィシスのことにケリがついたおかげで。
ようやくこういう風に話せる段階になったんだな、と。
そう思えた。
「禁呪使用の件をおまえに伝えてなかったのは……悪かった。ただ、教えてたら……戦いの中での集中力を削いじまうかもしれないと思ってな。だから、あえて伝えなかった」
「は、はい――削がれていたと、思いますっ……」
言って、俺の顔に触れようとしたセラスの手。
俺はその手を、そっと、自分の手で押しのける。
「いい……おまえの涙で濡れても、別にかまわない」
セラスは自分の落涙で濡れる俺の頬を、拭おうとしたらしい。
が、言った通り濡れたとて別にかまわない。
悪いものではない。
それに……セラスの涙は。
こんなにも――温かいのだから。
「セラス」
「はい」
「ようやくだ」
「……はい」
「ここが、俺の……俺たちの――――復讐の旅の、終着点だ」
いくつか後始末は残っちゃいるが。
目的自体は、達成された。
だから。
三森灯河の――”俺”の復讐の旅は、ここまで。
ヴィシスへの復讐は、果たされた。
真っ直ぐに見上げ、セラスの蒼い瞳をしかと捉える。
「あえて……この旅の中で”主”だった者として、言わせてほしい。この旅でおまえは、俺の”剣”としての役目を実によく果たしてくれた。俺の、期待以上に」
セラスの頬に添えていた手の指先で、彼女の涙を、慈しむように拭う。
そして、
「セラス・アシュレイン」
「はい」
「これまで――――本当に、ご苦労だった」
セラスは瞳を急激に潤ませると、さらに多くの涙を溢れさせた。
そうして……目いっぱいの笑顔で、応えた。
応えてくれた。
「はぃ――――我が、主っ」




