心のかたち
▽
壁外で戦っていたマグナル軍。
彼らはかなり疲弊しているようだった。
しかし――まだ拮抗を保っている。
援軍として出た安たちも、そこに加わった。
それからいつの間に合流したのか。
剣虎団の面々の姿もあった。
まだ前線に出られる者たちもいるようだ。
そこには、リリの姿もあった。
彼女も安の姿を認め、
「トモヒロか! 助かる!」
戦いながら、安は彼女に尋ねる。
「戦況はどうですか!?」
「そうだな! お世辞にもいいとは言えないねぇ!」
聖体を斬り伏せ、リンジが背中越しに言った。
「そんな状況だが一つだけ朗報だ!」
リンジは例の”途切れ”の件を伝えた。
他の者も戦いながらマグナル兵たちにそれを伝えている。
話を聞いたリリは、
「でも朗報ってわりには、微妙に浮かない顔ですね!?」
「向こうの数に限りが出てきたかもしれないのは朗報だが、こっちの残りの戦力で処理しきれるかは微妙だからな!」
リリは今、例の神魔剣は使用していないようだ。
味方が近くにいるからだろう。
何より、
”一日も間隔を置かずのこれ以上の使用は、引き返せない領域まで理性を失う危険性があります”
シシリーから、そう助言されたそうだ。
その時、
「……?」
聖体の腹に。
人の顔が、浮かんできた。
赤ん坊のように――見える、顔。
「オンギャァ! オンギャァ!」
(なん、だ?)
すると、他の聖体たちも一斉に泣き喚き出した。
それこそ、赤ん坊のように。
また一方、
「タ スケ テー! タスケ テー!」
こちらは、どこか棒読みのような助けを求める声である。
腹には各聖体ごとに苦悶の人面相が形成されていた。
そう――
襲いかかる手は休めず、聖体たちが突然”言葉”を発し始めたのである。
赤ん坊の泣き声と助けを求める声の大合唱が、戦場に響き渡る。
「……ふざけやがって」
歯と目を剥き忌々しそうに口端をつり上げたのは、リリ。
彼女のその目には、苛立ちや怒りに似た感情があった。
「こいつらなりにアタシたちが殺しにくい対象を模倣してるつもりか! ――ふざけやがって!」
もう一度悪罵を吐き、赤ん坊の声を上げる聖体をリリが斬り捨てる。
その後ろでリンジが横薙ぎで聖体の首を飛ばし、
「けど――こんな質の低い小細工を始めたってことは、聖体側にいよいよ目的が達成できないかもしれないって不安が出てきた証拠なんじゃねぇか!?」
「ったく……ほんと前向きですねリンジさん――は!」
リリが”は”のところで聖体を袈裟斬りにし、寸断する。
安もすぐさま炎を――――
「トモヒロ! おまえは、中型以上の聖体のためにあとはMPを温存しといてくれ!」
出しかけ、止めた。
リンジにもうMPが残り少ないことは伝えてある。
「でかい聖体はおれたちの手には余る! だから今は最低限、自分の身を守る以上の力を使うな! 温存を、頼む!」
「――ッ、わかり、ました!」
もどかしさはある。
けれど――リンジの言葉は正しい。
安は、剣を手に戦いに加わる。
(剣だと、あまり戦力にはなれないけど……ッ)
周りの心配をさせないために、自分の身くらいは守りたい。
「……あっ」
並ぶ建物の向こうの通り――
脇道から、聖体が群れを成して飛び出してきた。
リリが舌打ちする。
「50……見えてるだけでも100以上はいるか……ちっ! 次から次へと湧きやがって!」
その時、その聖体の群れへ向かって頭上から攻撃魔法と矢が放たれた。
味方が建物の二階や屋根にのぼり、援護してくれたのだ。
中には剣虎団の者たちの姿もある。
「団長! これ以上、あんま無理しないでよね!」
「上からの援護は任せてください!」
と、安は気づいた。
「……リリさん!」
建物の上から攻撃を受けた聖体たち。
一部が目標を変更し、建物に流入し始めたのだ。
中には壁を直接よじ登っていく聖体もいる。
あっという間に聖体たちは上階や屋根に到達する。
一方、急いで退避する味方たち。
しかし逃げ場をなくした者たちは、殺されていく。
「!」
わぁぁああああっ、と。
退路を失い追い詰められた恐怖のあまりか。
たまらず、二階の屋根から飛び降りた兵士がいた。
その男はまともな着地ができず、地面にそのまま倒れ込む。
安は救出しようと、思わず条件反射で飛び出しそうになる。
しかし――距離が。
(……っ、――間に、合わない)
さらにリリも――不本意そうではあったが――安を引き留めた。
安たちも今は交戦中であり、聖体に囲まれている。
ここで主戦力が場を離れれば、ここの攻防のバランスが崩れてしまう。
何より屋根の上には剣虎団のメンバーもいたのだ。
もう屋根の上に姿は見えないが、リリこそ今すぐ駆けつけたいに違いない。
が、戦力として大きいリリがここを離れればやはりこの場が崩れかねない。
「……っ」
それでも安の視線だけは、落下した兵士を追っていた。
兵士が落下した先にも聖体がひしめいている。
その兵士が、顔を上げた。
自分の状況を今初めて認識したような、そんな顔。
兵士の表情は絶望に染まっていた。
次いで何匹かの聖体が、わっ、とその兵に一斉に飛びかかった。
「あっ助けて――――、……ぎぃゃあああああああ゛あ゛――――――――」
聖体に取り囲まれていて姿は視認できない。
しかしその聖体の壁の向こうから――絶叫が、聞こえる。
兵士の四肢が――宙に、放り出されている。
おそらく聖体たちにより力任せに捻り切られた腕と足。
思わず、安は呻いた。
「うっ……」
聖体のうち一匹が男の臓物を手に持っていた。
両端を摘まみ上げ、見せつけるように持ち上げている。
腹に浮き上がった人面相が――嗤う。
そして、
「 タスケテー 」
聖体がそんな言葉を、発した。
そこには何か――尊厳のようなものを冒涜する響きがあった。
あるいは。
棒読みに近いからこそ。
余計、冒涜的に聞こえたのかもしれない。
「馬……鹿、にっ――」
先ほど安を止めたリリだったが。
今ので、さすがに怒りが頂点に達したのか。
もう、すぐにでも飛び出して行きそうな殺気を迸らせている。
「……しや、がって!」
――ドッ――
臓物を持っていた聖体の頭部に、矢が深々と突き刺さった。
「!」
通りへ雪崩込んできたのは、マグナル兵。
安たちが到着した時にいた者たちとは、また別の集団。
率いているのは――白狼王。
多分、ここにいたマグナル兵よりも最前線で戦っていた者たち。
現れたマグナルの騎士や兵たちは傷だらけだった。
数も相当減っている。
少なくとも”軍”と称せる人数ではない。
が、まだ戦意は――死んでいない。
集団の先頭にはシシリー・アートライトの姿。
両手の小斧で聖体の首をぽんぽん跳ね飛ばしていく。
彼女の目は――見開かれていた。
そこには何か狂気的とも思える迫力がある。
美しい形の薄い唇は半閉じになっていた。
おそらく口は必要最低限の呼気のためだけに開かれている。
敵を殺すためだけに、思考も身体も、そのすべてを注いでいる。
美しいが――とてつもなく、凄絶。
否、シシリーだけではない。
他のマグナルの者たちの目にもある種の狂気的な光が宿っていた。
それは。
この壁の外で彼女たちが繰り広げてきた戦いが、いかに壮絶であったか――
彼らの姿、表情、戦意が、それを無言で物語っていた。
白狼王が指示を飛ばす。
「レオニルの隊は建物内の味方の援護へ! 我らはここで壁を作る! 味方の撤退の目処が立ったら一度、一気に広場まで後退するぞ!」
返事もなく、マグナルの戦士たちが動き出す。
白狼王にだけは狂気の相がうかがえない。
そうか、と安は理解できた気がした。
マグナルの戦士たちは”理性”を王に一任している。
ひたすら、王の号令通りに動く。
配下たちはただ狂気的に”殺す”ことに注力するのみ。
狂ったように――殺す。
それ以外の無駄な思考の入り込む余地をなくして。
これが、この最前線で彼らが選んだ生存戦略であったのだろう。
と、シシリーの一隊が近づいてきた。
彼女が安を見据えた。
空色の狂の目が問うている。
黒い炎――スキルを使わないのか、と。
今の彼女は”殺す”のみに集中している。
だから、そういった無言の問いが反射的に出てきたのであろう。
リンジが彼女に近づき、声を張り上げて何か言った。
するとシシリーは一つ頷き、安から視線を外す。
サイズの大きな聖体ためスキルを温存している旨が伝わったのだろう。
視線の外しぎわ、軽い謝罪的な視線があった――気がした。
「後退!」
白狼王率いるマグナル軍。
可能な限り生存していた味方が退避する余地を作った。
いくつもの通路の向こう側から聖体の群れが飛び出してくる。
数に限りがあると思えぬほどの怒濤の勢い。
けれども白狼王たちは必死にその濁流を押しとどめるべく努めた。
リンジが号令をかける。
援軍として出た安たちも後退を始める。
少し後ろへ戻った先に大きな広場がある。
平時では催し物があったり、憩いの場であったりするのだろう。
が、現在では戦争準備の場として存在していた。
角笛が吹き鳴らされた。
白狼王が言う。
「この戦場で戦っている味方が今の合図を聞いて集まってくるのを、しばらくこの先の広場で待つ! 撤退してきた味方を回収したのち、最終守護壁の近くまでさらに後退! 場合によっては――壁内まで、一時撤退する!」
状況によっては完全籠城の構えを取る。
こう言っている。
安たちは白狼王と共に広場に辿り着いた。
周囲には屋敷など建物が立ち並んでいる。
が、広場自体は防衛用の建造物を除けば視界は開けている。
広場からは、第二守護壁内で最も大きな通りも見える。
先ほど安たちが通ってきた道だ。
「……来ませんね」
あれほど押しかけていた、連なった聖体の群れ。
けれど今、大通りはしんとしている。
ここへ続く他の通りも静まりかえっている。
少し前まで聖体たちは土石流のごとく押し寄せてきていた。
ただ、あれでも東方面の聖体は相当減ったらしい。
つまり外側で戦っていたマグナル軍はかなり健闘したわけである。
もちろん、マグナル軍の方も驚くほど減ってしまったが。
「…………」
安たちは、待ち構える。
赤子に似せた声も。
助けを求める声も。
今は聞こえないのが逆に違和感と思えるほど、聞こえてこない。
ただ、警戒は解かない。
矢は引き絞られ、攻撃魔術用の魔導具は準備されている。
と、いくつかの通りから味方が姿を現した。
角笛を聞いて集まってきたのだろう。
中には姿が確認できなくなっていた剣虎団メンバーの姿もあった。
リリが心底ホッとした顔で、
「おまえら、無事だったか! よかった……」
「団長も、よく無事で……」
片や。
ようやくひと息ついた雰囲気になっていたオウルが、眉根を寄せた。
「にしても……ちょっと変ですよね、リンジさん」
「ああ」
「波が引いたみたいに……本当に、静かだ。不気味なほど」
すると、ほどなく情報が回ってきた。
聖体たちは――後退していったという。
それこそオウルが言ったように、波が引いていくみたいに。
「けど……諦めて撤退した、ってわけでもないと思うんですが――」
オウルがそう違和感を口にした時、
「見ろ!」
誰かかが北側を指差した。
北側の壁には門がない。
壁上から防衛する戦力のみでどうにかやれていた。
そこに、
「……え?」
巨大な聖体が、現れた。
否――立ち上がった。
ただし場所は最も外側の壁――第一守護壁の辺り。
今までその姿はまったく確認できていなかった。
もしかすると四足歩行のような姿勢で、ここを目指していたのかもしれない。
そしてそれが今、ようやくこのアッジズに到達し立ち上がったというわけか。
ビシュゥッ!
聖眼が、発動した。
レーザーが人型の巨大聖体の頭部を貫く。
貫かれた頭部は、熱で溶けるように溶解していく。
しかし溶解は首の辺りでストップした。
蝋人形の頭部が溶け、首のところで固まったような状態になっている。
巨大聖体の金眼の位置は両肩にあった。
一方、他の多くの聖体は人間と同じ位置に金眼がある。
ゆえに首を跳ねることで殺せたのだと思われる。
が、あれはおそらく致命的となる”核”が頭部にはないタイプだ。
しかも溶解が途中で止まったため、いわゆる”失血死”も期待できない。
他の聖体にみられる”出血”がない。
事実、まだ平然と動いている。
と、巨大聖体の首の下付近に真っ黒な穴――口らしきものが、開いた。
「ホォオ ホォオ ホォオ」
風穴の中で反響する風音のような。
そんな、不気味な鳴き声。
巨大聖体が第一守護壁を乗り越え、第二守護壁を目指してくる。
頭部の位置は聖眼の”射程高域”だったが――
それより下は、聖眼の攻撃範囲には入らない。
「――行きます」
安がそう言うのと、ほぼ同時だった。
ギュォォオオオオン、と。
遥か後方から機械的な――駆動音のようなものがした。
安は他の者と共に音の方を振り返る。
最終守護壁の向こう側で――
聖騎兵が、立ち上がっていた。
ホバーめいた短いジャンプをし、最終守護壁を乗り越えていく。
聖騎兵は、ランス型の武器を不格好に右腕と一体化させていた。
間に合わせで無理矢理にくっつけたようにも見える。
聖騎兵が、第二守護壁を挟んで向こう側にいる巨大聖体の方へ歩き出す。
リンジが心配そうに、
「大丈夫なのか、あれ……」
聖騎兵は、決して動きがいいとは言い難い様子である。
安は、
「やっぱり、僕が――」
そう言って周囲を見渡し、
(ただ、距離が……馬の一匹でもどこかに――)
「おい!」
誰かが、叫んだ。
今度は東側を――安が今まで戦ってきた方面を、指差している。
その聖体は。
頭部だけが、第二守護壁の上部から覗いていた。
先ほど北に現れた巨大聖体よりは小さい。
けれど城壁から頭部がはみ出るくらいには、大きい。
頭部には二対のツノが生えていた。
それは、どこか鹿のツノを連想させる形をしていた。
ぽーん、と。
ツノつきが、高く、跳び上がった。
多分、壁を越えるつもりだ。
ビシュゥッ!
聖眼が、レーザーを射出。
「!」
ツノつきが。
空中で身体をのけぞらせて、レーザーを回避した。
そのまま聖体は、ずぅん、と重々しく着地。
かなりの重量――質量があると思われる着地音。
跳躍した際、全身のフォルムが確認できた。
頭部から胸元にかけて縦に五つの金眼が並んでいる。
人型。
身体のところどころに――小型聖体の足や手が、確認できた。
ズズズゥ……と。
小型聖体の足や手が、ツノつきの身体の中に吸い込まれていく。
リンジが、
「後退した聖体が……合体した、のか? それとも……吸収されて、あの大きさになった……? ――ッ!」
安も、ハッとした。
スキップのような動きで。
近づいてくる――こちらへ。
上機嫌な時に行われるような動作が。
逆に――気味が悪い。
――射程距離。
安は迷わず、束ねた黒炎を放った。
渦巻く黒炎がこちらへ跳び迫るツノつきを襲う。
が、
「……っ!」
空中で――聖体が、加速した。
炎が、追いつけぬほどに。
それは、物理法則に逆らっているかのような加速だった。
安は炎に聖体を追わせる。
しかし放った炎は、聖体の背に到達する前に――消失。
桐原拓斗の【金色龍鳴波】との違い。
安の炎は長期に発生させておくことが難しい。
持続的に炎を――しかも遠距離で――維持する場合、かなりのMPを喰う。
そして。
今の安のMPは。
先ほどの攻撃でほぼ――――
尽きかけているに等しい状態と、なっていた。
「…………」
広場に。
ツノつきが、立っていた。
□
おそらくはこの瞬間――この広場にいる、誰もが。
北側の聖騎兵や南側の巨竜のことは、完全に意識から外れていた。
ツノつきがこの距離まで来たことで。
誰もが”それ”を、感じ取った。
別ものだ、と。
この沈黙のツノつきは違う。
おそらくは、格のようなものが。
他の聖体より――自分たちより。
ただ、そこに佇んでいるだけで。
誰もが……
動けなくなっていた。
静けさがひどく息苦しい。
まるで、深い海の中にいるみたいに。
皆、ツノつきをただ見ることしかできない。
これはそう、いわゆる――
”動けば殺られる”
この状態に陥っていると、言ってよかった。
あまりにも絶望的な災害を前にした時。
大抵の者は、呆然と立ち尽くすしかなくなる。
広場の刻が静止したような――音がここら一帯から、消え去ったような。
いうなれば――”局所的な真空地帯”
そこに発生した耐え難い”空白的恐怖”に、皆、支配されていた。
死ぬのだ、と。
皆、根拠なく――理解していた。
確信に近い予感として、理解できてしまった。
だからこそ、動けない。
と、ツノつきの身体中から無数の羽のようなものが生えた。
ビチビチビチッ、と。
どこか陸にうちあげられた魚のように、羽が激しく跳ねている。
おそらく、誰もが予感した。
――来る。
何か、恐ろしいものが。
死が。
「【剣眼ノ――
□
第二守護壁を守る際の戦いで、安智弘は負傷した。
手首近くに走った裂傷だった。
が、深手ではなかった。
のちに、その傷を治療をしてくれた者がいた。
それは、最果ての国で自分を治療してくれた竜人だった。
再会したのである。
この地で。
一時撤退した場所――最終守護壁の中で。
竜人は、
『またお会いしましたね』
微笑み、そう挨拶してくれた。
『ご立派に、勇者なのですね』
そうも言ってくれた。
安は、
『立派かどうかは、わからないですけど』
苦笑し、そう返した。
安は続けて、
『立派といえばあなたたちの戦団長さん……でしたか? あの大きな竜に変身したココロニコさんの方こそ、本当に立派に戦っていますよ』
竜人は安の腕に包帯を巻きながら、
『ココロニコ様が途中まであの力をお使いにならなかった理由……ご存じですか?』
安は聞いていた情報を答えた。
元の姿に戻れない――いわゆる不可逆であること。
人語を発せなくなること。
しかし竜人はそれを聞き、複雑そうな笑みを浮かべた。
『おそらく一定時間が経過したのち死に至るだろう――と……ココロニコ様は、そうおっしゃっていました。これは、一部の近しい者にしか明かしていない情報です』
『……、――え?』
『もちろん必ず死ぬと決まっているわけではありません。ただ……迷信通りであれば、死に至る可能性が高い――と』
『それは……』
『躊躇は、あったのだと思います。この戦いが終わったあとでまた会いたい者たちがいる、と……この地へ来る途中、そうおっしゃっていましたから』
『…………』
『それでも、あのかたは思ったのでしょう。この地にいる者たちを――』
竜人は巨竜が戦っている南方面を見て、言った。
『共に戦う仲間を……友を、守りたいと』
その命を、賭けてでも。
▽
――黒炎】」
誰もが息を呑み、ただ死を待つべきか否かを自らに問うさなかのような――
そんな、静止と沈黙の中。
安智弘だけが――――ただ独り、攻撃態勢に入っていた。
本能が、告げた。
ここで動かなければみんなやられる、と。
だから。
あいつの意識を自分へ向けさせ――そして炎を凝縮し、それを自らの盾に。
ずい、と。
ツノつきが、安を視た。
直後、ばたつく羽の一つがツノつきの身体から離脱――射出された。
射出されたそれは、昔ネットで見たスカイフィッシュに似ていた。
生物めいた羽がうねり――極細の長針のようなものに変形する。
刹那、
――チュィンッ――
どこか嘘臭いゲーム効果音のような、音がして。
駆け、抜けた。
安の身体を。
確かな質量を伴った極細の長針のようなものが。
黒き炎の盾を、貫通して。
たとえば――もし。
命の割れる音、というものが存在するのなら。
「――――――――――――――――」
多分こんな音がするのだろうな、と――そう、思えるような。
今まで生きてきて一度も聞いたことのない、そんな音が。
自分の中で鳴ったような――
そんな、気がした。
一層――ひと際、ツノつきの羽がビチビチと跳ねる動きが大きくなった。
今度は安以外の者へ向け、一斉に、射出されていく。
……、――ボトボトボト、と。
射出されたはずの羽が燃え、ツノつきの足もとに落下していく。
安智弘の手からのびる――巨大な一本の渦と化した黒炎。
残り少ないMPと、己自身のMPすべてを込めるつもりで放った、凝縮された一撃。
――守りたいと、願った。
仲間を、友を――大切と想う、誰かを。
自分へ向かってあの極細の長針を射出する動作。
それは”余白”以外の、何ものでもない。
時間にも意識にも――余白を、作れるかもしれない。
そして、もしそれを作れたなら――
相打ち覚悟ですべてを注げば、届くかもしれない。
今の自分が出せる、最大出力なら。
この炎。
そう、敵の攻撃と同時に決死の覚悟で放った安智弘の攻撃と願いは――
届いたのである。
□
ツノつきが自分に放ったあの一撃がなければ。
おそらく――ここにいる大半の人たちは、殺されていた。
”まずこいつを始末しなくてはならない”
きっと。
ツノつきにそう思わせられたからこそ作ることのできた”余白”。
ワンテンポだけ、他の味方全体への敵の攻撃を遅らせることができた。
必要なはずだ。
今ここで生き残っている人たちは。
まだこの戦いにも――この戦いの、先の未来にも。
そして、今の僕にとっても。
だから僕は。
願った。
この人たちを守りたいと――――生きていて、欲しいと。
▽
……燃えている……全身が。
ツノつきが、燃えている。
どこから声が出ているのか。
オォォオオオオ……と。
ツノつきが、吠えている。
それは断末魔の悲鳴か、あるいは――。
ツノつきが安の方へ手を伸ばそうとし――叶わず、膝をつく。
ずしぃん、と。
燃えながら、ツノつきがくずおれる。
ツノが消し炭となり、続けて、本体が消し炭になっていく……。
「…………」
自分の名を呼ぶ声が、聞こえる。
誰の……声だろう……。
「――――――――」
MPが底を尽きたら、気絶する。
だけどまだ――気絶するわけにはいかない。
確認された敵戦力はまだ、残っているはず……。
血も。
長針が貫いた部位の血も……止まらない……。
「……で、も」
守りたい。
死なせたく、ない。
だから。
あと、もう少しだけでいい。
……もし。
誰もが祈る存在としての”神様”が、いるのなら。
――――お願いします。
どうかあと、もう少しだけ。
僕に戦える力と――――――――時間を。
【■■スキルが解■さ■ました】
【■■■■■■■】




