禁じられし呪文
最近はストックもない状態な上にそろそろ燃料切れ感もありますが、とりあえず限界がくるまでは書き進めます。
禁呪。
私が何も対策を打っていないと――そう思うか?
この身体の中には一部、禁字族の死肉を取り込んである。
反応するのだ。
禁字族――禁呪に、呼応する。
取り込んだ上で、自らの肉体にそのような改造を施した。
禁呪を発動させる直前――青竜石が使用者と共鳴する時。
私はそれを、少し早い段階で察知できる。
――視える。
青白い反応が。
感じる――その”起こり”を。
ゆえに先読み、あるいは先回りする感覚で動ける。
しかしまさかチリカス風情どもが、ここまでやるとは。
この私が。
禁呪使用を許すまでに、追い詰められるとは。
この戦い――使用させる局面まで持ってくるつもりは、なかった。
それに、この対策は不安定な面もあった。
蠅王装の中の誰が禁字族――禁呪使用者かわかっても。
弱体化や能力上限の問題で力が足りなければ、無意味。
達成する戦闘能力がなければ察知しても意味がない。
ただ探知できるだけでは、だめだった。
しかし今――私は、その力を獲得している。
この土壇場でその領域に、入った。
ヲールムガンドがアヤカとの戦いで口にしたあの状態だろうか。
アヤカが入ったとかいう境地だか、なんだか。
ともかく私は今、己を越えた。
見える。
手に取るように――敵の次の動きが、わかる気がする。
特にここでアヤカを潰せたのは大きい。
ついでに禁字族もまとめて潰せる。
この”次”へと至った力で。
アヤカから引き抜いた腕刃。
傷口から引いた血糸を宙に置き去りにし、
ヴィシスは”見つけた”その前期蠅王装の方へ、跳んだ。
踏み込んだ足――黒線の浮いた脚が膨張し、一瞬の刻を駆ける。
もう眼前には、狙いを定めた前期蠅王装がいる。
「、解――」
唱える過程が必要となる力。
実に頼りなく、脆いものだ。
一定の声量と速度でしっかり唱えねば発動できない。
小声のつぶやきや早口も許されない。
それが――大いなる欠点。
キリハラの時と同じ。
言い終える前に潰せば、潰せる。
破裂死、させてやる。
ぐちゃぐちゃに。
その黒装の中――内蔵という、内臓を。
ドッ!
膨張した脚によるヴィシスの蹴りが、炸裂した。
「――きゃあっ!?」
「ぐ、ぶっ」
狙い通り、吹き飛ばした。
発動の言葉を言い切る前に。
禁呪の射程圏外まで。
二人、まとめて。
(驚いた――割り込んで、きやがった……)
ギリギリで。
アヤカが――禁字族と私の間に。
禁字族の、盾となった。
二人はまとめて中庭の壁に叩きつけられる。
アヤカが咄嗟に銀のかたまりを生成し、緩衝材にしたらしい。
が、完全に衝撃を殺し切れてはいない。
「うっ……」
「あ゛……ぐ……」
もちろん、禁呪の射程圏外まで吹き飛んでいる。
禁字族も、アヤカも。
どうやら禁字族の方は衝撃で気絶したらしい。
アヤカも、もはや立ち上がることもできない様子。
あとはそこで、死にゆくのを待――
ぞくり、と。
寒気が背筋を、通り抜けた。
ヴィシスの後方――――
雷光が、奔った。
「縛呪――」
銀髪の、いやに若い――禁字族。
その若い禁字族を抱え込む形で、突如この中庭に現れたのは――
イツキ、タカオ。
衝かれた。
意識の、空隙。
(あ――)
間に、合わない。
まだ自分は今、直近の禁字族とアヤカへの攻撃の”余韻状態”にある。
踏み込む時間が、ない。
わずかに、足りない。
■
先ほど二階の窓からキィル・メイルが放った魔導弓の矢。
あれは、いくつかあるうちの合図の一つであった。
放った魔導弓の色が内容に対応していた。
そう、音玉だけではない。
キィル以外にも何人かそのような合図を持っていた。
示したものは――
高雄姉妹の合流。
これを了解したことで、三つ目の音玉が使用された。
この三つ目の音玉の合図こそが、
”機を見ての禁呪の使用開始”
ヴィシスの神徒との視界――感覚の共有。
高雄聖もその可能性の高さは把握していた。
そして――ヨミビトに勝利したのち。
溶解してゆくヨミビトは、高雄姉妹を見ていた。
聖はあの時、
”ヨミビトを通してこの会話をヴィシスが見聞きしている”
その前提で、会話をしていた。
重要だったのは、自分たちはもう戦えないと思わせること。
さらに言えば――妹の高雄樹から、意識を外すこと。
また、
”高雄樹のMPが切れている”
その情報を出すこと。
ただ、樹は実際に【始號・雷人】でMPを使い切っていた。
けれどMPはステータス部分がゼロであっても、
まだ本人自身の精神力――MPは残っている。
まさに廃棄遺跡で三森灯河が、それを利用したように。
さらに予備として。
聖が樹を背負って移動し――その間、わずかでも眠らせる。
背負う場合は【ウインド】で体重を支えるなどすればいい。
これにより、片手を失っていた聖であっても樹を背負えた。
樹曰く、
”姉貴におぶってもらえるんだったら……寝れる、かも……”
そう、
MPは【壱號解錠】一回分だけ、あればいい。
いや――おそらくチャンスは、たった一回。
一応、聖も複合スキルで似た加速はできる。
が、樹のスキルによる速度には及ばない。
それから――ムニンの娘である、もう一人の紋持ちのフギ。
この迷宮戦。
高雄聖は彼女に関しても一つ、役目を負っていた。
それは、転移石の転移先の術式陣を迷宮内に刻むこと。
この転移石は、ミラ帝都の宝物庫で得たものである。
転移石をよく見ると、その石に対応する術式が中に確認できる。
裏から光をあてるなどすれば壁に大きく映し出すこともできる。
この術式陣を聖は”覚えた”上で、ごく短時間で描けるようにした。
風の刃を用いた己の固有スキルで術式を地面に刻む。
これについては、高雄聖でなければ不可能だったのかもしれない。
念のため術式陣の写しの紙は持っていたものの、
”術式陣を頭に叩き込み、風の刃で地面に刻む”
こんなことをやれる者は、そうはいまい。
灯河たちが魔防の白城からエリカの家に戻った時。
エリカの家には、すでに術式陣が刻んであった。
あれは”使用者側が転移する”タイプの転移石。
しかし今回の転移石は逆の性質を持っていた。
つまり――
使用者側の方へ、別の場所の術式陣上にいる者を呼び出す性質。
エリカによれば、
”どちらのタイプかは石の中に刻まれた術式陣で判別できる”
とのこと。
転移させ呼び寄せる対象は、もう一人の紋持ちであるフギ。
これは、いわば保険的な策だった。
迷宮の出現によりフギの決戦参加が難しくなったためである。
フギは戦闘能力がないに等しい。
だから迷宮内へ転送直後、なすすべなく殺されかねない。
これにはムニンも大きく不安を抱き、かなりの葛藤をみせていた。
では、転移石を用いた高雄姉妹との合流であればどうか。
これが、灯河の提案であった。
ムニンはそれほど高雄聖という人物を知るわけではない。
ただ、灯河の聖への信頼はムニンにも強く伝わった。
彼が信頼する人物なら――信用しても、いいはずだ。
ムニンはそうして、提案を受け入れた。
聖はムニンに言った。
『フギさんを守るために、私は全力を尽くします』
もちろん迷宮側からルール違反と判断されれば転移は不可能。
しかしそれはその時であって、仕方がない。
フギ不在で、やるしかない。
ただロキエラの意見では、
『転移する人数が多いとかじゃなければ案外、いけるかも……迷宮は意外と、知恵を使った面白いやり方は受け入れることもあるから』
要は知恵比べもさせたいわけだよね、とロキエラは述べた。
どこまでがルールの範囲内かを考え、見極めること。
これも神創迷宮の特性の一つなんだよ、とロキエラは言った。
ただ、フギの転移は迷宮の消失後に行われている。
つまり結果として、迷宮のルール云々は取り越し苦労となった。
フギは、ほぼ確実な状態で高雄姉妹との合流を果たせたわけである。
そして――フギの禁呪使用のタイミングは、聖が判断した。
ヴィシス認識外の距離からの、瞬間的な超速乱入。
意識の空隙を衝ける瞬間を見極める。
その役目なら突入組の中で彼女が最も適しているだろう、と。
少なくとも――
三森灯河は高雄聖を、その瞬間に託すに値する人物と判断した。
□
”神が神に祈るなど、ありえるだろうか?”
負ける?
この、ヴィシスが?
――いやだ。
負けたく、ない。
こんなところで。
だけど――もうない。
打てる手が、何も。
想定していなかった。
想定していたのは他の前期蠅王装――あるいは、鴉。
この中庭にいるそれらを、私はちゃんと認識していた。
意識していた。
対応できるつもりだった。
だけど――こんなのは。
想定外。
なんでだ?
なんで、私は。
タカオ妹をこんなにも意識から除外していた?
ヒジリの方に苦い思い出があったから?
そうだ、ヒジリも――苦手だった。
何を考えているか読めない相手が、苦手で。
だから。
あの姉妹の横槍があるとしても――ヒジリの方を、意識しすぎた。
あぁ、せっかく今の私なら禁呪に対し――先回りが、できるのに。
このような意識外の攻撃をされては相殺されてしまう。
その有利が、かき消されてしまう。
先ほどのように自分が踏み込んでも、今からでは間に合わない。
どうすればいい?
どうして、この私が。
なんで私がこんな目に。
私だけが――こんな。
い、いやだ。
ありえない。
こんなのは、いやだ。
助けて。
誰か――助けて。
祈ってもいい。
もしここから逆転できる目が、あるのなら。
神様。
私は――――敗けたくない。
敗けたく、ありません。
絶対。
あぁ――勝てるのに。
あと、もう少しで。
もう少しで、勝てたのに。
認められない。
こんな、敗け方。
認めたく、ない。
殺すぞ、ガキども。
▽
ヴィシスの身体から――分身が、放たれた。
それは、
二体目の、分身。
この局面での劇的進化。
その要因を求むるとすれば、それは何か?
おそらくは、果てなきヴィシスの――執念。
そして――
この場の何人がその瞬間を、正しく認識できただろう?
分裂の瞬間を正しく目視できた者はおそらくいまい。
認識した瞬間には、なぜかもう一体の分身がこの場にいて――
イツキと新たに現れた紋持ちに、襲いかかっていた。
「、解――」
第二の分身の腕刃がイツキごと、新たな紋持ちを――
――刹那――
イツキからわずかに遅れ――ヒジリがスキル加速で、滑り込んできた。
第二の分身の腕刃が、ヒジリを切り裂く。
体勢の悪さもあってか防ぎきれないヒジリ。
そのままヒジリごと――イツキと新たな紋持ちが、吹き飛ぶ。
「――放ッ!」
詠唱を終えても――もう、射程距離外。
そして――ヒジリに奔った刃傷から勢いよく、血泉が噴き上がる。
「ぁ――姉、貴――――」
よし、殺した。
三人まとめて、無様な姿だった。
もう、遅い。
すでに私は跳び――禁呪の射程距離外へ、到達している。
……他に、紋持ちは何人いる?
まあ、いたとしてもかまわない。
来るなら、いつでも来い。
いくらでも。
誰がどこで何をどう仕掛けてこようと、関係ない。
私はこの戦いの中で”次”へと進化した。
分身もさらに一つ増えた。
完璧だ。
どこからどうこようと完全に対処できる。
鴉どもも所詮、詠唱を聞こえにくくするための小細工だろう。
無駄だ。
声の出所が私には、先んじて”分かる”のだから。
もし勝利を司る概念としての神が存在するのなら。
微笑んだのは、この私にだった。
今のを凌ぎ切った以上――
ざまぁみろおまえらに勝機なんてものはもうないんだよこの愚昧さを煮詰め切った勘違いしたゲロガキどもがッ!
ヴィシスの背後近くには今、第一の分身もいる。
そしてその第一の分し――
「解放」
「――――――――あ?」
ヴィシスは、振り向いた。
(え?)
半透明の、鎖?
禁呪の鎖が。
発現、している……だとッ!?
(なんで――どうして……ば、馬鹿なッ!?)
ありえない。
そんなこと――絶対、ありえない。
いや、ありえてはならない。
なんで。
どうして。
わかるはず、なのだ。
紋持ちが……禁字族が、禁呪を使用したなら。
だって私は。
先回りでその”起こり”を察知して……それを、できるから――
(どう、して――)
禁字族が禁呪を使用した時にあるはずの”起こり”の反応が、なかった。
私はその”起こり”の反応を、頼りに……
(あ……)
その”起こり”の反応を信頼しすぎたせいで”縛呪”の部分も、私は、聞き逃し――
「――ぅ」
放たれた何本もの鎖が、もう、眼前まで来ている。
「く、来るなっ――あぁあああああああああ゛あ゛――――ッ!」
反射的に、ヴィシスは禁呪の鎖を振り払う動作をした。
が、禁呪の鎖は物理的に打ち払えるものではない。
ヴィシスの腕をすり抜け、その呪文は女神の身体に刻まれる。
パァンッ、という何かが破裂したような音がした。
【女神の解呪】――――――――消失。
あまりに信じられぬその、突飛な事態に。
この時ヴィシスは一瞬、茫然自失の状態となってしまっていた。
「【パ、ラ――ッ――ぐぶッ、ぅっぐ――、……がふっッ!?」
「!」
第三の禁呪使用者――後期蠅王装から発せられたのは、苦悶の声。
喉が詰まったみたいな――水で、溺れかけているかのような。
仮面内に何かが溢れて、上手く呼吸ができないのか――
ガバッ、と、
まるで酸素を求めるかのように、
後期蠅王装が勢いよく仮面を外し、放り捨てた。
(や、やはり……あの中身は――――)
トーカ、ミモリ。
ミモリは口内だけではなく目や鼻、耳からも出血していた。
そうか、と理解する。
あいつは、自らの血で喉を詰まらせたのだ。
荒々しい息。
苦しげで、激しく歪んだ表情。
あのまま死ぬのではないかと思えるほどの状態にも見える。
けれどその目は――満ちていた。
強烈で、鋭く、黒い意志に。
(こんなの……想定、していない――するわけが、ないだろうが……あ、ありえてはならない……ありえない、ありえないありえないありえない――――ありえ、ないッ!)
禁字族以外の者による、禁呪の発動など。




