美貌なる種族
身を潜めながら俺は移動を開始した。
この威圧感を放っている相手……。
敵かどうかの断定はまだできない。
ただ、あの四人の会話から正体の想像はつく。
『違うぞぉ?』
『だが、さすがのオレたちも今回の獲物に手をつけるのは自重せざるをえまい』
あいつらが追っていた人物。
「にしても……戦いの意思表示とも取れる、この感じ――」
正面から迎え撃つ腹か。
奇襲を仕掛けるなら気配を消してくるはずだ。
が、この愚直なほど濃く漂う戦意。
挑戦状めいた意思表示。
よほど実力に自信があるのか。
あるいは実直にすぎる人物なのか。
太めの枝を拾う。
ヒュッ
斜めの方角へ投擲。
ガサッ
一拍の間。
「ピ」
突起状で様子をうかがっていたピギ丸が小さく合図する。
相手が、動いた。
対象が移動した方角を突起で示すピギ丸。
相手の動きは恐ろしく速かった。
まるで、疾風。
俺も素早く膝を地面から離し、動く。
背後を、捉える。
対象の背がハッとした反応を示す。
が、わずかに遅い。
「【パラライズ】」
相手は振り向かない。
否――振り向けない。
身体が動かないことに戸惑っているようだ。
佇まいからして女。
頭部を覆うのはフードか?
いや、違う。
あれだ。
修道女とかが被っているアレに近い。
確かベールと呼ぶのだったか?
というか、フードの方はそれとは別に背中に垂れている。
パーカーのフードみたいに。
次に目を引くのは全体の身なり。
ドレス風の鎧とでも表現すればいいのだろうか?
白をベースとした鎧と装具。
青と緑のラインが各部位を彩っている。
髪は淡いレモンイエロー。
長い髪を後ろで一つに結っていた。
鎧で多少わかりづらいが華奢な身体と思われる。
が、最も気にかかったのは、
「攻撃の意思は感じられたが――どうもあんたの殺意には、不純物がまじっていてな。そこが、気にかかった」
途中で殺意の性質が切り替わったのがわかった。
感じたのは迷い。
純性の殺意や嗜虐性とは質を異にしていた。
遺跡の魔物やさっきの四人とは、違う感情の発露。
比較対象があったおかげか、その違いがわかった。
「さっきの四人組とはどこか違う感じがした。だから、少し話をしてみようと思ったわけだ。とはいえ、動きの方は保険として封じさせてもらったが」
ヤバそうな相手に変わりはない。
個々に見ればあの四人より威圧感があった。
ゆえに、ここは先手必勝。
こちらが有利な状況を作っておくに越したことはない。
「な……に、が――目、的……です、か……やは、り――」
女が質問してきた。
ひとまず、正直に答える。
「言ってしまえばまあ、道に迷っちまった感じでな……もしあんたがこの近辺に明るいなら、最寄りの町か村を教えてほしい。俺はこの辺りの人間じゃない。おかげでこのあたりの常識も欠如している。だからこの辺りの情報を、できればあれこれ教えて欲しいんだが――」
女に変化が見えた。
伝わってくる感情は戸惑い。
疑念。
俺は注意しつつ、正面に回り込んだ。
「……目隠し?」
額当てのパーツの一部、だろうか?
目がパーツで覆われている。
まるで、アイマスクみたいに。
視線をやや下げる。
正面から見ると肌の白さが際立つ。
あごは丸みを帯びた鋭角。
小顔と呼んで差し支えない頭部。
艶を帯びた女の薄い唇が、微弱に震えた。
「よ、にん……は……?」
「――あいつら、あんたの仲間か?」
「ち、が……い、ま……す……」
「…………」
麻痺状態の相手とは会話しづらい。
ゲージ残量の問題もある。
仕方ない。
「会話をしやすいように、今から口だけ動かせるようにする」
正確には頭部だが。
ここは”口”と限定しておく。
会話のための措置、という意思表示。
「だが妙な動きをしたら、その時点でまたスキルを使用する。こちらには痛めつける手段もある。わかったな?」
今のはハッタリもまじえた。
相手は同じ”麻痺スキル”と認識したはずだ。
が、実際は同スキル【パラライズ】の重ねがけは不可能。
しかし俺は嘘を言っていない。
妙な動きをしたら【スリープ】を使う。
が、眠られると会話は困難。
できれば【スリープ】の使用は避けたい。
まあ眠らせて拘束という手もあるが――今はその段階ではないだろう。
ピギ丸は静かにしている。
完全に空気を読んで息を潜めていた。
思わず感心してしまう。
というか、ピギ丸はかなり賢い気がする……。
しばし間があって、女が回答を口にした。
「は、い」
ゲージ横の【部位解除(頭部)】に触れる。
他の解除と同じ要領で表示を切り替える。
カシャッ
解除後は念のため少し距離を取った。
女がポカンとしている。
「――し……喋れる……普通に……」
「動かしていいのは”口”だけだ。悪いが俺はあんたをまだ警戒している。ここへ辿り着くまでに俺も色々あってな。だから見知らぬ人間を、安易に信用できない」
「いえ――見知らぬ相手を警戒するのは、間違ってはいません。旅人であれば当然の心得でしょう」
いきなり罵倒してくることはなかった。
できた人格の持ち主なのだろうか?
澄んだ声には意志の強さもうかがえる。
清廉な騎士がもし実在したらこんな感じかもしれない。
再度、観察。
見た目もそうと言われれば、頷ける風体か。
「…………」
黄ゲージを一瞥。
ここで一つ気づく。
四人組の時や先ほどの部位解除の時、違和感があった。
おそらく俺以外の人間に、ゲージは見えていない。
ゲージを認識できない。
つまり減っていくゲージを見て効果時間に限りがあると推測されないわけだ。
初見なら効果が永続だと騙すこともできなくはない、か。
「あなたの質問に答える前に一つ、確認したいことがあります」
「答えるかどうかは、内容次第だが」
「四人組の男に会いましたか?」
「会った」
「彼らはどこに?」
「殺した」
「……、――え? 殺、した?」
「何かまずかったか? 連中は救いようのないクズにしか見えなかったし、俺はあんたを追っていた連中だと判断しているが」
「あ――いえ……まずいことはありません。彼らが私を追っていたのは事実です。ですが……」
女がまじまじと俺を見る。
「あの聖なる番人を……まさか、あなた一人で? それとも、近くに他の仲間がいるのですか?」
「……一人いる。あいつらは仲間と二人で片づけた。だが、今はその仲間の姿を見せるつもりはない」
これも嘘ではない。
確かにもう一人”潜んで”いる。
姿の見えない仲間の存在を示唆しておく。
相手の動きを封じるのには、これも有効な手段のはずだ。
しかしあの四人組、そんな大仰な名がついていたのか……。
まあ、あの四人はこの女の味方ではなかった。
今はこれを知れただけで十分だろう。
おかげで会話がしやすくなった。
仲間殺しとなると、会話しづらいからな……。
「…………」
さりとて、この女をまだ信用はできない。
たとえば女は”目”を見せていない。
目は口以上に真実を語るとも聞く。
あえて目を隠すのは嘘を見破られないためか。
と思っていると、
カシャッ
目を覆っていた部位が上へスライドした。
なんというタイミングか。
心の中を読まれたわけではない……とは思うが。
観察面積の増えた女の風貌を眺める。
整った二重まぶた。
綺麗に揃った上品なまつ毛。
淡いブルーの瞳は思わずハッとさせられるほどだった。
あんなにも澄んだ目が実在するのか、と。
覆いが取れて顔立ちも鮮明となった。
紛れもなく美人と称される部類だろう。
人並み外れたこの神秘的な美しさ。
どうしても”あの種族”が思い浮かぶ。
昨今の創作物では優れた美貌を持つ細身の姿として描かれることが多い。
俗に”エルフ”と称される種族。
ただし彼らを最も象徴する”アレ”が、彼女には備わっていない。
そう、
「…………」
ベールから覗く女の耳は人間のものだ。




