剣眼ノ黒炎
前回更新後に新しく1件、レビューをいただきました。ありがとうございます。
▽
東門を内側から塞いでいた岩をマグナル兵がどけている。
安智弘は、東門近くでそれを見ていた。
外へ打って出るケースも考慮してあり、岩は比較的すぐにどかせるそうだ。
――あの門から、打って出る。
敵は遠距離からの投擲攻撃をいまだ継続している。
しかしそのおかげで門のすぐ外に敵軍が張り付いていない。
内側の方を振り向くと、箱から出てきた聖体が視界に入ってきた。
その聖体はマグナルの騎士たちが対処している。
壁の内側へ放り込まれた聖体たち。
飛び出すのを躊躇していた第二守護壁近くの者たち。
最初に飛び出したのが、マグナルの者たちだった。
さて、少し前に安智弘の案を伝えられたマグナルの白狼王は――
『こちらから打って出て、異界の勇者があの巨聖体や投石機を破壊するだと?』
案を聞いた途端、不敵に笑ったという。
『……よいではないか。ならば、それには我らが同行しよう。我がマグナルの誇る騎兵隊も、籠城一辺倒では本領を発揮できぬしな』
打って出るのはマグナル軍を中心とした騎兵軍。
ここには白兎騎士団とその団長シシリーも編入される。
そしてその軍は、白狼王自らが率いる。
城にはディアリス・アートライトが残る。
白狼王自身が出るのに異を唱える者もいたが、
『おれはどのみち死んだと思われていた王だ。ここへ来るまでマグナル軍はディアリスが立派に統率していたのだろう? ならば大丈夫だ。いずれ、我が弟の忘れ形見も生まれることだしな。つまりマグナルの未来は、おれなしでも問題ない!』
そう豪快に笑い飛ばしたという。
この戦いにおける指揮系統のトップはヨナトの女王。
指揮能力面では他にもヨナトの聖女、ミラ軍のルハイトや老ハウゼンもいる。
”ならば自分一人くらい沈もうと問題あるまい”
これが、白狼王の言い分であった。
彼はさらに、こう付け加えた。
『それにだ。あの大群の中に突っ込んでいくというのだ。打って出る者たちの不安は計り知れまい。ならばこそだ。王が肩を並べて共に出陣することが、時にその不安を別のものへ変える助けとなるかもしれん』
白狼王は、
『要は、士気を上げられるかもしれんということだ』
そう話を締めたという。
シシリーは、
『わたしたちの王は以前と比べ、どこか吹っ切れた感じがしますねぇ』
にこにこ顔でそう述べていた。
今作戦のこの”奇襲軍”。
構成の主な顔ぶれはマグナルの白兎騎士団とマグナル騎兵。
ここに剣虎団と元剣虎団が加わる。
さらには両団のリーダーであるリリとリンジも参加することになった。
ちなみにリンジの右腕とも言えるオウルも、苦い顔をしつつ加わってくれた。
「うへぇ……あの大群の中にかぁ……あー……なんか現実感がなくなってきましたよぉ、リンジさーん……」
「す、すみません……僕の案で……」
安が謝るとオウルは苦笑し、手を左右に振った。
「あ、いやいや本気にすんなって。自分で志願したことだし」
――ドゴォン!
放り込まれた岩が直撃し、建物が半壊する。
リンジが馬を前へ進めた。
「そろそろ門が開くぜ」
残った岩がどけられていく。
リンジが言った。
「南門からはミラ軍が囮役として戦力をいくらか出してくれるそうだ。横に広がった右手側の聖体の群れが少しでもそっちへ行ってくれりゃあ、トモヒロのための”道”を作りやすくなる」
門を塞ぐ岩を取り除く中、白狼王が先頭へ出た。
ここは第一守護壁のすぐそばのため、投石機の攻撃の被害を受けにくい。
騎兵らは投擲物による被害を避けるべく、壁沿いに広がって整列している。
そうして左右に広がって並ぶ兵たちの前方を、北の王が馬で往復していく。
「この戦いを恐れる者はあるか!?」
覚悟の沈黙をもって、マグナルの戦士たちは王に応える。
「我らは、祖国マグナルのために戦ってきた! そして、ここはマグナルの地ではない! だが――」
朗々としたよく通る声。
威厳に満ちている。
白狼王が、地面を指差した。
「今日は、ここが祖国だッ!」
白狼王の声のボルテージが、上がってゆく。
「ここはヨナトだ! もちろん我らの祖国はこのヨナトではない! しかしこの大地――そう、この大陸すべてが我々の”祖国”でもあるッ! 今、我々は祖国のために戦う! 先の大侵攻も含め、これまで多くの国の者がアライオンの女神にいいように利用されていた! 私もだ! 確かにこれは恥ずべき点と言える! 目が曇っていた! それは認めよう! だが――そもそも我々は、なぜ戦っていたッ!?」
もはや白狼王の声は、怒号に近いものへと変わっていた。
そう感じるほどの迫力、そして、熱があった。
「そうだッ! 我らを育んだこの祖国を守るためだッ! 己の国を! 家族を! 愛しき者たちをッ!」
白狼王がこぶしで自らの左胸を力強く叩き、
「ここに宿るその気持ちは今も、何も変わっていないッ! 少なくとも私はそうだ! 常に祖国を思い、戦ってきた! 利用されていたのは事実! しかし、その思いは同じだったはずだ! 常に、一つだったはずだ! 祖国を守るッ! ただ、それだけだったはずなのだ! 大誓壁で散っていった者たちもだ! 大侵攻で死した者たちもだ! 白狼騎士団もだ! 亡き我が弟、ソギュードもだッ! そう! 同じなのだッ!」
手を振り上げ、白狼王はさらに声を張り上げた。
「我らは今日、この大地に住むすべての民のために戦おうッ! この命を賭け、祖国の未来のために戦おうッ! この戦いにおれも命を捧げる! 皆と今日ここで死ぬことをおれは厭わぬ! 否――何を厭うことがある!? 我らの父が! 母が! そのまた父と母が! この大地に還っていったすべての父と母が! 今日この日まで繋いできたものが、今ここにいる我らなのだッ! ならば我らも礎となろう! 仮にここで死したとしても、その死の上に築かれるものが未来なのだ! この戦いが必ずや未来への礎となると、おれはそう信じている! よいか!? 我らにとってはここが――こここそが! この、アッジズの地がッ! 我らの世界を救うための最前線であり、最終防衛線なのだ! もう一度言う! ここが祖国だッ! 諸君の守るべき、大いなる祖国なのだッ!」
安も胸の奥にも何か湧き上がるものがあった。
微弱な電流が肌の表面を駆け抜けていくような感覚。
心が芯から奮い立つような、そんな鼓舞。
(あれが、王様……)
勇気を、奮い立たせてくれる。
あれも――勇者の一つの形。
リンジが感心顔で、
「人によっちゃ”言葉くらいで何が変わる?”と思うやつもいるかもしれないが……死地へ向かおうってんなら、あれくらいの鼓舞が必要な時だってある。見ろ、この奇襲軍の空気が変わった。あれをやれる……要するに、あれが王様ってもんなんだろうな」
声の届くか怪しい離れた位置の者にまで”熱”が伝播している。
それがわかる。
ついに岩がどけられ、門兵の号令と共に門が開いていく。
ふぅぅ、と安は呼吸を整えた。
いよいよその時が、近づいてきた。
馬の首を撫で、
「ごめん……怖い思いをするかもしれないけど――がんばって、守るから」
ブルルッ、と馬が応える。
壁上から”門の外は出られる状態です!”と伝えられる。
遠距離攻撃を行っている間、敵軍は足を止めている。
おかげで門のすぐ外に騎兵を阻むものはない。
このまま、出られる。
白狼王が門の前で止まり、剣を抜き放った。
彼は剣の先を天へと掲げ、
「我らの祖国のためにッ!」
武器を掲げた兵たちがその言葉を復唱し、鬨の声へと変わっていく。
門が――開ききった。
合図の角笛が吹き鳴らされる。
白狼王が馬を反転させ、そして、門の方へ向け剣を振り下ろした。
「突ッ――
切っ先を前へ向けたまま、白狼王が馬の腹を蹴る。
撃ぃぃいいいい――――ッ!」
まるで、競馬場で馬がスタートするみたいに。
一斉に馬が走り出す。
続々と門から飛び出していく騎兵。
安も続く。
リンジやオウルも安のそばにつけ、ほぼ併走状態になった。
門を抜けた瞬間、世界が色を変えたような錯覚に陥る。
ここから――戦場。
馬蹄が地を叩く音。
数多の太鼓めいた激音が耳朶を打つ。
鼓膜を叩くその音は、まるで心臓の鼓動と同期するかのようだ。
頭上を――敵の投石機の岩、聖体、爆発物入りの箱が飛び越えていく。
進むたび、背後の爆発音や戦いの声が小さくなっていく。
巻き上がった砂塵の粒が顔へと吹きつけた。
と、少し先の斜め前辺りから声が上がる。
「来るぞぉおお!」
門からこちらが打って出たのを見てか。
どうやら動いたらしい――聖体たちが。
門を出て突撃してくる”敵”へ向かって。
号令が飛んだ。
「”聖眼の刃”を前へぇええ!」
この奇襲作戦で安智弘はそう呼称される。
異界の勇者がここにいるのを敵は知らないはずである。
直前まで存在を隠しておく。
トモヒロ・ヤスを連想させない呼び名ということで、そうなった。
リンジが前を向いたまま、
「……そろそろ、出番だな」
馬上で剣を抜き放つリンジ。
「おまえの守りは、できるだけおれたちがそばについて固める。おれたちは……おまえがやるべきことをやれるよう、全力を尽くす」
「お願いします」
ちなみにリリと剣虎団は、この軍の最後尾につけている。
「ただ……本当に初っ端からおまえの力に頼っていいのか? MPってのの問題もあるんだろ?」
「この前の金眼の大猿たちや、途中で倒してきた金眼のおかげでレベルも上がってますから」
特にあの金眼の猿たちは経験値が高かったらしい。
また、国境付近で遭遇した金眼の群れもできるだけ自分に回してもらった。
そもそも自分のスキルは元から消費MPは少ない。
消費量も魔防の白城戦の頃よりさらに軽減されている。
それに、
(聖体も一応金眼……倒してレベルアップできれば、いいんだけど……)
ただ、希望的な観測は禁物かもしれない。
最悪を考えなかったから過去の自分は失敗した。
慢心、してしまった。
「わかった。なら、最初はおまえに任せる。その分、戻る時はおれたち主体で敵の相手をするからな」
「ありがとうございます」
ふっ、とリンジが微笑む。
「?」
「いや、思ったより落ち着いてそうで安心した」
微苦笑する安。
「じ、実際のところはいっぱいいっぱいです。だけど……今は皆さんが僕の――いえ、スキルを持つ”勇者”の力に希望を持ってくれている。僕がここであたふたしていたら、覚悟して出てきてくれた皆さんに申し訳ないですから……リンジさんやオウルさん、剣虎団の皆さんにも」
前の集団が速度を落とし、左右にゆっくり開いていく。
安が通る道を作ってくれているのだ。
――と、近くで会話を聞いていたらしい。
白兎騎士団の女騎士が一人振り返って、
「よく言ったわ」
そう声をかけて前へ向き直り、彼女が言った。
「だったら私たちも、命を賭ける意味がある」
女騎士が手で”どうぞ”と前を示した。
安は軽く会釈し、馬の速度を上げる。
……、――見える。
前方。
迫る、半馬聖体の列。
もうすぐ――ぶつかる。
駆け抜ける。
「【剣眼ノ黒炎】」
黒き炎を纏う。
おぉ、とマグナルの騎士たちがざわめいた。
初めて目にした者もいるのだろう。
この黒炎は自分の意思で”調整”がきく。
炎が焼く者とそうでないものを自分の意思で選別できる。
その調整がきく限り、この炎が味方を焼くことはない。
とはいえ自分の意識内にいるものでなければ調整はきかない。
ほどなくして、先頭にいた白狼王とシシリーの姿が見えた。
その二人が視界の端で流れていき――
一気に、視界が開ける。
抜けた。
先頭。
もう左右を走るリンジとオウルしか、すぐ近くにいない。
ここまでそばを固めなくてもいいのに、と。
安は――心から、ありがたく思った。
だからこそ果たす。
自らの役目を。
黒炎の渦を作り――それを、前方へ向けてのばす。
逆巻く炎が敵の先頭集団に衝突。
一気に左右へ、燃え広がる。
炎で黒く染まる白い聖体たちを瞳に映し、安は言った。
「しばらくは皆さん、僕より前に出ないでください!」
オウルが速度を落とし、後ろの集団へそれを改めて伝える。
後ろに味方が――仲間がいる。
こんなに心強いことはない。
これも。
もっと早く。
気づきたかった。
「――――――――」
燃やせ。
燃やし、尽くせ。
倒すべき。
敵を。




