最大のミス
◇【鹿島小鳩】◇
迷宮内へ転送後、鹿島小鳩は最初に戦場浅葱と合流した。
自分と出会った時、浅葱は微妙な顔をした。
『あー……ポッポかぁー』
小鳩は、
『ご、ごめん』
謝るしかできなかった。
そう――この迷宮の突入組。
戦力として誰よりも力不足なのは自分。
よくわかっている。
ただその後、すぐに狂美帝と合流できた。
また、その配下のチェスター・オルドも狂美帝と一緒だった。
”近い順番で入った者同士が出会いやすい”
一応、法則通りらしい。
浅葱は、
『うーんSRかぁー。贅沢言うなら、URとは言わんまでもSSRくらいは欲しかったですにゃー。んま、最上位レアしか人権がないゲームに比べりゃ、このゲームはまだマシかー』
などと言っていた。
アルファベットの単語が何を示しているのかはわからない。
それに人権とは、なんだろう?
……なんとなく。
もっと強い人と合流したかった――そんな意味に思えた。
けれど、小鳩はひと安心していた。
まず、狂美帝は強い。
あの灯河も戦力の上位として名前を挙げていたほどだ。
そして何より、知らない相手ではない。
話したこともない人もたくさんこの迷宮に入っている。
遭遇した時に何をしゃべったらいいんだろう――なんて。
こんな時まで人見知りのことを考えている自分に、少し辟易してしまう。
小鳩たちは灯河の指示通り、城の方角を目指した。
ここは自分もそれなりの期間住んでいた王都である。
狂美帝の方も地図は頭に入っているようだ。
なので、迷宮化しているものの方角に迷う心配はなさそうである。
途中で立ちはだかった聖体も狂美帝とチェスターが倒してくれた。
ただその間、味方とは出会わなかった。
しかし狂美帝はさほど危惧していない様子で、
『このまま城に近づいてゆけば、自ずと誰かと出会うであろう』
そう言っていた。
突入者たちは先発組と後発組に別れて迷宮入りしている。
浅葱は、こう分析していた。
『先発組は粒ぞろい寄りな分、後発組より数が少ねーからねぃ。王都の広さとこの入り組んだ迷宮の構造を考えりゃ、この四人が迷宮のセオリー通り合流できただけでも奇跡かもよーん? へーせージャパンPOPで死ぬほど聞かされた”きみに出会えた奇跡”てやつ?』
途中、小鳩の息が切れ始めた。
ステータス補正があっても。
やっぱり走るのは、苦手なままだ。
それとも、もっと上のランクなら違うのだろうか?
浅葱が休憩を提案した。
『ポッポが足引っ張ってるから、ちょいとあそこの建物で休憩しますか。中もほとんど侵蝕されてなくて無事みたいだし。はー、無駄にでっかくなったお胸が重荷になってるからしゃーなしっすなー。ポッポちゃん、色んな意味で走るの苦手だもんねー?』
小鳩は謝った。
『す、すみません……』
が、狂美帝とチェスターは特に不満も述べなかった。
気にした様子もない。
『謝らずともよい、コバト。一度ここで止まったことで、他の者と合流できるかもしれぬしな』
『ほい、あまーいお紅茶じゃよ』
浅葱は水筒を持ち込んでいた。
皆の分の小さなコップも携帯してきたらしい。
用意がいい。
『…………』
こんなところで飲む甘い紅茶。
状況とまるでつり合っていないと感じながら、紅茶を飲む。
浅葱さんはいつもそうだ、と思った。
この世界に来てからも――どんな時も、余裕があって。
狼狽したりしない。
日が経てば経つほど、むしろ楽しそうにしていた。
両手におさまるコップの紅茶を眺める。
心細そうな自分の顔が、水面に映り込んでいる。
……本当に。
呑気だ。
水筒に紅茶を入れて持参するなんて。
まるで、ピクニックにでも来たかのようなノリである。
いつでもどこでも、戦場浅葱は余裕がある。
小鳩はコップを両手で持ったまま、
『……浅葱さんは、怖くないの?』
『ん? そりゃ怖いよ、自分の才能が』
『そ、そうじゃなくて……』
すると。
浅葱の目が、昏く沈んだ。
口もとは緩く一文字に引き結ばれている。
そう……。
狼狽したりは、しないけれど。
たまに戦場浅葱はやっぱり――こういう目をする。
『怖いってんならさ、敵よりむしろ身内側の半端な無能ぢゃね? どこの世界でもいつの時代でも、無能な味方ほど怖いもんはねーのよさ。ポイントは”半端な”ってとこね。半端なせいで、ビミョーに切り捨てるにも至らねー』
『ご……ごめん……』
『ん? ……あーそっか、小鳩ちゃんもそうだったネ』
『え?』
今、小鳩は自分のことを言われたのかと思った。
けれど浅葱が想起していた人物は、小鳩ではなかったらしい。
『ま……小鳩は自覚っぽいのがあるだけ、まだマシかー』
そうして小休憩を終え、再び、小鳩たちは城の方角へ向け移動を開始した。
▽
そして、現在――――
鹿島小鳩たちは一つの部屋に、足を踏み入れていた。
この空間は高い位置にも通路の穴が見える。
上の足場へ行ける階段が確認できる。
高い位置にある通路には、あの階段を上がって行くらしい。
今、そんな空間にいる小鳩たち。
ここにきて、ようやく。
小鳩たちは、自分たち以外の者と出会った。
「 あらあら、お久しぶりですねぇ 」
部屋にいた女がにこりと笑って、言った。
浅葱が手をあげ、軽い調子で挨拶する。
「やっほー、おひさ~」
小鳩たちが遭遇したのは――
ヴィシス。
それでは、とアライオンの女神が薄く目を開いていく。
「恩知らずの裏切り者どもを――まとめて皆殺しにすると、しましょうか」
狂美帝とチェスターが素早く、戦闘態勢に――
「あーちょい待った」
そう制止をかけたのは、浅葱。
ヴィシスが一時的に、その動き出しをキャンセルする。
「――あらららー? なんですかーアサギさん? ん? まさか……まさか命乞いを見せてくださる!? ここで四人まとめて、手をつき、頭をさげて命乞いをしてくださる!? ん!? 土下座を見せて、くださるのですかぁ!? るんるん♪ でしたら素敵なお話ですね! 期待して、いいんですかねぇ!?」
んー、と浅葱が唇を尖らせる。
「そんなに怖いかい?」
「? はい? なんの話です? そういう話じゃないでしょう? 本気で大丈夫ですか? そもそも失礼ではないですか? というか、怖がっているのはそちらでは? はぁ?」
「いや、三森君がさ」
「はぁぁぁあ? 誰ですか、それぇえ?」
「ふふーん、彼は”未知”だからねぇ。にゃるほど、神であられても等しく未知は恐れちゃうわけだ? まーあれは怖いよねぇ。理解の範疇外の相手ってのはね、怖いもんですヨ、うん。自覚から始めるの、大事」
「うーん……アサギさん、助かりたくて必死ですか? あ、近づかないでくれます? もしかして……例の固有スキルを狙ってるんじゃないですかぁ? あー怖い怖い。勇者どもはすぐ裏切るカス揃いだからな」
小鳩は驚く。
ヴィシスは戦場浅葱の固有スキルを、知っている……?
浅葱が首を傾げ、
「んー? アタシの固有スキルをそこまで理解してるってことわぁ? 軍魔鳩でこっそり送ったお手紙、ヴィシスちゃん捨てずに読んでくれたんだ? 浅葱ちゃん、うれぴー」
小鳩は――混乱する。
(浅葱さんが……え?)
手紙を、ヴィシスに送った?
なんの手紙を?
いつ?
「けどねー、送った手紙にすべてを記したわけぢゃないよーん? 小出し戦法ナリ。だって、ぜーんぶ書いたら浅葱さんの存在価値が希薄化されてしまうからのぅ」
「……あのぉ浅葱さん。あなた……まさか、本気だったりするんですか? あのお手紙もどうせ、私を謀るための策略の一環なのでしょう?」
「いやいやいや、本気じゃなきゃこっち陣営の貴重な情報を流したりしないでしょー。手紙ん中にはヴィシスちんの知らん有用な情報もあったんぢゃね? どう? 敵の迷宮突入後に、いくつか答え合わせはできたかい?」
「…………」
ヴィシスは、答えない。
黙って浅葱を見ている。
一方の小鳩は、
「あ……浅葱、さん……嘘、だよね?」
今の話は狂美帝も寝耳に水だったらしく、
「どういうことだ、アサギ? まさか――」
「うん、そのまさかだよ?」
こんな台詞をこんな状況でリアルに言う日が来るなんてねぇ、と浅葱は笑う。
「アタシは今から、ヴィシスちん側につこうと思います」
「! そんなっ――あ、浅葱さんどうしてっ!? どうして――」
「戦いたいから」
「戦か……、――え?」
「もっと言えば、うーん……魅せられた、かにゃ?」
浅葱は腕組みし、うん、と何かを再確認するように頷く。
「あれはいいよ。ひじりんならギリ我慢できたかもしれんけど、あれはやっぱだめだ。観察してて確信したよね。本当にいいよ――彼は。アタシはこの盤上で……この、ゲームで――」
浅葱は言った。
「本気で三森灯河と、腕比べをしてみたくなった」
▽
(腕、比べ……?)
浅葱は――何を言っているのか。
小鳩は、理解できない。
否――あるいは。
頭が理解を、拒んでいるのかもしれない。
浅葱がヴィシスの方に近づいて行く。
身体の正面を小鳩たちの方に向けたまま。
その時、狂美帝が葛藤を見せたのがわかった。
おそらく今、浅葱を攻撃すべきか否か――迷いが生じている。
これはヴィシスの方も同様のようだった。
実のところ小鳩は、こちらをもっと心配していた。
あのまま浅葱がヴィシスに殺されてしまうのではないか、と。
しかし、
「ちょっとアサギさん、近づかないでくれます? ばっちいので」
ばい菌でも避けるみたいに、身を引くヴィシス。
浅葱はくるりと反転すると、ヴィシスと向かい合った。
「ひっどーい。その反応、トラディショナルないじめ感あって、浅葱さんちょっとショック受けちゃうゾ? 異世界なのに、まさかうちらの国の伝統文化をここで見せつけられるとわー。シクシク……とてもひどいです、ヴィシスさん……」
あからさまな泣き真似をする浅葱。
それはどこか、ヴィシスっぽい演技に思えた。
「あのぉ……本気で私をバカにしてるんですか?」
「あらあらまあまあ? 自分が過去にやってたことを”バカ”だなんて言っちゃあいけませんよ、女神さま。特大ブーメランって知ってる?」
「……あなた、ほんと何がしたいんです?」
「いやだから、ヴィシスちゃんの味方になってあげるって言ったじゃん。大丈夫ですか?」
「うーん、意味がわかりません。そもそもこちらを裏切ったり向こうを裏切ったり、あなた行動がずっと意味不明なんですが」
「勝ち馬に乗ってアタシなりにゲームをクリアしようってのが、今までの第一目標だったのね。んで、それのぷらいおりてぃが一つ下がったってだけのハナシよ。つまり、別の第一目標ができたのさー」
「ぷらい……なんですって? ……まあ、いいでしょう。うーん、少し聞く耳を持ってあげますが……今のあなたは何が目的なんです? 何がしたいんでしょう?」
「じゃからさっき言ったじゃん。ある程度の手駒がある状態で、三森君と戦ってみたいのよ」
「彼に恨みが?」
「え?」
肩を竦め、平然と浅葱は答えた。
「いえ、別にないですケド?」
「はぁ?」
「むしろワシは三森君に尊敬の念すら抱いておるよ、うん。あの若さでなかなか立派なもんじゃて、あやつは」
「でしたら余計にあのクソ蠅と敵対する意味なんてないでしょう。殺すぞ」
「ふふ……強い言葉はあんまし無闇に使うべきじゃないね。逆に弱く見えるからさ。確かに、どこぞの隊長さんの言う通りだヨ」
冷たい目で浅葱を見るヴィシス。
その白い声も――驚くほど、冷たい。
「やっぱりバカにしてますよねぇ……? あのぉ、本当に何が狙いなんですか? いい加減に答えろクソガキ」
「ふふーん、ヴィシスちゃんさぁ――」
「アタシがほんとにヴィシスちゃんを嵌めようとしてると思うんなら、もうとっくにアタシを殺しててもいいはずだよね?」
「…………」
「なぁんか不安になってきてんじゃないの? 意外と、そう……想像以上に三森灯河君が”ヤバイ”のがわかってきて、この浅葱さんを手駒に加えた方がいいんじゃないかと――そう思いはじめてるヴィシスちゃんも、いたりするのでわ?」
「…………」
「神徒だっけ? 期待してたその神徒さんたちも案外、想定外に突入組にやられちゃったりしてるんじゃな~い? ヴィシスちゃんの因子とかゆーのがまじってるから、倒されたかどうかもわかるとか? で……逆にそれがわかっちまってるからこそ、ヴィシスちゃんは”これはちょっとやべーかも?”と思いはじめてる――どうっすかね、あっしのこの推理?」
「…………」
「ふふ……一方で三森君は愛しの超つえー金髪巨乳従順エルフ騎士や、ガチ武神化した錯乱勇者の綾香パイセンをはじめ、強力な手札を揃えとるからねぇ。ヴィシスちゃん……アタシが生まれた国の伝統芸がごとく――初動対応、完っ全にミスったね。なんか事情もあったのかもだけど……三森君は、ああいうやり方で処分すべきじゃなかった」
「…………」
「廃棄せず手もとに置いて、早い段階のどこかで確実に処分すべきだったんだ」




