Q&A
「私の質問に答えていただき、ありがとうございます」
女が礼を述べた。
「それから結果的に質問を重ねる形になった点は謝罪します。また、あの四人をあなたが打ち倒した話に嘘は感じられませんでした。質問に対し正直に答えてくださっているのも、わかります」
嘘発見器でも持っているのか。
真偽判定にいたく自信を持っている様子だ。
「ですので――」
真摯な表情で俺を見る女。
首から下がもし動けば、手を胸にでも当てていそうだった。
まるで、宣誓でもするみたいに。
「私も、あなたの質問にはできるだけ正直に答えましょう。あなたから害意は感じませんし、あの四人を打ち払ってくださったのなら――命の恩人とも言えますから」
命の恩人。
過大な評価とは思えるが。
いや――恩義を抱かれたのなら利用すべきか。
「具体的には何を聞きたいのでしょうか? この辺りの人間ではないとおっしゃっていましたが」
身体が動かないわりに堂々とした物言い。
警戒心が希薄になった証拠とも考えられる。
「かなりの遠方からの流れ者でな。気づけば、この森に辿り着いていた」
「この森に何か用事が?」
「捨てられたみたいなものだ」
「――そう、ですか。質問を謝罪します」
捨てられたみたいなもの。
いくつかの暗い想像を喚起させる言葉。
たとえば、旅の仲間に捨てられた。
住んでいた土地から追い出された。
奴隷商に捨てられた(この世界に奴隷商がいればだが)。
などなど。
そもそも捨てられたという話自体は嘘でもない。
親に捨てられたし、クソ女神にも廃棄されている。
暗い過去を匂わせると相手によっては追及の手が緩む。
追及を煙に巻く際、有効な手段となりうる。
これにはもう一つの利点もある。
上手くすれば、反応で相手の人間性を測ることもできる。
俺は女の目を見据えた。
女が表情に?マークを浮かべる。
「何か?」
「あんたは悪い人間じゃなさそうだ――今のところは」
「……少しは信頼を、得られたのでしょうか?」
「ああ、少しだけ得られたさ。ただ、俺もあんたと同じで何かと事情がある。今はお互い、深入りは避けるべきと判断するが――」
女にも何か隠したい事情があるのは察せられた。
が、現状で俺に必要なのは情報だ。
得るものを得たらここで別れるのが吉だろう。
「ええ、私も賛成です」
女の表情に影が差す。
「私としても、その方がありがたいですから」
ゲージ残量の問題もある。
雑談に多くの時間は避けない。
「わかった。では早速、質問に移らせてもらう。近くに村か町は?」
「最寄りですと、ミルズという小規模の都市があります。私も――」
言いかけて女が口をつぐむ。
”私も”
行き先を告げたくない理由があるようだ。
追手に情報を与える芽を潰しにかかっているのか。
とはいえ、今のひと言で告げてしまったに等しい。
まあ、俺は都市の場所がわかればそれでいい。
深い入りはしない。
女は距離と方角も教えてくれた。
ここからそんなに遠くはなそうだ。
近いうちにちゃんとしたベッドで眠れそうである。
「ここはどこの国だ?」
次の質問へ移る。
「今いる国も、わからないのですか?」
「複雑な事情があるのさ。外の情報と断絶された生活を送っていた。事情は、察してくれ」
追及逃れの言葉が躍る。
「……わかりました。ここはウルザ王国の南方に位置する”闇色の森”と呼ばれる森林帯です」
驚いた。
ここはアライオン王国ではないのか。
てっきり廃棄遺跡はアライオンにあるものと思っていたが。
これは貴重な情報だった。
「アライオンはどの位置に?」
「アライオン、ですか? ウルザ王国の北東にありますよ? それと、ウルザ王国の南東には――」
女が言い淀む。
「バクオス帝国が、位置しています」
バクオス帝国に何か思うところがあるようだ。
しかし、再三となるが深入りはしない。
それにしても……。
ここはアライオンではないらしい。
つまりクソ女神が近くにいない。
今のところ吉報と考えてよさそうか。
現状はアライオンから離れる方向で考えている。
まず禁呪の件が先だからな。
ふむ。
別の国なら、急いで離れる必要もないか……。
「わかった。次は、少し変な質問かもしれない」
思い詰めた顔の女がハッとする。
「――あ、はいっ。どうぞ」
「たとえば……庶民が日常的に食べる質のパンを一つ買う場合、このあたりではどのくらいの金額が必要になる?」
「相場を知らないのですか?」
「このへんの物価とも無縁の場所で生きてきた」
「なる、ほど。どこの都市でもパン一つくらいであれば、大抵は銅貨一枚で買えるとは思いますが」
パンは存在している、と。
「銀貨は銅貨何枚分に相当する?」
「銅貨三十枚くらいでしょうか」
日本円でパンが一つ100円くらいとしよう。
前の世界基準でいくと、銀貨は3000円くらいか?
相当ざっくりした把握ではあるが。
当然、日本と物価は違うはずだ。
何もかも日本円感覚というわけにもいくまい。
が、パンの値段という”基準”がわかったのは前進だ。
あとの物価関係は――ミルズという都市についてからだな。
他にも知りたい情報を手早く引き出した。
黄ゲージが減ってきている。
最後に一つ、聞くべき大事な話がまだ残っている。
俺は皮袋から禁呪の呪文書を取り出した。
女の顔の前で呪文書を広げる。
「この文字について、何か知らないか?」
女の視線が文字の上を走る。
グラスアイめいた瞳が忙しなく動く。
口以外を動かせるのはもうバレているだろうか?
自覚があるかどうかは、わからない。
ん?
俺は一つ気づく。
女の目もとに薄っすらと隈が確認できる。
この距離でよく見ないとわからない程度ではあるが。
逃亡の日々で、寝不足なのだろうか?
「これは――」
女の眉間に数本、細いシワが刻まれる。
「古代文字、だと思われます。それも、かなり特殊な」
「読めるか?」
「いえ、申し訳ありませんが」
「そうか。わかった」
呪文書をしまうため丸め直す。
そう上手くはいかない、か。
手がかりくらいはと、淡い期待も抱いてはいたが。
まあ、地道に調べていくとしよう。
「ですが――」
「ん?」
「この文字に詳しいと思われる人物でしたら、知っているかもしれません」




