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血戦



 狂美帝は逡巡を見せた。

 けれどそれは、ほんの数瞬。

 狂美帝がエクスブリンガーの能力を発動させ、走り出す。

 彼はすれ違いざま、浅葱に一瞥をくれた。

 が、


「チェスター! 二人を任せた!」


 そう命じ、すぐに前を向く。

 狂美帝は羽根めいた十数枚の光の刃を従え、飛ばす。

 さらに自らもヴィシスに斬りかかった。

 ヴィシスは眉間に皺を寄せ、


「……なるほど。。確かに、この神をも引きずり降ろす力……禁字族の禁呪と、トーカ・ミモリの状態異常スキル以外の……このヴィシスにとっての――


 ヴィシスは腕を変形させ、迎撃に打って出た。

 狂美帝が襲い来るヴィシスの刃を切断する。

 エクスブリンガーの浮遊光刃の編隊がヴィシスを通過。

 女神の身体が切り裂かれ、白い血が飛び散る。 

 舌打ちするヴィシス。


「この程度の攻撃を避け切れないどころか、こうも簡単に、皮膚が裂けるとは……、――ッ」


 ヴィシスは浮遊光刃を甘んじて受けたらしい。

 致命傷になりうる狂美帝の神聖剣本体を防ぐのに力を注ぐ構えのようだ。

 打ち合う、刃と刃の音。

 小鳩のすぐそばに来た浅葱が肩で緩く息をし、戦う二人の方を見た。


「あの……あ、浅葱さん……」

「あー……よく考えりゃそうか」


 小鳩の声に応える様子はなく、浅葱が言った。


「ひじりんの事前情報通りなら、ヴィシスの血ははずだ」

「え?」

「気づくべきだったな。アタシとしたことが――抜かった。言い訳くさすぎるが……三森灯河と戦えるのが嬉しくて、ちょいと油断してたな」


 浅葱が、はぁ、と小さく息をつく。


「腕を切り落とさなかったのも、試すためとはいえアタシの手を自分の身体に触れさせたのも――よく考えてみりゃあ危機意識なさすぎるもんね。けどあの白い血のヴィシスが分身――スペアだってんなら、あの危機意識のなさにも説明がつく。死んでもアイテム残して復活できるゲームと全ロストのゲームじゃ、危機意識ってのはまるで違うもんだ。うーん……しかしあいつがパチモンとなると、アタシの固有スキルは【女神の解呪(ディスペルバブル)】が適用されないんじゃないか説の正否は微妙なとこになるなー。パチモンにも付与されてんのか、さっき聞いときゃよかったネ……」


 ゲームの喩えは、よくわからないけど。

 あのヴィシスはつまり、ニセモノということなのか。

 ただ……小鳩はそのことよりも、気になっていることがあって。


「……その……浅葱、さんは――」

「おまえがいなけりゃ――」


 そこで浅葱は、あぁそうか、と鼻の下に指の腹を押しつけた。


「……アタシが裏切らないって狂美帝に言ったのは、ここまで見越してたってことかぁ? まー……思い返せばヒントは確かにあったかもだけどさぁ……けど、そこから無意識の欲望まで織り込んでくるとは――ほんと最高かよ、三森灯河。くっそ……やっぱヴィシスとその駒を使って戦いたかったなぁ……はぁ……、――で、おまえは何? なんか言いかけてなかった?」

「あの……最初からこのつもり、だったんだよね?」


 さあね、とはぐらかすように肩を竦める浅葱。


「ご想像にお任せシマース」


 ……さっき浅葱は言った。

 まだ痺れ薬が効いていないなら、と。

 つまり……痺れ薬を飲ませたのは、おそらく事実。

 ヴィシスを欺いてから解毒剤をあとで渡すつもりだったのか。

 いや。

 違う、気がする。


 今の”ヴィシスに対する裏切り”は想定外のによって起きたこと。


 小鳩はそんな気がしてならなかった。

 だけど……それ以上、聞けなかった。

 追求、できなかった。

 ……それから、


(こうなったのはわたしのせいだ、って浅葱さんは言った……あれは、どういう――)


 おっ、と浅葱が眉を上げた。


「やったね、ツィーネちん」


 狂美帝の斬撃が偽ヴィシスの身体を斜めに断裂させた。

 偽ヴィシス側の防御がそこから一気に崩れる。

 狂美帝の止まらぬ攻撃に――偽ヴィシスの再生能力が、追いつかなくなる。


「ふ、ふふふ……このクソガキどもが……残念、でしたねぇ……?」


 弱々しくも、憎たらしさに満ちた笑いを漏らす偽ヴィシス。

 やがて偽ヴィシスは再生を行えなくなり、溶解した。

 狂美帝が消失した偽ヴィシスの死体の痕跡を見つめ、


「これが本物であったらな」


 浅葱の方を振り向き、


「アサギ、解毒剤は本当に――」

「――そうなるか」


 浅葱の目が、部屋の一点を見ている。


「あ」


 小鳩も気づいた。

 部屋の出入り口のところに。

 手に瓦礫の岩――いや、鉄?

 それを、掴んでいる。

 




 





 外見の特徴からすぐにピンときた。

 さっき偽ヴィシスが言っていた。

 近づいている、と。

 けれど――あまりに気配が、なかった。

 もちろんこれは、鹿島小鳩だからかもしれない。

 が、他の三人も姿を認めるまで気づいた様子がなかった。

 狂美帝が構えを取ろうとする。

 浅葱たちの盾になろうと考えたか――チェスターが、動き出す。

 でも。

 速い。

 速すぎて。

 何もかもが、間に合わ――――


 ―― ブンッ! ――


 投擲。

 ヲールムガンドが、手に掴んでいたものを投げた。

 白き神徒の手から放たれたそれらは。

 まるで散弾ように。  

 まさに、弾丸のごとき速さを備えたつぶてとなり――


 部屋にいた者たちに、襲いかかった。


(あ――)


 小鳩は予感を覚えた。

 死ぬ。

 死の気配。

 こんなにもわかるものなんだ、と。

 こんなにも早い段階で……悟るものなんだ、と――


 ―― トンッ ――


 その時。

 何かが、小鳩の身体を押した。


「――は?――」


 視界に。

 小鳩の身体を突き飛ばした、浅葱がいて。

 その浅葱の目は、見開かれていた。

 なんだかさっきみたいに。

 自分の行動に、自分で驚いているみたいな――


「ぇ――――、……浅葱、さ――」



 ―― ボッ ――



 変な音。

 変な音が、した。

 貫通?

 貫――通。

 遅れてその認識が、やって来て。

 ドキッ、とした。

 たとえば。

 映画とかで唐突にショッキングなシーンが映った時の、あんな感じ。


「浅葱……さん?」


 浅葱の身体の内部を通過した瓦礫が。

 壁に、めり込む。


(……今、私を……庇ってくれ、た……の?)


 チェスターは――吹き飛ばされていた。

 ただ、瓦礫が防具に当たったためか致命傷は避けたようだ。

 狂美帝は――


「……ぬ、ぐっ」 


 右膝から下が、千切れていた。

 瓦礫の当たりどころが悪く、ああなったのかもしれない。

 あるいは――そもそも。

 最も戦闘能力の高い狂美帝の無力化に狙いを絞ったのか。

 そして。

 その状態にあっても狂美帝は、戦う姿勢を見せる。

 神聖剣の能力で、あの浮遊光刃を発現させた。

 狂美帝が戦意に満ちた表情で、


「チェスターッ……アサギを担いで、逃げろ! コバトもそれを手伝え……ッ」


 ――ゴキッ――


「ぐ、ぅ……ッ!?」


 ヲールムガンドが、狂美帝の腕を足裏で踏みつけた。

 多分――剣を持っている方の手首はあれで、粉砕された。

 ただ、踏まれる前に狂美帝は浮遊光刃を放っていた。

 しかしヲールムガンドは回避もせず、受けた。

 傷一つ、つけられなかった。

 チェスターが青ざめ、叫ぶ。


「陛下ぁああ!」

「……馬鹿者! 余に構わずゆけ! そなたも余に命を捧げた配下の一人であろう!? これは皇帝としての命令だ、チェスターッ!」

「――ッ、……っ」


 崩れそうな顔で歯噛みしたあと――

 チェスターが、浅葱に駆け寄る。

 小鳩は――必死で。

 浅葱を。


(浅葱、さんを)


 連れて、いかないと。

 ……生きてる、よね?

 生きてるよね――浅葱さん?

 治癒スキル。

 レベルは低いけど、使えるようになったんだよ?

 治癒スキルだから痛みを和らげたり、出血を抑えるくらいしか、できないけど――


「う……」


 ほんの一瞬の間に。

 チェスターらの前にヲールムガンドが、立ち塞がった。

 狂美帝の神聖剣はすでに足で遠くに蹴り飛ばされていた。

 そしてその使い手の狂美帝はもう動けず――攻撃も、できない。

 チェスターが殴られて吹き飛ばされる。

 彼は壁に衝突し、前のめりに倒れ込んだ。

 そして地面に腕をつき、吐血した。


「ご、ふっ……」


 小鳩が気づいた時にはもう、チェスターは吹き飛ばされていた。

 吹き飛ばされるまでの過程を――小鳩は、認識できなかった。


「――あ」


 小鳩は、膝からくずおれた。

 逃げ、られない。

 これが……神徒。


 自分みたいな人間でも、わかる。


 この神徒は。

 何も、させてくれない。

 そうして――殺しに、くる。

 確実に。


 小鳩は。

 浅葱を庇うようにして、抱きしめた。

 ほとんど反射的にそうしていた。

 できるはずもないのに。

 守らなきゃ、と。

 そう、思った。


(わたし――)


「浅葱さん」


 浅葱は、意識がないようだった。

 でも――心臓は、まだ動いている。

 生きてる。


「どうしてかはわからないけど……あんな顔でわたしのせいだ、って言われても……わたし――」


 小鳩はとても優しい目で、声をかける。



「味方としてこっちに戻ってきてくれて、嬉しかった……ありがとう……」



 そして小鳩は、浅葱を抱きかかえたまま。

 曇りのない目で、ヲールムガンドを真っ直ぐに見上げる。

 絶対自分だったら震えると思っていたけど。

 不思議と、震えはなかった。

 なぜか恐怖もなくて。

 悪くない最期かもしれないとすら……今は、思えてしまう。


「それから……ごめん、足手まといで。トロくさいポッポで……そのせいで、庇わせちゃって……本当に、ごめんなさい………………なんの償いにも、ならないけど……」


 わたし。





「最後まで浅葱さんと、一緒にいるよ」





 浅葱の手を握る。

 ここに、いるから。

 だからせめて。

 

 最期は、一緒に。


「…………ちっ」


 見下ろすヲールムガンドが、舌打ちする。


「突入者とはいえ、こんなのも殺さなくちゃならねーのかよ……ったく、これじゃあ笑いも出ねぇ……」


 だが悪ぃな、とヲールムガンドが構える。


「ヴィシスの因子には逆らえねぇ……だから、せめて痛みを感じねぇようひと思いに――――」



 ビトッ――と。



 蜘蛛の糸みたいなものが。

 壁に、張り付いた。

 いや……糸と言うには、太い。

 どちらかというと――つな

 それは、ヲールムガンドの後方で起こったことだった。

 そう――あれを思い出す。

 サーカスで曲芸師が高い位置で演じる、綱渡りの綱みたいな。


 あれのイメージより少し低い位置で。

 半透明の綱が、斜め下に向かって伸びている。

 この部屋は天井が高い。

 階段をのぼった先の高い位置にも通路がある。

 その通路から――三人、飛び出してきた。

 壁に張り付いたあの糸に引っ張られるようにして。

 あるいは。

 張り付いた糸が通路の向こうにいた三人を、引っ張るかのようにして――


「――あぁ?」


 背後に違和感を覚え、反応を示すヲールムガンド。


(あ――)


 小鳩の顔が、くしゃりと。

 歪んだ。




 




「縛呪――――




 蠅王に。

 セラス・アシュレインとムニンが、しがみついている。

 横の慣性に引きずられるようにして、中空に三人が躍り出ている。

 ヲールムガンドの反応は――素早かった。

 いつの間に振り返ったのか。

 小鳩が認識できた時には、もう跳躍し、攻撃態勢に移っている。



「――【ダーク】――」



 起源霊装を展開したセラス・アシュレインが、光の剣を振るう。

 ヲールムガンドの攻撃を、ぐわんっ、と重々しく打ち払い――



 ――解放……ッ!」


 三人は、そのまま壁に衝突。

 やや離れた位置に着地したヲールムガンドが、そちらへ駆け出す。

 まさに、鬼気迫ると表現するにふさわしい殺意を放出して。

 迫る複数の鎖を体内に吸収しながら――



 鬼神がごとき白き神徒が、襲いかかる。





     □




 無駄の排除。


 ヲールムガンドから、声は消えていた。


 白き堕神は。


 障害の排除にすべてを集約し、排除行動のみに移行している。


 まるでモードが、切り替わったみたいに。



「【パラ――ライズ】ッ」



 ――ピシッ――ビキッ――



 直後。

 赤い血が噴き出し、巻き散らされた。

 が――ヲールムガンドは、止まらない。



「セラス!」



 王が、騎士の名を口にする。

 それは。

 騎士への信頼すべてをのせた声。

 王の声に――騎士が、応える。



!」



 白き、咆哮。

 最後の神徒と――完全なる、起源霊装。

 最強の戦士と最強の剣士が互いに攻撃を仕掛ける。

 血煙の中で振るわれる、破壊槌がごとき白き神徒の豪腕。

 光迸る姫騎士の剣がそれを迎撃すべく――――




 空気をえぐり、切り裂く。






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― 新着の感想 ―
んーーー ここまで面白いと思ってずっと読んできたのにアサギが訳分からんことするからロキエラの情報が女神に行っちまったやん.. 作者はどういうエンドにしたいのかよくわからんな
浅葱のスキルはヴィシスに効果あり!一気にクライマックスかとドキドキ!でもヴィシスは偽物、そこにタイミング良くヲールムガンド登場で一気に緊張が高まる。浅葱が狂美帝がチェスターが一蹴ってショック!さらに蠅…
小鳩は浅葱にとっては「かつて守りたかった」母親に似てるのかもしれない。
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