最終局面へ/聖眼防衛戦
◇【安智弘】◇
第一守護壁が突破されると、主戦場はそのまま移行した。
第二守護壁の防衛――及び、その外側での戦いへと。
激戦と化したのはやはり門のある東と南であった。
が、聖体の群れはもはや壁を越えてくる。
ゆえに門の有無は関係ない――
当初はそう思われたが、中型以上の聖体が壁越えに苦慮していた。
聖体たちはこれを理解していたらしい。
第二守護壁の門を破らんと聖体軍はさらに攻勢を増した。
しかし、安智弘が戦っていた東門方面はどうにか防衛線を維持。
東門ではマグナル軍や新旧剣虎団も戦っていた。
一方、ミラ軍と最果ての国軍が戦う南門方面が苦戦を強いられる。
そこで南門方面を助けるべく、剣虎団がそちらへ向かうこととなった。
南門方面の戦いはより一層、熾烈を極めた。
ミラ軍では選帝三家の老ハウゼン・ディアスが戦死。
剣虎団は最古参である老戦士ビグを失った。
また、剣虎団では副団長のフォスも深手を負ってしまう。
他にも負傷者を出した。
その負傷した仲間を逃すべく、団長のリリが援護へと回った。
ここでリリは神魔剣ストームキャリバーの能力”無限狂針”を解放。
周囲に味方がいると巻き込む可能性の高い能力である。
そのためリリは単独で仲間の”しんがり”役を選んだ。
けれど途中、彼女は能力の副作用により正気を失いかける。
リリはそのまま、敵の群れの奥まで単独で突入しようとした。
そこへミラ軍のルハイトが兵を率い、リリを救出。
どうにか、第二守護壁内まで撤退することに成功した。
だが――
南門はさらなる聖体軍の猛攻により、破壊されてしまう。
ここで聖体軍の前に立ち塞がったのが――
最果ての国の四戦煌が一人、竜人ココロニコ・ドランであった。
ココロニコは”古代竜の成血”を飲みくだしていた。
これは、最果ての国の開かずの宝物庫に眠っていた宝物の一つである。
不可逆な巨竜化をもたらす古の血により、ココロニコは巨竜と化した。
人語を永遠に話せなくなる代わりに得た強大なる古竜の力。
炎の息で聖体を焼き尽くし、踏みつけ、殺していく。
しかし南門が破壊されたことで、強力な大型聖体も続々と突入。
強靱なる巨竜もいつまでもつか――
そんな不安が頭をよぎる者も出始める。
ともあれ――こうして、第二守護壁の南門から中型以上の聖体が続々と流入。
いよいよ聖眼防衛軍は、最終守護壁までの撤退を余儀なくされたのである。
▽
安智弘は、建物の壁に背を預けた。
(MPも、残りが心許なくなってきた……)
安が今いるのは、最終守護壁の内側である。
城の手前にある広場のような場所で、他にも休んでいる者たちがいる。
他にも城内に入りきらぬ負傷者が多数寝かされている。
なんとはなしに見ると足もとに虫の死骸があった。
ひっくり返って、腹を見せた状態になっている。
「…………」
ふぅ、と疲労を逃がすように息を吐く。
防衛戦が始まってからほぼ休みなしで戦い続けてきた。
ステータス補正があるとはいえ傍目にも極度の疲労がわかったのだろう。
リンジから少し休めと”命令”された。
(僕は元々、そんなに体力のある方じゃない……勇者のステータス補正には感謝しないといけない……)
壁の外では今も戦っている声や音がしている。
まだ壁の外で味方がなんとか粘っていると聞いた。
(確か……外では、マグナルの人たちが中心になって戦っている……)
白狼王やシシリー・アートライトも出ているはず。
(二人とも、無事だといいけど……)
一方、南門方面では巨竜がどうにか持ちこたえている。
断続的に咆哮が聞こえてくる。
また、壁上でも聖体の侵入を防ぐべく決死の防衛戦が続いている。
この広場には再びの戦いに備え、復帰可能な戦力が結集し始めていた。
広場にはマグナルのディアリス・アートライトがいて、指示を出している。
と、
「どうだ、トモヒロ」
リンジがやって来た。
頭に巻いた包帯で彼の左目は隠れていた。
包帯には血が滲んでいる。
腕や肩にも包帯が巻かれていた。
ただ、今のところ特に身体の動作に問題はなさそうだ。
本人も一応ピンピンしている……ように見える。
「MP――スキルを使用するための燃料の残りが、少し不安になってきました」
「そいつは仕方ねぇさ。あれだけ戦いずくめだったんだから。むしろここまで、トモヒロは驚くほどよくやってくれた」
このアッジズに来るまでのレベルアップの恩恵のおかげか。
以前よりMP消費量はかなり抑えられている。
召喚されて間もない頃であれば、MPはもう尽きていただろう。
「皆さん、無事ですか」
「……全員とはいかねぇが、うちはまだマシな方さ」
そう答えるリンジの表情には辛そうな感情が滲んでいた。
安は、話題を微妙に変える。
「戦況は……どうです?」
リンジはこちらもやや芳しくない顔で、壁の外の方を見つめた。
「……わずかに聖体軍の勢いが落ちてきてる気もするんだが……まったく楽観視できる状況じゃねぇのは、確かだな」
「そう、ですか」
「心情的に複雑なのは……戦いでこっちの人数がかなり減ったからこそ、この最終守護壁内にどうにか負傷者や一時休息組を詰め込めたってことだな……」
「やっぱり、聖体には疲労という概念がない印象ですね」
睡眠も必要ない。
かつて聖体を率いたリリはそう言っていた。
だからこそ、長引けばこちらが不利になってくる。
と、その時――ふと安の視界に、あるものがとまった。
離れたところに聖女キュリア・ギルステインの姿が見えた。
修繕中と聞いた聖騎兵の前に何人かの配下と共に立っている。
つられるように、リンジもそちらへ目を向けた。
「ああ……前の大侵攻で半壊したっていう、まともに動くかわからねぇアレを動かしてみるらしい。ただ、聖女さんの方もあの身体で動かせるかどうか……」
第一守護壁が破られたあと。
聖女が城から出てきた。
彼女は前線に加わり、魔導具で味方の援護をしていた。
城内のことはヨナトの女王に完全に任せてきたそうだ。
安は南門の方を向き、
「あっちは……」
「最果ての国の王様が南方面の戦力を一度まとめて、今はあのでっかい竜の援護をしながら戦ってるらしい。ルハイトっていう美男子の大将軍さんは一旦後ろに引いたみたいだな……最終守護壁を最悪突破されてここで最終決戦になった時、指揮をして欲しい――と、聖女からそう頼まれたんだとか」
なんとはなしに――安は、空を見上げた。
早朝から始まったこの戦い。
とっくに正午は回っている。
死肉のニオイに集まってきたのだろうか。
大きめの鳥が、青い空を旋回している。
(眠る余裕はなさそうだな……)
わずかでも睡眠を取りMPを回復することも考えた。
が、神経が昂ぶって眠れそうにない。
敵があの壁を挟んでもうすぐそこまで来ている。
この状態で眠れるほど神経が図太くないのは、残念だった。
(まあどのみち眠れたとして、そう睡眠時間が取れるとも思えないけど――)
「?」
広場の一部で、兵たちの様子が微妙に変わった気がした。
リンジも気づいたようだ。
二人が不思議に思っていると、
「ここにいたか、異界の勇者」
先ほど美男子の大将軍と言われたルハイト・ミラがやって来た。
その美しい顔や金髪には、乾いた泥が付着している。
「ルハイトさん――様」
「別に”さん”で構わないと、前に言っただろう? 慣れないか?」
「……すみません」
「ふっ、いいさ。どちらでも、君の呼びやすいように呼んでくれればいい」
優雅かつ柔和な表情で、ルハイトはそう言った。
彼は戦いの前に自分の――安智弘の現状の聞き取りなどをした。
その中で安は軽く雑談したり、少し相談をさせてもらったりもした。
だからいくらか、話しやすさはある。
と、ルハイトが表情を変えた。
そして、
「小さくはあるが……ほんのわずか、希望が見えたかもしれない」
腕を組んでいたリンジが、
「どういうことです?」
「戦いの前にディアリス・アートライトから聞いたのだが――彼らは本国からの撤退中、いくつかの地点に兵を残してきたそうだ」
「ほぅ?」
「志願者を募ったそうだよ。まあ……もちろん国のためを思っての者もいるだろうが、中には、そちらに残る方が生存率が高いと考えた者もいたかもしれないな。いや――ここでそんな勘ぐりをするのは、無礼か」
彼らの役目は、後続の聖体軍の動きを軍魔鳩で報告すること。
が、これまで彼らから軍魔鳩は届いていなかった。
届いていなかった理由は、距離のこともあったかもしれない。
ただ、その多くはアッジズに向かう途中で撃墜されたと見られている。
特に指揮官役だったアライオン貴族たちは軍魔鳩を知っている。
見かけ次第、撃ち落とせと言われていたのだろう。
大半の軍魔鳩に見られる特徴は最短距離を選んでしまうことだそうだ。
ゆえに発見されやすい、というデメリットもある。
敵対勢力を避けてのルート選択をする軍魔鳩もいるが、貴重だという。
そして彼らの軍魔鳩は、そのようなものではなかった。
リンジが探る目つきで、
「その残してきた兵からの軍魔鳩が、届いた?」
「ああ。暫定的ではあるが、聖体軍の”途切れ”が確認されたらしい」
「途切れ、ってのは……つまり……」
「言い換えれば”これまでに確認された聖体軍以上の増援はもうない可能性がある”ということだ」
永遠に続くかとすら思われた聖体の波。
が、とある観測地点以降より聖体の影は確認できず。
「各観測地点からそういった報告が時間差で届いてきている」
人間の指揮官を失ったのに加え、戦いによる聖体数の減少。
これにより、無事到着する軍魔鳩が増えたと思われる。
ルハイトはそう推測した。
リンジの表情にも、ほのかに希望が灯ったのがわかった。
「つまり……どうにかこのまま粘れば――この戦いの終わりは、近いかもしれないってことか」
こく、とルハイトが頷く。
「もちろん時間差で追加の敵の援軍が来る可能性は否定できない。しかし報告にあった情報をまとめれば、少なくとも距離的に数日の猶予は得られるはずだ」
リンジは顎に手をやり、
「……なるほど」
安も得心した。
ちょっと前から広場の味方の様子が変わり始めていた。
あれは、この報が伝わったからだったのだ。
けれどルハイトの顔には、まだ晴れぬ憂慮が停滞している。
「ただ――問題は、残る聖体軍だ」
現在、アッジズへ向かっている確認済みの聖体軍。
まだ決して”少ない”とは言えぬ規模の聖体が残っている。
ここを、目指している。
「果たして今残っているこちらの戦力で、対処し切れるかどうか……」
表情を見るにリンジも同じ憂慮を抱いているようだ。
「南門の外で戦ってる巨竜さんが、あとどんだけやれるか――あの不完全な状態の聖騎兵ってのが、どんくらい戦えるか……でかい戦力で言えば、そんなとこか」
「剣虎団の団長の神魔剣も上手くやれればそれなりの戦力にはなってくれそうだが……規模という意味で頼りになるのは、やはりあなたが今言った二つになるだろう……」
あとは、とルハイトが安を見る。
「今の状態はどうだ? 朝からの連戦で疲れ切っているところに、こんな問いは少々気が引けるが……」
安は、表示していたステータスウィンドウを閉じた。
そして、
「やれる限りは、やるつもりです。いえ――やらせてください」
それに、と続ける。
「疲れ切っているのは僕だけじゃありません。ルハイトさんも――皆さんも、同じですから」
くい、と口端を上げたリンジが安と目を合わせる。
そして彼は自分の尻を両手で叩き、切り替える調子で言った。
「よっしゃ……そんじゃもうひと仕事、行くとするか!」
するとルハイトが、俯き気味に言った。
謝罪でもするかのような調子で。
「もちろん必要とあれば……私も、打って出る」
自分がこの後方に残るままなので気が引けるのだろう。
この反応を見て安は思った。
ルハイトさんはやっぱり信頼していい人だ、と。
ぽんっ、と通りすぎざまにリンジがルハイトの肩を叩いた。
「あんたは最終防衛線の要と言ってもいい。あんたが後ろにいてくれるって状態の方が、おれたちも気兼ねなく戦える。ま――こっちの守りは、しっかり頼んだぜ」
数は少ないながら門外へ援軍を送る準備もちょうど整ったらしい。
安とリンジは、東門の前へ向かった。
同じく連戦の影響で休息を取っていた旧剣虎団も、東門の前に集まる。
「あんまり休ませられなくて悪いな、トモヒロ」
リンジのその言葉にオウルが続く。
「けどトモヒロがいた方が、なーんかそこの戦場の味方の士気も高くなるんだよな」
オウルも傷を負ってはいるものの、まだ戦える状態にはある。
ただ……意気揚々としていても、その疲労は察するに余りあった。
それは他の旧剣虎団の面々も同じ。
けれども――聖体軍の波が”途切れた”との報。
これは、疲労によって塗りつぶされかけていた士気を繋ぐのに十分だった。
門の近くで、旗が振られた。
――――開門の合図。
「【剣眼ノ黒炎】」
門が、開いていく。
開戦時もだったが、この瞬間は空気に独特の緊張感が走る。
味方が――先頭方面から、動き出した。
この最終守護壁の外は貴族の屋敷などが多い地区。
要するに建物が多く、道も第二守護壁の外側ほど広くはない。
ゆえに馬で出てもその強みを活かしにくい。
そのため安たちは、馬なしでこの先の戦場へと飛び込む。
と――早速、聖体たちが門から突入を試みてきた。
先頭にいる安は渦巻く黒炎を前へ放つ。
放った炎の横幅を広げながら前へ進み――後続のための道を開く。
安のすぐ後方にいるリンジが後ろを見やった。
彼が剣を掲げ、叫ぶ。
「行くぞ! 勇者に続けぇええ!」
□
もう一つの決戦。
ここ王都アッジズにて始まった聖眼防衛戦も――いよいよ、最終局面を迎えようとしていた。
前回更新後に新しく1件、レビューをいただきました。ありがとうございます。
こちらも最終局面へと突入ですね。
次話は、もう少し早く更新できるかと思います。




