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かがやきの中で



(ステータスウィンドウが……)


 MP表示が、おかしくなっている。

 マイナス――”-”なんて表示、見たことがない。

 ……MPが”-10~+10”の間を行き来している。

 カシャカシャカシャッ、と。

 表示カウントの音でも聞こえてくるかのような、そんな動きで。

 数字が、上下を繰り返している。


 まさに表示がみたいに。


 意識。

 意識は、かろうじてある。

 ただ、血が……血が、止まらない。


 ――焼く――


 傷口を自らの炎で焼き、出血を止める。


 ――できるのか?


 そんなの。

 漫画や小説とかで、見たことがあるだけだ。

 刹那。

 薄らとした意識が――急速に、その鮮やかさを増した。


 


 今、ここに駆け寄ってきている人たち。

 彼らが来たとして。

 治療は――間に合わない。

 不思議なことに。

 なんとなく、それがわかった。

 そしてこれ以上血を失ったら……多分もう二度と、意識は――


 これらの判断は。

 ほんの一瞬にも満たぬ思考の中にて、行われた。

 現実の時間に換算すれば秒にも満たなかったのではないか。

 安は膝をつく。

 落ちていた剣を素早く拾い、その柄に、裂いた布地を巻く。

 柄を横にして歯で噛み込む――痛みに、耐えるために。

 先ほどの攻撃の名残りで、すでに黒炎は発生状態にある。

 解除を意識する余裕もなかった、とも言えるが。


「フーッ……フーッ……」


 あとは。

 自分の傷口へ局所的に炎の効果を、適用させられるか――


 


 ――――やるしか、ないッ。


 ボゥ、と。

 安は身体の前後の傷穴――傷を、焼いた。


「~~~~~~~~~~~~~~~、――――ッ」


 ……やれ、た。


 


 それは――筆舌に尽くしがたい痛みだった。

 熱さも。

 傷口に塩を塗り込む、なんて言葉があるけれど。

 もしかしてこんな痛みのことを言うのだろうか――


「トモヒロッ!?」


 誰かの困惑の声。


 ――リンジさんの、声。


 安はきつく布を噛み、歯を食いしばった。

 目の端から涙が溢れてきていた。

 こんなのは、勇者の姿ではないのかもしれない。

 だけどこんな痛み。

 表情一つ変えずにいるなんて――さすがに、無理だろう。


 ふっ、と。

 安は口端を歪め、薄く微笑む。


 ……そんなことを考えられるくらいには。


(意識が、戻ってる……なら、大丈夫……まだ……意識は、繋げる……)


 そっと傷口に触れる。

 もう、炎はない。


「……、――――ッ」


 痛い。

 変な感触。

 でも血は、止まっている。

 ……普通なら気絶しているのかもしれないし。

 血も、止まらないのかもしれない。


(これも……ステータス補正のおかげ、かな……)


 あるいは痛みが逆に”気つけ”になったのかもしれない。

 リンジと共に駆け寄ってきたリリが、


「トモヒロ、アンタ何をっ――」


 言いかけて、焼けた傷口に気づいた。

 痛々しい焼けた傷口を見て、悲痛な目をするリリ。


「……血止め、か……無茶しやがって……、――てかおまえ――」

「大丈夫なのか!?」


 リリが言い切る前に、安の目の前にしゃがんだリンジが問う。

 汗にまみれた安はゆっくり視線をリンジに合わせ、


「リンジさん……皆さん……無事、でしたか」

「あ――あぁ! おまえのおかげでな! その、悪ぃ――あいつを見た瞬間……身体が、動かなくなっちまって……ッ」

「……よかった」


 安は、笑った。



「皆さんが無事で」


 

 こんなにも心から――心地よく。

 笑うことが、できた。

 そのことに対し、お礼すら言いたくなるほどで。


「トモヒロ、おまえ……顔色が……」


 リンジが言って、安の両肩にそっと手で触れた。

 彼が――何かに、気づいた顔をした。

 安は膝に手を置き、短い呼吸をしながら立ち上がった。


(北側……もしくは……)


 聖騎兵の方か。

 もしくは南の巨竜の方か。

 力を、貸しにいかなくては。

 まだ動ける時間は……ある。

 ただ……


(おそらくこのスキルを使えば……僕は……)


「あっ――見ろ!」


 誰かが北側を指差し叫んだ。

 聖騎兵のいる方角。

 直後、重々しい音が耳に飛び込んできた。

 指を差した声の主に倣うように、安たちもそちらを向く。


 聖騎兵の機体は変形――あちこち、潰れていた。

 一方……


 巨大聖体からは、白い蒸気のようなものが上がっている。


(あの蒸気……聖体の溶解が始まってる……? つまり――)


 独りごちるようにリンジが、


「やりやがったのか……聖騎兵――あの、聖女さん……あんな、状態で……」


 巨大聖体は最終守護壁の近くまで接近していた。

 それでも――守り切ったのだ。

 あの聖女と呼ばれた人は。 

 その時、


「白狼王殿ッ!」


 名を呼ばれた白狼王は、シシリーたちとこちらへ歩いてきていた。

 その彼のところに四足歩行の魔物に乗った竜人がやってきたのである。

 竜人は無茶を言うのを承知といった調子で、


「も……もし可能であれば、南方面に少し援軍をお願いできませぬか!?」


 白狼王は顔を安からそちらの竜人へ向け、


「突破、されたのか」


 竜人は視線を落とし、


「ココロニコ様が――倒れられました」


(!)


 安は、何かに心臓を重く打たれたような感覚に襲われた。


「生死は、不明で……ただ……呼吸をしている様子がなく、おそらく……」


 今、南側ではゼクト王が最果ての国の兵たちと共に戦っているという。

 途中、最終守護壁の中からも援軍が出されたらしい。


「あともうひと息で南方面の敵を、一掃できそうなのです……ただ、被害が……味方も極度の疲労や負傷で限界が近く……味方の、被害が……味方が……」

「どのくらいいれば、十分なのだ?」


 白狼王が尋ねた。


「え――」


 後ろを振り返る白狼王。


「我らマグナル軍だけでも足りるか?」

「え、あ……」


 一瞬、竜人は安を見た。

 が、短く思考した末に顔つきを引き締めて言った。



「ここにいるマグナル軍の方々に来ていただければ――おそらくは、それだけでも!」



 十分だ、と。

 現在南にいる戦力でも勝ちまで持ってはいける。

 が、味方の被害を抑えたい。

 味方の数を増やせれば被害は当然、減らせる。

 あの竜人も、守りたいのだ。

 救える命があるのなら、救いたいのだ。

 仲間を。

 白狼王がシシリーら残るマグナル軍に指示を出す。

 そして南へ向かおうと動き出したところで、


「トモヒロ・ヤス! 短くだが、ひとまず礼を言わせてもらいたい! そなたのおかげで我々は命拾いした! この命、おかげでまだ仲間を救うために使えそうだ! あぁ、まことに勇者だな――そなたは!」


 シシリーが王に続き、


「あとはわたしたちに任せてください! あなたはちゃんとすぐ治療を受けて! 命令ですよこれは!」


 と、リリが何か迷う表情をした。

 それはどこか、哀切を帯びた顔つきだった。

 しかしすぐに決意した様子で、


「……剣虎団! アタシたちも、行くぞ!」


 ”一人でも多くの仲間に生きていて欲しい――これからも”


 きっと。

 傭兵団をあずかる彼女にはあの竜人の気持ちが、痛いほどわかる。

 だから自分たちも行って力になりたいと思ったのだろう。

 リンジが、何か言おうとした。

 自分たちも行くべきか聞こうとしたのかもしれない。

 しかしすぐさまリリは、


「リンジさんたちはトモヒロとこっちを頼む! 完全に静かになっちゃいるが、まだ東側が完全に片付いたかどうかわからないからね! ――トモヒロ!」


 彼女はすでに背中が遠くなり始めた白狼王を追いながら、


「本当に……助かった! アタシだけじゃない! ここにいた全員アンタに命を救われた! そして――悪かった! アタシたちの力不足でっ……アンタに、!」


 リリはそう口にし、俯いた。

 赤い前髪で両目が隠れている。

 そうして彼女は口を大きく開き、


「……ありがとなッ! アンタが命を救ってくれたって事実は、絶対、忘れない! ここにいる剣虎団……全員! ――!」


 何かを振り切るように、前を向くリリ。

 彼女の髪で隠れた目から――何か、光るものが落ちた気がした。

 他の剣虎団も次々安への礼を口にし、団長を追う。

 ただ彼らのトーンは、リリのものよりはるかに明るい。

 あぁそうか、と安は理解できた気がした。

 なんとなく、なのだろうけれど。


(多分……リリさんは、わかって――)

 

 最後に残した”またな!”も……きっと。

 それがもうないことをわかった上での。

 だけど――それでもあえて。

 彼女は、そう口にしたくなったのだろう。

 なぜかはわからないが。

 そう言ってもらえたことが……なんだかちょっと、嬉しかった。

 安は――東側を見る。

 確かに、静かになっている……。


(…………北の脅威は排除された……南はもう、片が付く……)


「…………」


 ならば。


「……トモヒロ?」


 オウルが不思議そうに安を見た。

 安の露出している肌の部分から――

 細く、蒸気のようなものが立ちこめている。

 手で触れようとしたのか、オウルが安に近づいた。


「おまえ……それ、大丈夫――」

「白狼王様はおられますか!?」


 馬でこちらに近づきながら、誰かが大声で問うた。

 ミラの騎士だった。

 今度は最終守護壁の内側――城の方から来たらしい。

 リンジは怪訝そうに安を見るオウルを一旦横へ置くようにして、


「……白狼王は少し前、南方面の支援に回りました。一応、自分はここの指揮を任された身ですが……どうしました?」

「実は――」


 言いかけて騎士が一度、安に目をとめた。


「ゆ、勇者様は……ご無事なのですか?」

「――聞かせてください」


 質問には答えず、安は先を促した。

 やや強い調子になってしまい、悪かったと思った。

 ただ――時間がない。

 安は口調を努めて和らげ、


「すみません……何か切羽詰まっている様子でしたので。僕が無事かどうかよりも、先に要件を聞いた方がいいかと思いまして……」

「あ――そ、そうですよねっ……こちらこそ、申し訳ありませんっ」


 騎士は謝罪して下馬し、


「実は今、生き残った者をこの王都から西へ避難させる案が出ていまして……」

「避難……?」


 騎士の話によると、おおまかな敵の残存戦力が判明したらしい。

 各地点からの軍魔鳩の報告によって、おおよその状況がわかったのだ。

 敵の規模に関し、騎士がリンジたちに伝えた。


「――今このアッジズに残った戦力じゃ……防ぎ切れない、か」


 忸怩じくじたる思い――そんな顔で、リンジが唸る。

 しかしそれは。

 リンジに責がある話ではない。

 いや、誰にも――責なんてない。

 リンジはかすかに脱力した様子で、


「どうにかここまで、やってきたが……最後の最後……でっかいひと波とやり合えるだけの戦力が……もうこっちには残ってねぇ……と……」


 確かに皆、もう限界だろう。

 オウルも疲労し切った顔に無念を漂わせ、


「あと……もうひと息、なんですけどね……」


 聖騎兵はもう動ける状態ではないだろう。

 あのあと聖騎兵は緩慢に沈んでいき……。

 ほどなく、この位置からはその姿が見えなくなった。

 バランスを崩して機体を支えられなくなり、倒れたのだと思われる。


 巨竜と化したココロニコも倒れ、沈黙してしまった。


 今から王都外の援軍を望むのも難しい。

 たとえば――もし仮に。


 ”ミラの帝都に残してある戦力が合流したとしても、無理であろう”


 城内では、こう分析されたそうだ。

 現在ミラの帝都にいる戦力は”数”だけだという。


 そもそも。

 主戦力はヴィシスのいるアライオンへ向かった。

 そして残る王都防衛用の戦力を、このアッジズに連れてきたのだ。

 つまり――蓋を開けてみれば。

 今のミラ帝都にいるのはもう”まともに戦える者たち”ではないのである。

 

「ただ……ヨナトの女王と、生き残っているヨナトの殲滅聖勢はこのアッジズに留まり――最後まで聖眼を守るべく、戦う覚悟だそうです」

「だ……だったらおれたちも――」


 言いかけたオウルに騎士が、


「いえ、ヨナトの女王は――白狼王様やルハイト様には、他の残存戦力をまとめて西へ避難して欲しいとのことです。その……確かにこの世界は終わるのかもしれませんが、……と」


 つまりは――こういうことか。

 残る時間をどう過ごすか。

 誰と、どのように過ごすか――生きるか。

 別れの時間を、どう作るか。


「ヴィシスに根絶やしにされるとはいえ……それまでの時間、統率力のある誰かが人々をまとめ上げねばなりません。終わりのその時まで、西へ避難した者たちをまとめ上げるためには……白狼王やルハイト・ミラのような人物が必要であろう、と」


 ヨナトの女王は、聖眼が己のすべてだと主張していると聞いた。

 けれど皆に、


 ”ここで聖眼を守るため共に戦って死んで欲しい”


 ――とは。

 言わなかったようだ。

 そのあたりは、弁えていた人物であるらしい。


「……別れの時間、か」


 足もとの瓦礫に目をやり、リンジが呟いた。

 妻や子のことを思い浮かべているのだろう。

 安も……ある人々のことを、思い出していた。


(ユーリちゃん……彼女のお母さん……あの馬車で一緒だった、皆さん……)


 確かに――価値は、あるのかもしれない。

 この世界が終わるとしても。

 納得のいく形で別れを済ませることができたのなら。

 まだ受け入れることが、できるのかもしれない。





 ただ―― そ の 前 に 。





 安は、上着の袖をめくった。

 汗によるものだけではない。

 肌から出る湯気のようなものが、さらに強くなっていた。

 宙に立ちのぼり、空気に溶けていく……。

 自分の露出した腕に、もう片方の手で触れてみる。


 ――熱い。


 それも、かなりの高温。

 あるいは。

 長く触れていたら火傷してしまうかもしれない。

 なのに……身体の中は。

 身体の芯は、



 ―― こんなにも、冷たい ――



 まるで――死体みたいに。

 ちぐはぐ。


(…………)


 身体からのぼっていく白い蒸気。

 まるで……



 命が、蒸発していくかのような。


 

 澄んだ透明の中へと――還って、いくかのような。


「…………」


 あの子のことを、思い出す。



『怖いよぉぉ……』



 怖がっていた。

 みんなが死んじゃうかもしれない、と聞いて。

 …………もし別れの時間を作れるとして。

 その時、あの子は――ユーリちゃんは。



 ずっと笑っていて、くれるのだろうか。

 ずっと泣かないでいて、くれるだろうか。



 できることなら。

 ずっと”遠く”からだけど、伝えてあげたい。



 もう怖がらなくてもいいんだよ、と。

 もう不安になって泣かなくてもいいんだよ、と。 



「……リンジさん」

「トモヒロ?」

「さっき――あのツノつきを倒した時……新しいスキルを、覚えました」


 バグっているのか、スキル名の表示は見えないけれど。




「もしかしたら……、どうにかできるかもしれません」




 頭の中に――スキル名を思い浮かべることは、できる。



 読める。



 不思議なことに……なぜかそれがどんなスキルかも、理解できている。



 少し前、自分の中に”それ”が流れ込んできたのだ。



 だから――――やれるはずだ、きっと。



「どうにかできなくても……皆さんが準備を終えてこのアッジズから離れるまでの時間くらいは、稼げるかもしれない……もうその最後の波はそれなりに近くまで来ているんですよね? だからあなたは、あんなに急いでいた」


 伝令にきた騎士に、安はそう言った。

 返答はなかったが。

 唇を噛む騎士の表情は、肯定を示していた。

 リンジが、


「けどおまえ、MPは……」


 安は微笑し、


「このスキルは……このスキルだけはおそらく、MPを消費して使用するものではないんです」

「……それは――どういう……」


 尋ねるような調子ではあったが。

 なんとなくリンジには。

 察しているような、そんな雰囲気があった。

 安は一度目を閉じ……開く。


 ――――わかっている。


 新たに習得したこのスキルで、何ができるのかも。

 そして、


「僕は――――」


 使用後に自分が、どうなるのかも。






「ここに残って、戦います」








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トーカとなぁ……会ってほしいんだよ、トモヒロには。すごい嫌なやつだったのに憑き物が落ちたように変わったトモヒロとトーカの邂逅が見れなかったら泣くわ、マジで。
どんな形であれ安には最後まで立っていて欲しい。 大賢者アングリンと同じ属性のスキルという伏線回収が未だですぞ!
R.I.Pトモヒロ 最初は嫌いだっだけど今はすごい好き
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